19話 新しい天文台
店のドアに掛かったプレート。
「CLOS」
宮さんはお疲れと言って帰って行った。
携帯を取り出しカメラ機能を起動させて、シャッターを切る。
宮さんのお店もこれで最後だった。
昨日、香椎のおばさんが帰って来た。
ミケにお別れをしたけど、相変わらずソファの上で寝ていた。
少しだけ薄目を開けて見たような気がするけど、家主が帰って来て食事に困らなければ、私とのお別れは然したる事でも無いのだろう。
玄関から出て香椎の家の居間にある出窓を見ると、ミケがそこに座って此方を見ていた。
(お別れしてくれるんだ)
少しだけ見つめ合って、心の中でバイバイと言って見る。
(みゃ)
返事が戻って来た気がした。
仙台の二月の真夜中(朝方かな)はかなり冷える。
店から香椎の家までだと徒歩15分。
でも今日は自分のアパートまでだから徒歩40分位だろうか。
タクシーを使えばいいのだけど、何となく寒くても歩きたい気分だった。
母が編んでくれたレインボーカラーのマフラーは暖かく、私の首元を寒さから守ってくれていた。
黒ずくめの私の服装に丁度良いアクセントだ。
途中のコンビニでホットコーヒーを買って両手を温めながら歩いて行く。
こんな生活も結構楽しかった。
明日からは、やっぱり明後日から、荷造りを始めよう。
学生の頃から住んでいたあのアパートのあの部屋はお気に入りだった。
昭和の建造物のアパートは見た目が古いけど、作りがしっかりしており住み心地が良かった。
ワンルームでバス・トイレ・キッチンが独立しており、12畳の広さでお家賃5万円はリーズナブルだと思う。
七年近くも住んだ部屋は自分の居心地が良いように家具が配置され、色や配色も自分の落ち着くデザインが中心だった。
社会人になってから奮発して買ったのは大きなソファだった。
何かの展示会で見つけ、座り心地の良さに値段と睨めっこをしながら決意した一品だ。
座り心地が良過ぎて、週の半分はこのソファで寝ていた様に思う。
小物や雑貨を飾る趣味が無く、部屋に入ればベッドとソファとテレビしか無い部屋だと思う。
それでも居心地が良いから安心もする。
もう少しここに居たい気持ちは有るけど、何時までも此処にいたら私は成長出来ない様な気がする。
「リセット、かな」
自分のアパートを見上げてボソリとつぶやいた。
久しぶりの我が家は、底冷えがする程冷えていた。
数週間も帰ってきておらず、暖房も入れていなかったのだからしょうがないだろう。
エアコン設定を最強にして稼働させ、熱めに設定したお湯を湯船にためる。
直ぐに水が出るのは有り難い。
この時期、北海道なら長期間留守にする時は水抜きが必要だ。
「しばれる」と言う方言があるくらい寒く、水道の水が凍ってしまうのである。
大抵の場合、水の元栓は水元に有る為(台所なら台所の足元に小さな取っ手が有る)そこの元栓を閉めてしまうのだ。
閉めた後に水道の蛇口を開け、元栓から蛇口までに貯まっている管の水を出しきるのである。
仙台に引っ越してきて初めての冬、実家に帰るのに水抜きをしようと思い、元栓を探したが何処にも無かった時は正直困った。
大家さんに聞いてみたら、仙台にはそんな物は無いと言われ、そう言えばこっちの冬は暖かいなと思ったものだった。
小さな湯船は直ぐにお湯が溜まり、狭いお風呂は蒸気が立ち込めて暖かくなっていた。
ゆっくりとお風呂に浸かり、最初は肌の表面がピリピリしていたが、段々に強張りも解れて来て「ほーっ」と言う溜息と共に手足が伸び始めた。
いくらおばさんの家だとは言っても、お風呂には入らなかった。
だから毎日シャワーだけで済ませていたから、久しぶりのお風呂は気持ちが良かった。
良すぎて湯船に浸かったまま眠ってしまい、カクンと顔がお湯に浸かった所で目が覚めた。
お風呂から上がると、部屋の中も暖かくなっていた。
エアコンも弱に切り替え、お気に入りのソファに座り込む。
テレビを点けると丁度朝のニュース番組が始まっており、左上の時計表示を見ると5時17分となっていた。
これから眠るのも何だか気が引ける。
今日はこのままゴロゴロしてようかなと考えていたら、テレビの画面に「天文台フェスティバル!北山貴博先生と星空を探検しよう!」の文字と仙台天文台の建物が映し出されている。
「あ」
大学に入って初めてやったアルバイトが、天文台での案内係りだった。
ゴールデンウイーク期間の一週間だけだったが、楽しかったのを覚えている。
その時の特別ゲストが北山先生で、天体探検を見終わった人達が口々に楽しかった、感動したなどと言いながら帰る姿を見てとても興味を持った。
バイトの最終日の最終回に天体観測を見られる事になったので、わくわくしながら見て見たが只真っ暗な天井に星が点在し、どこかのアナウンサーが解説するだけの物だった。
綺麗だけど期待したものとは違っていた。自分は感動に薄いのか?と疑心暗鬼になっていたが、天文台の館長さんが言うには、北山先生の天体探検とは程遠いとつぶやいていた。
その後も数回北山先生の天体探検が開催されていたが、生憎と予定が合わず、一度も見ていない。
「あれー?」
西公園の天文台へ来て見たが、真っ暗である。
人も殆どおらず、犬の散歩をしている人やジョギング中の人が数人通り過ぎて行く。
携帯を取り出し、場所の確認をしてみる。
「あー、思い出した」
この建物も耐震問題や老朽化で数年前に移転したのである。
確か錦が丘、愛子の駅の近くである。
バッグの中を確認してパスケースを探してみる。
最近使っていなかったスイカを取り出し、最寄りの駅へと急いで向かった。
「へー!凄いや」
新しい天文台は近代的で見るからに前の建物より数倍広かった。
まず最初に目に映るのは銀色の丸い外壁に丸いドーム型の屋根の建物、例えて言えば丸型のモンブランケーキの様な形をしている。
そのモンブランの後方三分の一を取り囲むように銀色の四角い外壁が、サイコロを4個正方形に並べ、その上に同じように4個乗った形で張り付いている。
その上には数本のアンテナが立っており、この建物こそ宇宙人の基地では無いかと思わせる。
その建物の周りに広がる広場も広大で、惑星広場と書かれた銀色のプレートが立って居た。
やっぱり宇宙人は銀色が好きなのか等と可笑しな事を考えてしまう。
今日の空は生憎の曇り空だが、お天気の良い日なら満点の星が見れそうだ。
これだけ広ければ、沢山の人で流星群や天の川、流れ星などを見るのも楽しいだろうと考えてしまう。
場所を間違えたので慌てて来て見たが、天体探検の時間までは少し時間があった為、お蔭で建物を眺めたり、広場を散策してみたりと意外と楽しかった。
外も寒くなって来たので建物の中に入り、プラネタリウムと展示室のチケットを買う。
何だかわくわくして来た。
展示室に入ると大きな太陽系の模型やCG映像が目の前に広がり、驚きと言うより感動してしまった。
ゆっくりと歩き、土星の模型の前で立ち止まる。
土星はいろいろなモチーフに用いられる事が多く、結構馴染みのある惑星だ。
私も土星のモチーフは結構好きで、某ブランドのバッグやアクセサリーを愛用している。
確か太陽に近い方から6番目の惑星だったと記憶する。
主成分がガスで別名ガス惑星とも言われている。
一番の特徴は惑星の周りに見える大きな輪だろう。
あの輪は氷の粒子や何とか鉄等で構成されていて、小さい物は塵位で大きい物だと自動車位の大きさが有るらしい。
懐かしいな。
大学時代、友人が天体サークルに入っていて、よく天体観測に連れて行って貰ったのを思い出す。
「間もなく、天体探検のツアーが始まります。ご参加の方は集合場所までお集まり下さい」
わくわく感が増幅されるアナウンスに、周りの人達も笑顔で集合場所へと向かう。
展示室は後でゆっくりと見に来る事にして、他の人の流れに合わせて集合場所へと向かった。
チケットカウンターの前で人だかりが出来ている。
少しずつ前には進んでいるので、余り気にしなかったのだけど「北山先生だ」「北山さんだ」「どっちが?」との話し声に、カウンターから少し逸れた所に置いて在るソファの方を何気なく見てみたら、北山先生と周が握手をしながら楽しそうに話して居る姿が其処にはあった。
「な、んで?」
思わず凝視してしまう私の目の前で、小さな女の子が転んで泣き出した。
そのすぐ後ろからお父さんらしい若い男の人がその子を抱き上げる。
そんな状況を見ながらも私の視線はその人達を見ていなかった。
此方に向く視線。
その視線に気づかれない様に、一歩後ろへ下がり、来た道を静かに駆け出した。
まだ、忘れられないのに。
気が付か無いで欲しいと念じながら全力で走るが、後ろからは人の声と足音が聞こえる。
展示室を抜けて階段へ潜り込もうと思ったのだが、後ろから肩を掴まれ痛い位に抱き締められたのは、展示室の地球3Dの前だった。
「秋弦っ!」
お願いだから、耳元で名前を呼ばないで。
プラネタリウムに行きたいです!(笑)
星空を見るのは好きでよく空を見ますが、真冬の空を見るのは数少ないですね。
極寒の野外での天体観測は風邪を引きます。
連日の雪や天候不良で星空が出る日も限られておりますしね。
そんな日こそプラネタリウムですよ。
でも、もう数年行ってないので寂しい限りです。
周と秋弦がやっと再会です。
これから少しは甘い展開になりそう・・・かな?