*HIH技研工業・社員食堂内*
本日の日替わりランチA[鳥もも肉と野菜のスープカレー+マカロニサラダ]を手に、泉が座っていたテーブルに近づく藤堂が居た。
「泉、長坂が一緒に仕事をしたかったって言ってたぞ」
「長坂さんに会ったんですか!?意外としつこいですよね、藤堂さん」
「偶然だ!偶然会ったんだ!しつこいとは心外だな」
「本当の事です。偶然だったにしろ会えて嬉しかったって顔に書いてますよ」
「・・・まあな」
「まったくもうー、それで?元気にしてましたか?」
「元気は元気だったが、無理してる感じだったよ。少し痩せたような気もしたし」
「そっかー、これからどうするんだろうなー」
「実家に帰るって言ってたから、向こう行ってのんびり探すだろう」
「札幌ですよね。いつかは遊びに行きたいなー」
「そうだな」
「藤堂さんはダメですよ。札幌まで会いに行ったらドン引きされますから」
「おい!そんな意味じゃ無いだろうが」
「あはははは、でも、あの噂は本当なんですかね?」
「ん?・・・長坂とTTKのご子息の話か?」
「ええ。最初の頃は情報を横流しした、とかって言われてましたけど、うちの情報貰っても嬉しくないでしょう?相手は天下のTTKですよ。ましてや仙台支社の情報って、はっきり言ってダサイですもん」
「ダサイって言うなよ。こっちだって頑張ってるんだぞ」
「夏目課長の頃は凄かったですけどね」
「あの人は別格だな。その分人使いも荒いしな」
「でも、あの達成感は気持ち良かったですよ」
「だな」
「私もダサイって言われないように気合い入れないといけませんね」
「お前を課長にしろって言ったの、夏目らしいぞ」
「あーもー余計なプレッシャーを掛けるんですよね、あの人は」
「今頃ほくそ笑んでるかもな」
「私は新婚なんですよ!その辺分かってるんですかね?もしも旦那に嫌われたら夏目さんの所為ですよ!」
ここはお昼の社員食堂である。
社員食堂にはテレビもあり、今はワイドショー番組が流れている。
一応音声も出ているのだが、人のざわめきに掻き消されて聞こえない。
「まだモデルのカレンが騒がれてるみたいだな」
「TTKの三男坊のシュウと婚約するって、本当ですかね?」
「さあな、カレンは否定してるらしいけどな」
「シュウって、長坂さんと付き合ってなかったのかなー」
「はあ?どこからそんな話が出てくるんだ?」
「あら、知りません?横流しの話がでっち上げらしいってのは、女性陣の間では早い内から言われてて、本当は恋人同士じゃないかって言われてたんですよ」
「冗談だろ?」
「何でも、倉沢さんの知人がやってるバーで、良く一緒に飲んだり、お店を二人で手伝ったりしてて、そりゃーもー仲睦まじくて羨ましいって話ですよ」
「どっからそんな話が出て来るんだ?」
「さぁ・・・妄想半分、噂半分でしょうかね?でも火の無い所に煙は立ちませんからね」
「ここの席は空いてるのか?」
社員食堂の四人掛けのテーブルで食後のお茶を飲んでいる二人の会話に割り込んだ男性が一人。
「高橋部長。今からお昼ですか」
「ああ、長坂の両親と電話で話してたら長くなってな」
「賠償金、いっぱい払って下さいよ!」
「賠償金?馬鹿か?お前は」
「部長、長坂はどう言う形で処理されるんですか?」
「普通だよ。普通に依願退職だ。それが長坂の希望だそうだ」
「・・・らしいって言えばらしいですね」
「お?おーい!倉沢!こっちだ!」
部長が箸を持った手を振り回して、お盆を手にきょろきょろしている倉沢さんを呼んだ。
「どうも、ご一緒していいですか?」
と言いながら、お盆を下し椅子を引いて座る所である。
「長坂からの伝言。倉沢さんは悪くないですよ。だそうだ」
「・・・何か、オレ、長坂に申し訳無くて・・・」
「部長!私には伝言ありませんか!?」
「あるぞ。ホレ」
小さな紙切れを渡された泉は、それを開くと同時に席を立って走って行った。
「え?じゃオレには?」
「?無いけど。まだ惚れてるのか?お前もしつこい奴だな」
「・・・・・」
「なあ倉沢、長坂と九条は本当に色恋沙汰は無いのか?」
「部長まで・・・あの店の常連同志だから多少の会話はあったとは思いますけど、誰もシュウがTTKの九条だとは知らなかったと思います。多分長坂も知らなかったと思いますよ。オレも偶然に知ったのが半年位前ですし、あの店で仕事の話なんて殆どしませんからね。皆が皆隠れ家みたいに思ってるんじゃ無いですかね」
「しかし、その店でアルバイトまがいの事をしたそうじゃないか。その事を監査官殿が気に入らなかったらしくて長坂の逆鱗に触れたってもっぱらの噂話だぞ」
「それなんですけど、オレはその日は店に行って無いから分からないですけど、一日だけ手伝って貰ったのは本当らしいです。でもアルバイトは禁止だから手伝いって事にして欲しいって言われて報酬は受け取らなかったそうです。それもあの監査官には話したんですよ。それなのに・・・」
「その手伝いさ、九条も一緒だったんだろ?」
「はい。そうらしいです。団体の客に長坂が絡まれて、それをシュウ、九条さんが助けてたって話です」
「それでか、泉が女性陣は最初から長坂の味方だったみたいな事を言ってたのは」
「長坂のファンは多いぞ。意外なのが女性陣に人気がある。男共も数人はちょっかいを出そうとしてたが、夏目のあの発言で皆引っ込んだから、残ったのはお前位だな」
「部長!余計な事は言わないで下さい」
「長坂はいつも一人で来て、カウンターの端の席でぼーっとしてました。疲れを癒しに来てるんだなって思うから誰も話し掛けなかったし、そんな彼女を眺めるのが楽しみだって言ってる常連さんもいました。あの事件があって以来、彼女は来なくなってしまって、結構皆寂しがってるんですよ。彼女の作るハイボールが美味かったとか、水割りの分量が適格だとか、あの髪を纏める姿をもう一度見たかったとか、最近はそんな話ばっかりなんですよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「どうかしましたか?」
「あれか、顔を少し上に向けて、胸を張って、両腕を頭辺りまで持って来て、豪快に髪を結ぶ姿だろ?」
「あれは色っぽかったですよねー」
「普段男っぽいから、あれをやられると男はイチコロだな」
「何気に皆さん長坂を見てますよね?」
泉は結局社員食堂に戻らず、使われていない会議室で一人携帯電話を握りしめて一喜一憂していた。
四方山話です。
年内になんとか挟み込みたかったので、年末だけど投稿(笑)
会社内での秋弦の立ち位置等、今更ですが補足を兼ねて書いてみました。
ここで書いた思った事。
藤堂さんって結構ヘタレキャラだったな、とか。
泉さんが格好良すぎてもっと登場させたかったな、とか。
高橋部長も倉沢さんももう少しいじると良かったかな、とか。
思う所はいろいろありますが、楽しんで頂ければ幸いです。