15話 細やかな夢
お昼のテレビ番組はワイドショーか昔のドラマの再放送が殆どだ。
高校生の頃に毎週欠かさず見ていたドラマが再放送していたので、懐かしくてそのまま見ていた。
内容は何となく覚えている。
だから、言葉の通り「見て」いたのだった。
何時の間にか、その番組も終わり、ワイドショーに変わっていた。
テレビのリモコンを片手に、チャンネルを変えようとした時だった。
「モデルのカレンさんが婚約するそうですよ。お相手は日本でもトップ企業のTTK技研の御子息なんですって!その方に会いに度々仙台に行ってるそうですよ。幼い頃に決められた許嫁だったそうですが、大切に愛を育んでいらしたんですね」
テレビ画面に映るカレンさんとは、昨年の暮れにラ・ラピスで見かけたあの美人さんだった。
周ににこやかに微笑み、一緒にお迎えの車に乗って行った人だった。
「そっか」
独り言と共に、携帯電話の電源を入れて着信を確認する。
会社の人からの電話やメールが多い中、周からの着信も数度あった。
周には何度か電話をしようと考えたが、会社の事で愚痴をこぼすのが嫌で結局は掛けていない。
その時は自分のプライドが邪魔だなーとか思って居たが、今更だったけれどあの時電話をせずに良かったと思う。
一通だけメールを送り、また電源を落として入浴の準備を始めた。
「・・・長坂!」
「あ・・・すみません」
ここは、市の図書館である。
土曜日の午前中は意外と空いているのでゆっくり出来るのだ。
昨日藤堂さんにここで待っているから、都合の良い時間に来て欲しいとメールをしたのである。
10時頃から来て、読みたかった小説が在ったので思わず夢中になって読んでいた。
時計を見ると11時15分で、1時間も読んでいた事になる。
「出よう」
藤堂さんに少し待ってもらって、本の貸し出しを済ませて図書館を出た。
近くのハンバーガーショップに入り、ハンバーガーとお得なセットを注文する。
藤堂さんも同じ物を注文して、会計もしてくれた。
「皆が心配しているぞ」
「すみません。でも仕事が無いですからね」
「まあな、あれじゃあ辞めろと言わんばかりだよな」
「会社としては早い方が良いでしょうし」
「早いと言ってもなあ、思い切りが良過ぎるだろう。異動のその日とは、流石に慌てていたよ」
「あの監査官がですか?」
「そうだ。あの監査官がだ」
2人で顔を見合わせて思わず笑い出してしまった。
「泉なんて、あんたの所為だからね!って文句言ってたぞ」
「おー泉さんは敵に回してはいけませんね」
「これからどうするんだ」
「これから考えますよ」
「俺の事はどうするんだ」
「・・・藤堂さんはやっぱりお兄さんです」
「お兄さん・・・か」
ハンバーガーショップを出て、図書館周辺の公園をのんびりと散歩する。
「長坂のスーツ以外の私服、初めて見たな」
所々破れて穴の開いたジーンズに、もこもこのジャケットを引っ掛けて来ただけの普段着だ。
「スーツ以外の服ってあんまり持って無いんですよ」
照れて笑う私を真剣な眼差しで見つめる藤堂さんが居た。
見つめられたまま藤堂さんにぎゅっと抱きしめられた。
この人に任せたら楽だろうな、なんて思ってしまう自分が居る。
でも、藤堂さんは何時まで経っても私の良いお兄さんのままだと確信出来る。
その暖かな体がすっと離れて、私の隣で少しだけ寂しそうに微笑んでいた。
藤堂さんと別れて、そのまま町まで向かい、携帯電話の店に足を踏み入れた。
今まで使っていた電話会社とは別会社の携帯電話(リンゴのマークが可愛い)を新規で契約した。
そのまま真っ直ぐアパートへ帰り、家族と麻耶にだけ新しい電話番号を教えた。
母は何度か電話をしていたらしく、出ない私を心配していた様子だった。
まだ会社を辞めた事は言えなかったので、携帯電話が故障したので変更したと嘘を付いて誤魔化してしまった。
母からの用事は父が明日退院する事になったと、嬉しそうに父の様子を話していた。
暫く話していたら突然思い出した様に、私に頼みがあるのだと説明を始めた。
母と結構長く話したので、麻耶に連絡するのは後にしようかと考えたが、それもまた面倒だったので直ぐに連絡を入れた。
麻耶は意外とあっさりで、私も同じ携帯に変更するつもりだと言って笑っていた。
今までの電話は今月中に解約するつもりでいる。
それまでは電源を入れる事も無いだろう。
1月の寒い夜にアパートのベランダに出てタバコを吸うのが習慣となっている。
美味しいとは思えず最初の一口は苦い顔をするのに、何となくベランダに出て何となくタバコをくわえて何となく火を付ける。
部屋とベランダの段差に腰掛け、白い煙を吐き出しながら夜空を見上げる。
月も雲も見えない真っ暗な空から、時折白い雪がひらひらと落ちて来る。
『しづ、会いたいな』
耳に残るのは周の声。
正月に電話を寄越して以来、話していない。
1月は年始の用事が多い為、仙台に帰るのは末頃になりそうだと嘆いていたっけ。
日中は私が仕事中だからと電話を掛けて寄越さない。
夜は周が年始の集まりで電話が出来ないと、それも嘆いていたっけ。
電話で話す周はとても優しかった。
だから、少しだけ期待してしまったのかもしれない。
付けっぱなしのテレビからは、相変わらずカレンの婚約騒動で騒いでいるコメンテーターが訳知り顔でしゃべっている。
当の本人は何のコメントもせず、カメラを遠ざけているらしい。
モデルのカレンは美人で頭の良い常識人だと思う。
確か三十歳になったのでは無かっただろうか。
本名は小和田花蓮。
数年前ミス日本代表としてミスユニバースに出場し見事優勝した女性である。
作られた様な美しい肢体に腰まで届く艶のある髪。東洋系のエキゾチックな顔立ちが、幼くも大人っぽくも見える。
同じ日本人でも偉い違いだと思うが、DNAの成せる業なのだろうと感嘆する。
その経歴からモデル業を本職とし、テレビで見られるのはCMだけだと思う。
そのCMも10社近くと契約しているので、テレビを付けていれば必ずお目に掛かれる有名人でもあるのだ。
それでも一度、おしゃれに関するトーク番組に出ていたのを見た事があるが、受け答えがしっかりしており、いずれはボランティア活動に従事したいと語っていた。
正直、凄い人だなと思って見ていた。
しかし、一部のメディアでは彼女の父親が外交官であり、母親が医学博士である事から、パフォーマンスでは無いかとも言われていた。
それでも、私は凄い人だという思いは変わらなかった。
それは、目を輝かせて未来を語る姿が真剣で美しかったからだ。
周と彼女が並んだ所を想像してみる。
偉い迫力のあるカップルだが、似合っていると思う。
私の夢は大きくない。
人前で胸を張って語れる様な壮大な夢ではない。
人の為に役立ちたいという精神も余り持ち合わせておらず、自分が幸せになれるかどうかも結構瀬戸際な気がする。
普通に家庭を持ちたいと思う。
両親の様な暖かな家庭を持ちたいと思っていた。
しかし、どうやら私の夢を実現する為には、料理が出来る事が不可欠らしいのである。
旦那様の為に手料理を作る。
子供が生まれたら離乳食なんかも作ったりする。
想像しただけで、タバコにまた手が行きそうだ。
夢は夢のままで膨らませるのも楽しい物だし、自分の頭の中で花開く夢は幸せだ。
自分独りが生きて行く為には、働ける内に働いて貯蓄を増やす事が重要となり、何時の間にか貯金が趣味の様な生活になっていた。
HIH技研工業は賃金も良く(残業が多かったからだと思うが)貯蓄を増やすには後三年位は勤めていたかったと思う。
仕事も楽しかったし、同僚も皆良い人ばかりだった。
今更何を考えて居るんだか。
ぶるっと身震いをし、体が冷えていたのを改めて感じてベランダの戸を閉めた。
翌週、お昼前にハローワークへ行ってみた。
就職難という言葉を再確認する事となった。
数十台有る求人情報の端末は人で埋まり、順番待ちのイスも満席で立って居る人が人垣の様になっている。
スーツ姿の人も多いが、学生服を着た現役高校生も目立っていた。
それでも時間が有り余っている自分は呑気に順番待ちをし、窓口で名前を呼ばれた時はもう夕方だった。
「何故辞めたんですか?」
それはハローワーク職員の素朴な疑問だったのだろう。
本当の事を言う訳にもいかず、残業が多く体調不良になった為と誤魔化した。
メガネの奥でじーっと見つめる瞳にどぎまぎしたが、職員はそうですか、の一言で書類に目を落とした。
職員さんが言うには、中途半端な時期に辞めた人は書類選考の時点で落とされる事が多い事。
ましてや上場企業や名の通った企業の場合は、不祥事関連と思われる事が多い事。
今の時期なら、新卒を選ぶ率が多い事。
など、私には不利ですよと暗に言われている様な物だった。
実家の所在地を聞かれ、札幌だと答えると、実家へ帰る事を勧められた。
もう少しここに居たい。
自分という人間をしっかりと見つめられる時までもう少し時間が居る。
帰るのはそれからでも遅くは無いと思う。
夢。夢・・・猫と話がしたいです!(笑)