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14話 なけなしのプライド



チリリリン・・・チリリリン・・・チリリリン・・・

【着信:藤堂静】

呼び出し音が止むと直ぐに電源を落とした。


自分の部屋に帰ってきたが、着替えもせずにソファに座ったままだった。


高橋部長から呼び止められたのは、私と那智さんが会社で使用しているノートパソコンの提出を求める物だった。

那智さんはPCの提出に不満そうだったが、私は別に構わなかった。

これで自分の疑惑が取り払えるのなら簡単に済むのだから。


高橋部長は私に、下の階のラウンジからコーヒーを取りに行くように命じた。

高橋部長とは月に一度、会議で顔を会わせる位で話等した事も無い。

四十代だと聞いた事があるが、それにしては無駄な贅肉も無く顔の皺も殆ど無い。髪型も短くこざっぱりとした印象でその髪にも白い物は殆ど無い。

社内ではオリンピックで金メダルを取った水泳選手に似ていると言われており、特にあの鋭い眼光は出来るだけ近寄りたくないと思わせる雰囲気を出している。


ラウンジから持って来た三つのコーヒーを高橋部長の机に置き、私はその前に立って居た。

私が居ない間、那智さんに二・三質問をし、それに答えた那智さんを直ぐに帰らせていた。

暫く黙っていた部長が一つのコーヒーを私に差出し、自分も一つを取り上げ飲み始めた。

「課長のPCな、データが削除されてたんだ。直ぐに復旧したが、イベント会社とのメールの遣り取りの中に、お前と那智の名前が頻繁に出て来るんだ」

「それは仕事上の事では無いでしょうか。あのイベント会社の担当が私だったので、私の名前が出るのは必然だと思います」

「課長と那智とお前の三人で接待を受けた事は有るか?」

「いえ、無いです」

「課長と二人では?」

「無いです。就業時間外で同行した事は有りません」

「ではこれを見てくれないか」

差し出されたのは一枚のプリントで、ざっと見た感じはメールをコピーした物の様だった。


【山本課長宛:PP企画中野より:件名/昨日のお礼:本文/昨日はありがとうございました。ご連絡頂きました青葉城での企画に付きまして、こちらも出来るだけの取り組みをさせて頂きたいと考えております。付きましては、添付の見積り用紙の確認をお願い致したくメールをさせて頂きます。

追伸・先日お問い合わせ頂いた草津温泉ですが、本日中にご連絡頂けましたらご予約が可能です。長坂様に宜しくお伝え下さいますようお願い申し上げます。】


「・・・私には覚えが有りません」

「そうか。確認の為に聞くが、この日は何処に居た」

もう1枚手渡されたプリントには【12月4・5日予約しました】の文字が見える。

「4日も5日もアパートに居りました。4日の夜は飲みに出ましたが」

「そうか」

「・・・・・」

「俺は、お前の仕事ぶりを評価しているよ」

「ありがとうございます」

「明日、もう一度聞く事になると思う。よく思い出しておいてくれ」

「分かりました」

12月4日はいつも行くバーで手伝いを頼まれた日だ。

間違っても草津温泉になど行っていない。



課長との接点は考えるまでも無く皆無だ。

会社の上司と部下以外、係わりが無い。

敢えて言えば、会社でも出来れば関わりたくない上司であった。

今まで営業職だった為かデスクワークが苦手で、書類のミスが多く伝達の不備も目立つ。

しかし、コンベンションや企業説明等のコミュニケーション能力は高かったので、相手への好感度は抜群に良かった。

好感度が良過ぎて、その後の企画書の段階であの時の話と違うと言う事が多々あった。

山本課長は言った事の半分も覚えていないのである。

その場の雰囲気で話しているのだろうが、それでは仕事としては大変困るのである。

昨年の春の移動以来、企画課の帰りが遅くなったのはその所為もある。

(山本課長は定時で帰っていた)


明日からは、仕事所では無いだろう。

自分にとっての最悪のシナリオを想像しながら、それでも僅かの望みに掛けるしか無かった。



翌日は各部署で、今回の件が報告された。

私は本社から来た監査官から沢山の質問や、沢山の資料を見せられた。

翌日も同じで、昨日と同じ質問や、同じ資料を確認させられた。

同僚達は一生懸命に抗議をしてくれ、とても労わってくれた事が嬉しかった。

しかしその翌日も同じで、そろそろ嫌気が差して来た頃である。

本日も小会議室に呼び出され、監査官殿とデート開始である。

監査官は何時も同じ席に座り、白い顔にシルバーフレームのメガネを掛けて此方を見ているが、小さな目は笑って居ない。今日も綺麗に整えられたオールバックの黒い髪、毎日同じ黒のスーツに真っ白なワイシャツ、ネクタイは紺と白の斜めストライプ、靴も黒のビジネスシューズで光り輝いている。

しかし、今まで黒いスーツやネクタイ、靴に至るまで埃の一つも付いて居た試しが無かった。

この人は同じスーツやネクタイを何着持っているのだろうかと不思議になった。


「12月4日の夜ですが、誰と一緒に飲みに行かれましたか?」

「一人で行きました」

「行ったのは一人かもしれませんが、そのお店で九条さんとお会いになられてますね」

「九条さんもその店の常連だと思います」

「九条さんがTTK技研の方だと知っておりますか?」

「はい、知っています」

「どの様な会話をされていますか?」

「余り、会話をする事はありません」

「分かりました。明日から人事課へ移動になります」

「えっ・・・明日からですか?」

「そうです。明日からです」

「・・・分かりました」

それでは失礼致します、と部屋を出ようとした時、本社の監査官がそれと、と言って付け足すかのように口を開いた。

「我が社はアルバイトは禁止ですので」

頭を下げて部屋を出た。


未だに山本課長は行方不明。

那智さんは知っていながら課長と共に接待を受けていた事が明らかになり、半年間の減給と月に一度の高橋部長への報告と言う形でケリが付いた。

私と課長の係わりは無関係と分かったが、人事課への移動となった。

但し、課長のメールへ頻繁に出てくる長坂が私とは別人である事が分かったのだが、それが誰なのかは依然不明のままである。


翌日、人事課へと向かったが、私の席は無かった。

使われて居ない席が一つ有ったが、その机の上は書類や荷物の置き場所となっていた。

人事課の人達も私に向かって何も言わず、もくもくと自分の仕事を熟していた。

後二カ月もすると新入社員が来るのだ。

その新入社員の研修とか、どの課に配属になるかとか、重役達や他部署と連絡を取りながら綿密に計画を立てて行くのがこの部署の仕事なのだ。

今が一番忙しい時期だろう。

噂話や他の人間に構って居られる時期では無いのだ。

私は鞄を持ったままラウンジへと移動した。


ラウンジで何杯目かのコーヒーを飲んだ後、秘書課へ向かい白い封筒と便箋を拝借した。

お昼になるのを待って、企画課へと向かい自分の机とロッカーから私物を取り出した。

お昼を外で済ませて来た藤堂さんが私を見つけ、物凄い形相で駆け寄って来た。

「長坂、どういう事なんだ?」

「私にもさっぱりで。疑惑が残るが証拠も無いから、取り敢えず人事異動みたいな所でしょうかね」

「お前、関係無いんだろう?あの監査官は何をしに来たんだ?」

「何って、仕事でしょう?」

「そうじゃ無くて「長坂さん!?長坂さん!」」

フロアの向こうから声を掛けて来たのは企画課の泉さんだった。

私より3歳年上で、

彼女はお昼を食べた後、直ぐに自分の席に戻って、携帯ゲームをするのが趣味だったのを思い出した。

「泉さん、急ですみませんでした」

「何を言っているのよ!悪いのはあの監査官じゃない!長坂さんは何も悪くないのよ!?」

「本当にすみません。でも課長が見つからない限り、疑惑は晴れそうも無いですから」

「まったく!あの課長が来てからロクな事が無いんだから!」

怒りが収まらない泉さんに感謝しながら、そろそろお昼も終わりなので企画課を退室する。

藤堂さんへは、後でメールをしておこう。


人事課へ戻ってみたが、まだ誰も居なかった。

返ってホッとする。

人事課の課長の机の上に、「辞表」を置いて退室した。

そう言えば人事課の課長ってどんな人だったのだろう。顔くらい見て置けば良かったと今更だけど思う。


これで私のHIH技研工業での3年9カ月の就業が終わった。







泉さんは結構肝っ玉かあさん系です。同僚や上司にこういう女性が居ると大変嬉しいなと思います。でも、合う、合わないはそれぞれだからなあー、女性は難しいですね。

さて、泉さんや藤堂さんの楽しげな会話を思いついたので、近いうちに番外編で書こうかなとわくわくしている作者です。

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