12話 友達は大切だと思う
「麻耶!ごめん遅くなった」
「おー、大丈夫だよ。お土産屋さんは賑やかだし、駅の隣にファッションビルは有るし、仙台もなかなか楽しそうだわ」
「ホント、ごめん」
「ルー?あんた具合悪いのかい?」
「悪くない。少し寝不足なだけ」
「ふーん。まず、あんたの家行こう」
「観光は?」
「この荷物持って何処さ行くって。まずは荷物置きにあんたの家」
「そうだね。じゃ行こうか」
・・・ピンポン♪・・・
・・・ん? チャイムの音がする・・・
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
何だろう。
人の会話が聞こえる。
「麻耶!ごめん!」
「今日は謝ってばっかりだね」
「はぁ・・・自分が情けないって」
「何があったの?この状況で誤魔化せる訳無いと思うけどさ」
目の前にはクリスタルの花瓶に活けられた薔薇の花が数十本。
その隣には赤と白のワインが二本。グラスも二個。
外国の有名菓子店の生チョコレート。ココアパウダーたっぷり。
それから、私の鞄とメガネが置かれている。
部屋に戻って、麻耶が荷物を片づけたりお手洗いに行ったりしている間に、どうやら眠ってしまったらしい。
その時に来客があり、ピクリとも動かない私の代わりに出てくれたようだ。
来客は、秋月周の代理の物で佐々木と名乗り、一通の手紙と共に目の前の品を届けに来たと言って、玄関先に置いて行ったらしい。
女性だけの部屋に、むやみに立ち入ることは憚られるからと、申し訳無さそうに玄関に置いて行ったと教えてくれた。
その佐々木さんは白髪が混ざった中年の男性で、物腰柔らかく、大変丁寧で、素敵な方だったそうだ。
手渡された手紙を読んで頭を抱え、そんな私の顔を見て目を輝かせている麻耶に、やっぱり頭を抱えた。
昨夜は、三輪旅行代理店の裏口から店内に入り込み、正面玄関のドアを開けて逃げ出した。
1時間程経った頃にまた戻り、三輪さんの会社の施錠を済ませてその場を立ち去った。
随分前だったが三輪さんと一緒に飲んだ時、裏口脇の郵便ボックスの内側に鍵を張り付けてあると聞いた事があった。
急な用事の時にわざわざ自宅に行って鍵を取ってくるのが面倒で、そうしていると言っていたのを思い出したのである。
あの時は半信半疑だったが、郵便ボックスに手を入れるとソレは本当に存在していた。
その後は街の中をフラフラと歩き、気が付いた時は自分のアパートの前に立って居た。
だけどカバンを置いて来た為、鍵が無い。
ポケットの中には携帯電話しか入っていなかった。
大家さんの家は近いけど、こんな夜中に起こすのも申し訳ないと思い、自分の部屋の前で膝を抱えて過ごした。
外も明るくなった頃、大家さんの家に行って見ると、丁度新聞を取りに玄関に出て来た大家さんに会うことが出来た。
部屋に入り、予備のメガネを取り出しほっとする。
体の芯まで冷えてしまっていたので、急いでお風呂にお湯を張りゆっくり体を沈める。
やっと温まったと思った頃に麻耶からの電話が鳴ったのであった。
「九条さんって、TTK技研の御曹司だったのかー」
「うん」
「すすきので一緒に飲んだ時さ、まじであんたの彼氏だと思ったんだよ。顔もスタイルもセンスも良くて話も楽しかったしさ。お似合いだったよ?」
先月の札幌出張の時、たまたま会ったイッケ(池端君)に勘違いされて一緒に飲みに行った時の事である。
「私以外の人間はそう思うだろうね。でも私の顔を見れば文句ばっかりだし、楽しくお話をした事も無いよ?よっぽど嫌われてるんだと思ってたけどな」
「それは違うく無い?あんたの話を聞いた限りでは結構助けて貰ってるんでないかい」
助けて貰ってる?
思い返してみれば、札幌で突然雨に降られた時も、ホテルでも、酔っ払いに絡まれた時も考えようによっては助けられていたのかもしれない。
でもさ、私の顔を見れば文句を言いたそうな顔をしている事が多い様に思うんだが。
実際文句も言われているし。
「ルー、もう少し詳しく話してみー。それと、昨夜は本当は何があったんだい?」
私のシャツの襟をクイと広げて赤くなっている二重の斑点を指差した。
高校の頃から麻耶は、私の僅かな変化を見逃さない奴だった。
それでも言える範囲内で、大雑把に概要を説明したのだが、それではご満足頂け無かったらしい。
結局、事の次第を洗い浚い話す事になった。
「まずは、あんたは宅配ピザで適当に頼んでおいて。私は隆に電話する」
「麻耶! 待て、観光はどうするんだよ」
「観光地は逃げないし、帰りを少し伸ばすから気にすんな」
「麻耶―!」
「あんたとはゆっくり話す事が有りそうだからね」
右の口角をキュッと上げた顔は、高校時代の麻耶の顔だった。
三宅隆、三宅麻耶、高校の同級生。
この二人は高校の付き合い当初から「高島屋」と命名され、二年前に結婚した。
隆は経営学を学んだ後、地元の一流ホテルに就職し、麻耶は実家のコンビニを手伝っている。
麻耶は進学校に普通に通いながら、地元の「族」(レディース)の頭でもあった。
ゲーセンで絡まれていたのを助けてもらったのが付き合いの始まりで、彼女が「族」だった事と同じ高校の同じクラスだった事を同時に知った出会いだった。
「九条さんはルーの事が気になるんだろうし、心配してんだと思うよ。だって、クリスマス当日に暗い公園のブランコで一人で座ってたらさ、好からぬ輩が寄って行っても不思議じゃ無いよね?逆に心配じゃない?」
「そんなヤツかね」
「私から見る九条さんは、優しくて素敵な男性だけどね。今日だって、本当は自分が来たかったんじゃ無いの?でもあんたが逃げたから、代理を立てて謝って来たんじゃないかねー」
「逃げて悪いか!」
「悪いねー。逃げなきゃ案外簡単に話が纏まってたと思うよ。あんたも悩まなくて済んだだろうしね」
「麻耶さー、他人事だと思って無い?」
「だってさ、こんな楽しい事はなかなか無いよー(笑)」
「私は楽しくありません!」
「ルーってさ、一見すると遊んでそうに見えるし、男が居そうって見えるんだよ。でも実際は堅物で真面目で貯金が趣味って今時珍しいタイプだからさ。友人としては結構心配してるんだよ?」
「うーん。見た目はしょうがないっしょ。コンタクト止めてメガネにしたら物凄く快適だし、髪型もひっつめにしてるとこれも物凄く楽。お蔭で、コンタクト代も美容室代も掛んなくてラッキー!って思ってるんだけどねー」
「高校の頃よりは地味になったよねー。うちら何て言われていたか知ってる?」
「高校の時?ああ、ケサランパサランね」
「何だっけ?未確認生物で、なにがなんだか分からない生き物だっけか?」
「しょうがないっしょ。あの頃が一番おしゃれしてたもん」
「まあ、確かにね」
進学校だったが、お互いバッチリ化粧して学校に通っていた。
麻耶は私よりも身長が高く胸も大きく手足も長い。それだけでも目立っていたのだが、それ以上に目を引いたのが日本人離れした顔の作りだった。両親もその両親も純日本人なのだが、何故か麻耶だけは何処から見ても日本人の顔からはかけ離れていた。しかし、両親と並ぶとどちらにも似ており、全然違和感が無いのが不思議だった。
私自身は自分で言うのも変なのだが、麻耶を一回り小さくしたハーフと表現するのがぴったりだと思っている。見た目だけの雰囲気であり、私も純国産品である事に間違いは無い。
そんな二人が制服も可愛く見える様にスカートを短くしたり、ブラウスのボタンを胸元ぎりぎりまで外したりと、先生達からは呼び出しを受けて生活指導を受ける事も度々だった。
でも二人とも校内の学力試験で10番から下がった事が無かった為に、まあ、何となく笑って済ませてもらった部分も多かった。
早い話が学校内で二人とも浮いていたのだ。ふわふわと。
だからケサランパサランだったのかも知れない。
「で、どうすんの?」
「んー、ここまでストレートに言われて悪い気はしない」
「だよね。じゃあ私は29日に帰る事にするよ」
「29日?偉いゆっくりだねえ。私は嬉しいけどさ」
「多分。このまま朝まで飲んで、起きるのは午後。夜は牛タンにささかまで、次の日に観光して翌日帰る。ね?バッチリでしょ」
「あははは、その通りになると良いね。あ、牛タンなら美味しい店知ってるよ」
「地酒も楽しみだー」
「今回こそは、観光しないとね」
「今まで何回か来たけど、伊達様にお目に掛ってないんだよね」
「好い加減まずいよね。タカシに笑われるよ」
「うん。毎回、また国分町だけ巡って来たのか?って呆れられてるよ」
なんとなく今回もそんな予感が多少有るけど、二人で顔を会わせて笑って誤魔化した。
「ありがとう。麻耶が居てくれて良かった」
「どう致しまして」
結局この日は二本のワインを開け、先日バーのマスターから頂いた地酒も開けて、夜通し飲んだのであった。
さて、その手紙であるが、奇麗な文字で書かれた簡単なメッセージがあった。
+・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・+
本気だと言ったら笑うか?
昨夜の続きを楽しみにしている。
電話をするので出るように。
【080****1225】
+・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・+
昨夜の事を謝る気は無い事。
携帯電話らしき11ケタの数字。
11ケタの数字には見覚えが有った。
最近頻繁に着信履歴が表示されていた番号と同じだった。
周が何故私の携帯番号を知っているのか不思議だが、彼の事だ、不思議でも無いかと諦めた。
タカシマヤ!自分で名前を考えて思いついた時は大笑いをしてしまった。こんな言葉遊びも結構楽しい。
気が付けば12月です。
困ったな。(笑)