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9話 突然の口づけ




まだ九時前である。(夜の)

夏目に呼び出されて外へ出たが、25日クリスマス当日の夜は意外と静かだった。

(聖夜か、)


このままもう少し歩くと【SquareRose】が有る。

部屋に帰るのには早いし、これと言って行くあても無いし、で、何となく何時もの扉の前に立って居る。

しかし、黒い扉の脇に薔薇の花は無かった。

(休みだったか)


店の向かい側にある公園のブランコに座る。

バックから先日買ったメンソールのタバコを取り出して火を点ける。

何時も自分が居るだろう店を外から眺めて見る。

吐く息が白い。

視野の端に人影が入り込み、目の前のビルへ息せき切って入って行くのが見えた。

ベージュのコートをはためかせ、襟に巻かれたピンク色のマフラーが落ちそうなのも気にせずに、上へ昇る階段を2段飛ばしで駆け上がって行く。

(凄いな)

ふと、コートのポケットの中で電話が震えているのに気が付いた。


「マヤ?」

「おー、やっと出たな。不真面目人間」

「悪かったな」

「こっちに帰る予定は有るの?」

「無いなー。チケット取れなかったしね」

「取らなかった、の間違いでは無いのかい?」

「五月蠅いなあー。で、要件は?」

「明日そっちに行くから、泊めて遊んでくれる?」

「タカシは・・・ホテルマンだったな」

「そう言う事」

「何時?駅までは来れるっしょ?」

話に夢中になり、目の前に人が立って居る事に気が付くのが遅れた。

公園の中は暗いから顔が良く見えない。

「ああ、うん、分かったよ。じゃあ、明日」

通話を切って、携帯で目の前の人の顔を照らす。

(周?)


「熱っ」

右手に挟んだタバコが根元まで灰になっていた。

パンッ と軽く手を払われ、地面に落ちたタバコが燻っている。

それを足で揉み消し、私をじっと見つめている。

(何でこの人は私を睨むのだろうか)

揉み消されたタバコを拾い、携帯灰皿に拾い入れる。


首を傾げて目の前の人物を見上げる。

今まで動かなかったのに、滑らかな動きで腕が伸びたかと思ったら、私の二の腕を掴み持ち上げて立たせる。

ブランコがギーッと耳障りな音を立てた。

「・・・ちょっ」

言葉を投げかける間もなく、また暗闇に包まれる。

しかし、其処には温もりと小さな鼓動が聞こえる。

「・・・離、せ」

幾ら力を入れても、その胸を叩いても、背中に回された腕は解けない。

片方の腕が背中から離れ、後頭部を掴んだ、と思った。

「!?・・・うっ」

思い切り暴れて、何とか腕を振りほどく。

暴れた所為でメガネが何処かに落ちてしまった。

唇を手の甲で拭い取って、言い放つ。

「お前の女と一緒にするな」

脇をすり抜け公園を突っ切って走り出す。


なんで周が居る?

数時間前には自社の前で綺麗な女性と腕を組んで歩いて居たではないか。

数日前は別の女性達と食事をしていたではないか。

その前はこの公園で別の女性と抱き合っていたではないか。


何故私を抱きしめるのだろう。


目の前のビルの中へ逃げ込もうとするが、足の長さで叶う訳も無かった。

道路の真ん中で捕まり、ヘソの辺りに腕を回され抱えられるように目的の(?)ビルの中へと連れて行かれた。

何時もは天国へ続く階段と思っているが、その階段の裏側に回り込む。

そこには【三輪旅行代理店】の看板が置いて在り、簡素なドアが一つある。

三輪さんの会社の裏口なのだが、今日は生憎と閉まっている。



コンクリートの壁を背に立たされる。

見上げる周の瞳が剣呑な雰囲気を纏っている。

「待て! あまね、早ま・・・っう・・・」

顎の裏を掴まれ壁に押し付けられる。必然、上を向く形となった。

「俺は、犬じゃない」

待てが嫌なら、伏せと言って見るか。

「・・・私は、猫派、だ・・・」

実家では猫を飼っていた。

「俺は、犬も猫も嫌いだ」

お前には虎がお似合いだ。 嫌、メス豹か。

「・・・女が、一番か・・・」

只でさえ大きな目を、更に見開かれると食われそうだ。

「俺にも、選ぶ権利は有るが」

それなら此処に居る必要は無いだろう。

「・・・なら、他の女を探せ・・・」

顎を押さえていた手がピクリと動いた。

秋弦しづる

何で?何で私の名前を知っている?

「! おい!? 何でその・・・んっ・・・」

重ねられた唇が熱い。

「逃がさない」

訳の分からない口づけに目を見開いたまま凝視する。

周の目も見開いたままだった。



何時の間に目を瞑っていたのだろう。

大きな目を囲う長い睫、意思の強そうな濃い茶色の瞳、綺麗に整えられた形の良い眉毛。

何時まででも眺めていたい顔だった。

しかし、周の暖かい舌が歯列をなぞり、文句を言おうと開きかけた少しの隙間から潜り込んだ塊に絡め捕られた時、ぎゅっと目を瞑り、それと同時に意識がプツリと途絶えた。


「・・・・・っはぁ」

随分と長い時間拘束されていた。

何時までも離れないのでは無いかと思う程に強く抱きしめられていた腕が、予告も無くふわりと緩んだ。

がしかし、離れない。離れて行かない。

ふっ と頭上から漏れる息。

周のコートにしがみ付いていた私の手をゆっくりと解いてくれる。

私の手は、目の前にあったベージュ色のコートを力一杯握り絞める事しか出来無かった。

そして握り絞めていた指先は白く、僅かに震えていた。

「冷たいな」

私の両手を包む大きな手は、私の手より少しだけ暖かかった。


周は自分の首元に巻かれたピンク色のマフラーを外し、寒そうにしている私の首元に掛けようとしてくれた。

その手が一瞬止まり、綺麗な顔が悪魔の様に歪んだ。

「アイツ・・・」

私の襟元を力任せに広げられ、ブチブチッと言う音と共にコートのボタンと中に来ていたシャツのボタンが同時に数個弾け飛んだ。

「な、何を!」

開いた胸元を手でなぞり苦い顔で眺めた後、首筋に顔を埋めて痛い位に唇を押し付けて来た。

「あっ・・・いっ!・・・」

「上書きだ」




壁に凭れたまま周をぼーっと見ていた。

「・・・ああ、そうだ、迎えに来てくれ。・・・いや、そっちに任せる・・・そう・・」

周は携帯で何を話しているのだろう。

私は此処で、何をして居るのだろう。



今日は、

今日は、

そうだ、

夏目から呼び出されて、日の出駅前で、何故か走って、神社で手を振って・・・・・



『逃げろ』

夏目の声がした。







遅くなりましたー。やっと冒頭まで辿り着く事が出来ました。

周は無事に秋弦を手にする事が出来るのでしょうかね?

夏目ってマジで嫌な奴かも・・・(笑)

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