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語らう男女

 担任に怒られ日直を一人ですることを命令された灰田は、授業で使う配布物を両手に抱えてだるそうに朝の日差しの中を歩く。

開け放たれた窓からさんさんと降り注ぐ光を「痛い痛い」と痛がる灰田の隣を、同じ授業で使用する黒板に張りつける大きな地図を両手で抱えながら俺は歩く。

「かわいくない!」

隣を死人のように歩いていた灰田は、突然立ち止まるとそう吐き捨てた。

「お前はあいつのどこがいいんだよ」

「・・・」

切れ長の瞳、華奢なからだ。触れたら壊れそうな肩、腰。

顎筋で潔いほどに切りそろえられた髪。灰田の言葉に次々とでてきた言葉に、これをいったらこいつにからかわれるんだろうな~と思って、俺は黙り込んだまま外に目を向ける。

「かわいげがないね。胸もないし」

「お前、今全女性を敵にまわしたぞ」

「でもあれはなさすぎだぞ。お前きっついのがタイプなんだな」

きっついって・・・。灰田の言葉に、俺は脳裏で、ああいう不器用な感じがいいけどな~と思う。

確かに、灰田の言うとおり。

藤崎は、言葉が・・足りない。かもしれない。

朝に日直の仕事を手伝いにいった時も、こなくてもよかったね発言には全身がとまった。

整った顔つきも冷たい印象を与えて、真顔でこちらを見られると怒っているように感じられ・・ないでもない。

でも俺は、そういう不器用な感じがいい・・・と思う。

藤崎が見せてくれた小さい、口元だけの笑み(ニヤリともいえる)に俺は、だらしなく頬が緩むのを抑えられずに口元をもごもごさせる。

「じゃっ、じゃあ灰田はどんなのがタイプなんだよ」

口元のにやけをごまかすために、俺は逆に灰田に質問を返す。

はぐらかせるかと思っていたが、灰田は素直にその質問を受け入れてううんと唸った。

「俺はな・・・。女らしい女がいい。優しくて、柔らかくて、暖かくて、こう俺がいなくちゃ、

守ってあげなくちゃ! みたいに思えるやつ」

灰田はそういいながら、きゅっと目を細める。

遠い何かを、誰かをおもいだしながら話しているように。

「灰田ってさ・・・好きな子いるの?」

俺が思わず尋ねてしまうと、灰田はなにもごまかさずににかっと歯を出して「ずっと片思い」笑った。

はっきりと笑顔で答えた灰田に、逆にこっちが恥ずかしくなってしまって俺は戸惑いがちに「そうなんだ」と、一言だけもらして黙りこんだ。

黙りこんでしまった俺に、灰田は笑いながら「そうなんだって、もっとなんかきかねーのかよ」肘で小突いてきた。

「じゃあ、その子俺知ってる・・・?」

「知らない人」

灰田はそういうと、ようやく気恥ずかしそうに肩を揺らす。

前に目をむけたまま「これでおしまいな」と、自分からいってきたのに一方的に話をおしまいにしてしまった。




 若干の気恥ずかしさを覚えながら黙り込んだまま歩いていると、あっというまに教室へとついた。

朝ゆえに、まだ教室からは誰も声もしない。

両手がふさがっているがゆえに、前の灰田が足をつかってドアをあける。

もたつきながらも、ドアを開けた灰田は「あっ」と小さく声をあげた。その声に、俺も後ろからそっと教室内を覗き込む。

「「「・・・」」」

何も言わず、三人で見つめ合ってしまう。

灰田と藤崎の間にある嫌な沈黙を裂くよう俺は「おはよういい天気だね!」とすっとんきょんな挨拶を藤崎に投げかけた。

「・・・おはよう」

藤崎は小さく挨拶をし返すと、また黙り込む。

「「「・・・」」」

気まずい、気まずすぎる。

とりあえず灰田、お前教室にはいれ。

後ろから足を蹴ると、ようやく灰田は足を動き出した。ゆっくりと教壇の上に配布物を置く。灰田に続いて、俺も黒板の下に地図を立てかける。

「今日も手伝ってるの?」

俺と灰田以外の、高い女の声が教室内に響く。

その声にには、明らかに灰田に対する非難が混じっていた。

「俺たち友達だもん」

灰田が、ぽつりとつぶやくと。藤崎は「ともだち、ね」と鼻で笑った。

どうしようもないくらいに最悪な空気に、俺は唾を飲み込む。

「今日は俺が手伝うって言ったんだよ。灰田一人だし、大変だろうなって思って」

張り付いた笑顔で、藤崎をみると。

藤崎は文庫本を出しながら、そうとそっけなく言葉を返してくる。

「・・・余計なことをしたかしら」

それは、先生にちくったことですか?

言葉の足りない藤崎に、俺は背中を嫌な汗が流れるのを感じた。

「おっ、よく気付いたな」

・・・・灰田ああああああああ。

初めて灰田を殴り飛ばしてやりたい気持ちで、俺は灰田の足を思いっきり踏みつける。

本に注がれていた藤崎の瞳がこっちを向く。

藤崎は静かに俺たちを見つめると、再び視線を下に向ける。

ぞっとするほど冷たい視線に、俺はびくびくしながら灰田を見つめる。

お前キューピットじゃないのかよ。今最高最悪に空気が悪いぞ!!

俺の視線に気がついた灰田は、弱った様子で頭をかいた。

このままここで立っていても仕方ないので、ふたりして席へと向かう。

残念なことに、俺たちの席は藤崎の隣と斜め後ろだ。

いつもだったらわくわく気分で着席しているが、今日は違う。

なんだ、この空気は。。

俺は後ろから灰田の椅子をけり上げる。

どちらかか出ていけばいいのだろうか、だかここには出て行った方が負けのようなそんな意地のようなものを感じる。

こんな最悪な状況で、本を読み続ける藤崎さすがだぜ!!

わけのわからないところに感動しだしたのに、自分のキャパがオーバーしてしまったことを感じて、俺は思わず笑いたくなってしまう。

俺が壊れかけのことを、尻の下からくるリズミカルな振動によって察した灰田は意を決した様子で、藤崎の方を向く。

まて!お前何をする気だという俺の心の叫びを無視して、灰田は口を開いた。

「・・・・・・・なに読んでんの?」

灰田の言葉に、俺は深い虚脱感に襲われて思わず机の上に伏せてしまう。

灰田のいきなりすぎる言葉を、藤崎が本に目を向けたまま「答える義理はないわ」と一刀両断したのは言うまでもない。

藤崎のとりつく暇もない言葉に、灰田はぐっと口を引き結んだ。

「・・・親睦を深めようとするクラスメイトにそれはないんじゃないの・・」

「親睦、ね」

「・・・・・・・・・・本田あ!なんかいえ!!」

「えっちょ突然なにを!」

耐えきれなくなった灰田の突然のパスに、俺はあわあわと声を震えさせる。

そんな俺に、藤崎はきっと灰田を睨みつけた。

「乱暴な言い方ね」

「乱暴って、えっ」

「本田君に日直を頼んだ時もそうやったわけ」

「えっ、ちょっ」

藤崎の冷たい言葉に、俺はあわてて二人の前にたつ。

「違う!違うんだ! 自主的に手伝ったんだ」

「そうだそうだー」

藤崎の迫力におされていた灰田が、後ろから声をあげる。

これ以上刺激するな!と思い、灰田の口に手を回す。

俺たちの親しげな様子に、藤崎は目をみはると手にしていた文庫本をもって立ち上がる。

「あなたたち、本当に仲がいい見たいね。どうやら私のしたことは本当に余計なお世話だったみたいだわね」

そのまま、この場を去ろうとした藤崎に、俺は思わず手を伸ばしてしまう。

「違う!・・・違うくないけど、違う!」

突然の展開に言葉が思いつかないが、とりあえずここで藤崎をとめないと、とんでもなく彼女を傷つけてしまう気がして俺は藤崎の手を止める。

もともと、灰田と俺が日直を変わったのは俺が原因だ。

だからといって、そのことを原因の張本人である藤崎にいうなんて・・・でも、ここで何かいわないと確実に何かを壊してしまう。

俺はぎゅっと息を飲み込むと、口を開く。

「俺たちは確かに友達で、たぶん藤崎がおもってるようなそういう関係じゃないよ。

でも、ああやって藤崎がいってくれたのはすごく嬉しかったし、そうやってはっきりと言えるところが・・・・いいと思う! だから全然迷惑じゃないよ!」

藤崎のか細い手首をぎゅっと握りながら、つたない言葉を紡ぐと、目の前で藤崎の瞳が瞬く。

後ろでだまって俺たちをみていた灰田が、後ろからぼそっと呟く。

「俺、本田のこといじめてないよー」

いじめられっ子と思われていたことに、俺は恥ずかしさを覚えて顔をぼっと赤くさせる。

藤崎にそうみられてたなんて、情けなさすぎる。

「・・・放して」

藤崎の口からしばらくして漏れた言葉に、俺はあわてて藤崎の手首から手を外す。

とっさのこととはいえ、大胆なことをしてしまった。

「どうやら、私の思い違いだったみたいね」

藤崎は文庫本を机の上におくと、ひとつ息をついてから口をひらく。

「でも、だからといって自分の仕事を友達に押しつけるのはよくないと思うわ」

最初に戻った。

けど、藤崎の言葉にはまえと違って仕方ないというような柔らかさを含んでいた。

それに対する灰田の「お前、頭かってーんだな」という言葉も、以前と違う柔らかさがあって、おれはほっと息をもらす。

「私、お前じゃないわ」

「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」

「・・・・藤崎って、呼べばいいじゃない」

藤崎はそういうと、再び自分の席に着席した。そっけない言葉だが、俺は再び藤崎がここに座ってくれたことが嬉しくて見えない背中に微笑みかけてしまう。

「なあ、藤崎。お前ずっとなによんでんの」

灰田の最初の問いに、藤崎は横目を灰田にむけながら・・・

「言ってもわからないと思うわ」

にやりとほほ笑んだ。




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