よろこび男子
「今朝の首尾はどうだったー?」
ぼんやりと空を見ながら歩いてると、隣を歩く灰田が間延びした声でたずねてくる。
「首尾って・・」
灰田のにんまりとした顔をみて、俺は眉間にしわをよせる。
からかわれるのはどうも苦手だ。
「特に・・」
「朝から、ぼんやしてるぞ。なんかいいことあったか?メアド聞けたのか?」
矢継ぎ早に続く質問に、俺はぐっと喉をつまらす。
そんな、メアドを聞くなんて、そんな・・・。
黙りこむ俺に、灰田は「えっ・・もっといいこと?!」とすっとんきょんな声をあげる。
灰田の教えてコールに根負けした俺が口を開くと、灰田はうんうんと頷いて、最期に大きなため息をついた。
「優しいひと、ね」
「な、なんだよ」
「は~。朝からなんかいい顔してんなと思ったら、優しいね、か」
「だから、なんなんだよ。その感じ・・」
やれやれと肩をすくめる灰田に、俺はぎゅっと手に力をいれる。
聞かれたから、しょうがなく答えたのに、その反応はなんなんだ。
澪が愛読する少女漫画では、初めてであった男女がいきなりキス(俺様男からの強引なキス)して、された女は「やだ」とかいいつつ、なんだかんだいって嫌じゃない・・むしろ好き。なんて現実でやったら確実に後ろに手が回るだろうということがまかりとおっている、が。
現実は、さっきも言ったが、そんなことしたら運が良くて張り手、悪くてお縄ってところだろう。
だいたい女ってやつは、そんなんにぽっと憧れをもちつつ、それがじっさい自分の身に降りかかると「きゃー痴漢」だのなんだの・・・ぶつぶつぶつぶつ、灰田に対する怒りから違う方向にそれた自分の思考に、俺は頭を大きく横にふる。
「まー、よかったな。悪くは思われてないじゃん」
不満そうな溜息をついたが、灰田はそれ以上はなにもいわずにとりあえず俺を持ち上げる。
「日直変わってよかっただろう。藤崎と一対一で話すの、初めてだっただろう?」
「まー確かに、ああいう機会がなければ・・・話しかけられなかっただろうね・・」
自分の消極的人格は重々承知なので、俺は空笑いしながら灰田の言葉に同意する。
「よかったな。俺が泥をかぶっただけあるぜ! その結果お前イイ人、俺悪い人!」
最期がインチキ外人みたいに片言になった灰田に、俺はぶっと吹き出すと、つられて灰田も吹き出す。
あはは、あははーと笑いながら歩いてると、灰田がにこにこと笑顔で言った。
「ってことで明日も日直よろしく」
「あはは・・・・・はあ!!?」
翌日、日直の件を藤崎から聞いた担任に灰田はこってり絞られた。
担任に呼び出された灰田のでかい丸まった背なかを見送っていると、前に座っている藤崎の肩が揺れる。ほんのわずか後ろに向けられた小さな白い顔は、俺にむけて小さな口元だけの笑みを見せてくれた。
藤崎とのきっかけを与えてくれた灰田にありがとう。
調子にのった灰田に罰を与えてくれた藤崎にありがとう。
俺は、二人に感謝の念を込めて、そっと藤崎に頬笑みかえした。
「お前がちくったんだってな」
昼休みを職員室での正座でつぶした、灰田は5時間目の終了の鐘が鳴ると同時に隣の藤崎に声をかけた。
教科書とノートを机の中にいれた藤崎は、くすりともせずに冷たく囁いた。
「わたし、自分の仕事をちゃんとしない人は嫌いなの」
「・・・」
「・・・」
これには、俺も灰田も黙りこんだ。
本当は違うけれど、はたからみたら確かにそれが事実なのだ。
俺は心で灰田に謝りながら、前を見つめる。
「本田くんが代わりにきてくれたわ」
「・・・・」
「あなたが頼んだんだってね」
「・・・・おう」
「1日だけならまだ許せたけど、二日連続はさすがに・・・ね」
はっと、冷たく笑いながら藤崎は横にかけてある鞄に手をかける。
二人の間に強力なブリザードの吹き荒れる中、担任が教室へと入ってくる。
話は中断したかとおわれたが、担任の話の合間に灰田がぼそりと「かわいくねえ」と、拗ねたようにつぶやいたのが聞こえた・・・・のは俺の空耳なのだろうか、というか空耳であってほしい。
「かわいくなくて結構です」
・・・・・・・空耳じゃなかった。
藤崎の絶対零度の、小さい声が耳に入った俺は、がくりと頭をうなだれた。