イケメン男子
入店したファミレスは夕方という時間帯もあるのか混んでいた。
カランカランという入店の音と共に、騒がしい店内に足を踏み入れる。
大型チェーン店で、メニューの値段が比較的に安いそこはお金のない若者たちで席が全て埋まっていた。
「うわー、やっぱ混んでるな」
俺がキョロキョロと店内を見回している間に、灰田はさっさと髪に名前を記入している。
「そりゃあ、そうだろ。だって他にいくとこないし。冷暖房完備だし、ドリンクバーはついているし。何時間でも粘れる」
店員の冷たい視線をシャットアウトできるだけの、図太さがあればな。
灰田の言葉に、心の中で補足をつけながら、待合の椅子に眼をむける。
想像は出来たが、そこには破廉恥なほどにスカートを短くした女子の集団に占拠されていた。
「はしたない」だとか思いながらも、結局は健康的にさらけ出されたむっちりとした太ももに目がいってしまうのは―――、これはもう男という生き物なのだから仕方がない。
出されていれば見てしまうのだ。
そういう風に出来ているのだ。
藤崎だったらこんなことしねーとか思いながら、他の女子のふとももをみつめる。
はたから見たら矛盾しているかのように思えるこれが、当たり前のように共存して成り立っているのが男子高校生というものなのだ。
「・・・ムッシュムラムラ」
ほら後ろにももう一人、悲しい男の性に翻弄されている哀れない子羊が一匹。
「いやーさっきの子たち、短かったな~」
「いや~、眼福。眼福」
俺はドリンクバーとカルボナーラを。灰田はドリンクバーとハンバーグセット(+サラダ+コーンポタージュ)をそれぞれに頼んだ。
俺たちは慣れた様子で席から立ち上がると、ドリンクバーにいく。
するとそこには先ほどかるく話題に上った彼女たちの内の二人が立っていた。
二人は後ろに俺たちが並んだことを気にすることなく、オレンジジュースにするかアップルジュースにするかを話している。
「私今ダイエット中だから、炭酸系は飲まないようにしてんだ~」
・・・本当にダイエット中だというのなら、黙って水でも飲んでろ。
なんて、口が裂けてもいえない。
「えっ、敦子痩せてんじゃん。痩せなくたっていいし、まじで。てか私のほうがやばいし」
確かにお前はやばい。
思わず頷きそうになった首を慌てて固定しながら、ふと脇をみるとコップを掴んでいる灰田の親指がぐっと立っていた。
灰田と取れた無言のコンタクトに、軽く感動を覚えている間にも二人の会話は続く。
「そんなことないし、腹とかまじやばいし」
「えー」
「マジだって、敦子なんて比じゃないよ」
キャッキャと会話を続ける二人。楽しく会話をするのはいいことだが、問題は場所だ。
「よし、決めた野菜ジュース!」
アップルとオレンジはどうなったんだよおおおおお!
前の二人にいちいち突っ込みを入れることにも疲れてきたころに、ようやく敦子が決めた。
敦子のコップがジュースの注ぎ口に押し込まれる。
(ああ、これでやっと乾いた喉をうるおすことができる―――。)
「ああー、野菜ジュースでてこな~い」
「ええっ。最悪じゃん」
最悪なのはこっちだよ…。
歯ぎしりをしそうなほど俺が口を噛みしめていると、隣の灰田がさっと背を向けたのが目に入る。
(いい加減呆れて、一回席に戻ったのか)
なら俺も一回もどろうっと、そう思ってため息交じりに灰田と同じく背を向けた俺の目に、店員に話しかける灰田の姿が入る。
「あの、野菜ジュース売り切れみたいなんで補充してもらいたいんですけど」
「大変申し訳ございません。すぐに補充させていただきますね」
にっこりとほほ笑んだ店員が踵を返して調理場へとはいって行くのを、ぼーっと見送っていると後ろの女子高生の声が耳に入る。
「ちょっと、あの人優しくない?」
「うん。すっごく。しかも顔もかっこいいし」
「ねー。敦子の為に頼んでくれたんじゃん。脈ありじゃない?これ?」
「えーだって、私彼氏いるし~」
甲高い二人の声音に、俺はそっと後ろに目を向ける。
俺が見ていることに気がついた二人は、明らかな嫌悪感をにじませた表情で俺を見つめる。
「何見てんだよ」
表情がそれを如実に語っている・・・。
そうだ。
モブで芋な俺に対するギャルの態度はこれが正しい。
おかしいのは、あいつの方なんだ・・・。
そういって必死で自分を慰めながらも、灰田に対する複雑な感情に息をつく。
かっこいいって、罪だな。
「灰田は――どうしてああいうことをさらっとできちゃうわけ?」
目の前に広がるのは空の皿たち。ドリンクバーでの長い長い延長戦に入った俺たちは、互いにちびちびとストローを吸う。
「ああいうこと?」
「ドリンクバー」
「・・・・・・・ああ、あれか」
あれかって…、俺には大したことだったのに、灰田にとってはあれ呼ばわり。
少し卑屈ぎみな自分にため息を隠しきれずに、俺はこくんと頷く。
「そう。あれ」
「また会話が長くなりそうだったし、俺も早く飲み物飲みたかったし」
ここでお前が飲みたそうだったから、って言わないのが灰田。
さらりと恥ずかしいことをやって、なんともない顔をする。
灰田には、それが簡単で。
俺には、それがとても難しい。
難しい顔をして黙りこんだ俺を、灰田がどう思っているかしらない。
ぼんやりとした顔で、氷だけになったガラスコップの中身をストローでカラカラとかきまわしている。
「とってくる」
「うん」
気まずい(俺が勝手にだしてるんだけど)雰囲気を察したのか、それとも本当にただ飲みたかっただけなのかわからない。
灰田が、俺にはわからない。
さっきまで一番近いと思っていた距離が、ぐんと伸びていく。
灰田との会話は面白い。灰田のちょっと小難しい物言いも、全部。
灰田と出会ってから、嫌な思いを一つもしたことがない。
でもそれはいいかえると、本気でぶつかってない、お互いがどこか一歩引いた場所から薄い膜越しに言葉を投げかけているだけで。それだけであって……。
俺は氷のこけた水をズッと吸い上げ、ストローを噛みしめた。
「あっ、藤崎だ」
「えっ?」
ドリンクバーから今度は透明な炭酸を持ってきた灰田が、座る直前に俺の後ろに視線を向けながらいった。
俺は情けない声をあげたと同時に、ばっと後ろに身体を向ける。
藤崎こんな騒がしい場所にきているのか、あんま好きそうじゃないのに。今頃の時間はてっきり学校か県の図書館で借りた本を自分の部屋でみているところだと思っていたのに。
俺の中の藤崎設定は、すさまじい勢いで増えていく。
話したことがないのだから、想像ばかり膨らむのは仕方のないことだろう。。
純粋に喜びながら、振り向いた俺の目に映ったのは、藤崎と似たような髪型のまったく別の高校の女子生徒。隣の席の男がいきなり見つめてkたのだから、当然不審な目でこっちをみている。
「すみません。人間違いでした…」
か細い声で謝罪すると、視線に耐えられずにぱっと前をむく。
するとそこには机に肘をつきながら、かじったままのストローをだらしなく上下にゆらす灰田の姿があった。
灰田はにやにやと人の悪そうな笑みを浮かべている。
「な、んだよ。間違いじゃないか・・・」
嫌な予感が灰田からひしひしと漂ってくる。
最初に断わっておくが、俺は、藤崎のことを灰田に一回も相談したことがない。
「いーや、間違いじゃない」
灰田はストローを加えながらも器用に喋り続ける。
その様は、犯人を追いつめる検事そのもので・・・。
「やっぱ、好きだな」
断定だった。
ぴたりと止まった俺に、灰田は鬼の首をとったように微笑む。
「いやー青春。青春。いいね~。羨ましいよ」
さっき学校の脇を歩いていた時に、俺が言ったのを真似するかのように灰田はいった。
「そんじゃあー、友達の恋を成就させるために、灰田さんがんばりますよ~」
灰田はそういうと、あははーと笑いコップに残ったジュースを一気飲みする。
俺はさっきからずっと固まったままで、灰田の言葉を反復する。
友達のこいをじょうじゅ・・・?
成就って、成就だよな……………っ!!
「灰田!ちょっと待て。違う!」
「いいって、いいって、照れなくても。こうみえても俺、中学校の時は恋のキューピットで有名だったんだぜ」
根拠のない自信なんて砕け散ってしまえ!俺はそう心で罵りながら、頭を抱える。
ルンルンとへたくそな歌を歌う灰田は、明らかに面白がっている。
確かに、俺は藤崎が好きだ。
でもそれは、付き合いたいとか、そういうのじゃなくて・・・。
いや出来れば、付き合えるなら付き合ってみたいけど、でも本当にそういうのじゃなくて。後ろから見てるだけで十分っていうか、脳内藤崎だけで十分っていうか。
あうあうと取り留めのないことを考えて、いっぱいになっている俺をみて、灰田はどんと胸を叩いた。
「まっ、まかせとけって」
だから違うって~~~~。
いつもぼーっとしている灰田が、なんだかんだいって強引なのはここ数カ月で気がついていたので、俺はただうろたえることしかできずにがっくりとうなだれた。
好きだと確信をもっている灰田に、いまさらなにをいっても無駄だ。
全ては灰田が、俺が藤崎のことを好きだということに気がついた時点で決まっていたのだ。
「あのさ・・・。俺、お前と違うんだよ…。それ、わかる?」
「何が違うってんだよ。わっかんねー。男だったらどんとぶつかって、どんと砕け散れや」
だからそれができないんだよ。
血の涙を流しそうになりながら、俺はぎゅっとグラスを握り締める。
(まあ、こうはいってるがどうせなにも出来ないだろう。だってあの藤崎だぜ。クラスに全然なじめてない一匹オオカミの、あの藤崎だぜ)
好きな女に対する評価にしてはいささかひどすぎるが、俺はうんうんと頷き自分に言い聞かす。
どうせなにもできやしないと。