混乱男女
「まっことく~ん」
高い女の声に俺は俯きがちだった顔をあげた。
「げっ」
灰田は実に失礼な声をあげながら彼女に背を向ける。
「まことく~ん!」
薄情な男にそれでも笑顔を失わずに再び声をかける。
「・・・いらっしゃいませー」
無視を決め込むかと思っていた灰田だったが、客は客なのでちくしょうといった苦々しい顔で挨拶をする。
「いらっしゃいましたー」
にこにこと頬笑みながらいう藤田に俺は小さな拍手をおくった。
藤田はそそそっとレジに近寄ると、そのままレジ台に肘をおく。
下から覗き込むように灰田を見つめる藤田に、俺はそろーっと奥へ引っ込もうとするが灰田の手に阻まれた。
「お客様、お邪魔です」
灰田のみょうちきりんな言葉に、藤田はぶっと吹きだしながら「おもしろーい」と声をあげる。
「エプロンかっこいいね」
「ほう、このオレンジのくたびれたエプロンがかっこいいとおっしゃるということは、お客様の美的センスが皆無なようですね~」
必要もない整理をしだした灰田に、藤田はぷくっと頬をふくらませる。
「いじわる~」
「・・・」
無言で背を向ける灰田にぶうたれながらも熱い視線をおくっている藤田に、俺は笑いながらやっと声をかける。
「いらっしゃいませー」
「かおるく~ん、今のみてた? こっちはお客さんなのひどくない!? お客様は神様でしょう」
「あれはないなー」
藤田の言葉に頷きながら灰田の背をみやると、肩が微かにゆれたのがわかった。灰田はひとつ深いため息をついてからこちらにやっと向き直る。苦々しい顔で両手を組みながら、藤田に問う。
「・・・誰からきいた?」
「・・・えへっ」
藤田は言葉ではなく指先ひとつで灰田にそれを教える。
当然ながら灰田にはひとこともつげてなかった俺は、灰田のこちらを射殺さんとばかりの瞳に背筋を震わせる。
「・・えへっ」
藤田をまねていってみたが、灰田の顔はいっこうにやわらかさを取り戻さない。
「・・・まさか、こんなに近くに裏切りものがいたとはな」
「裏切りって、、、、」
怖い顔でにじりよってくる灰田に、俺がズリズリと後ろにさがるとそこに藤田がわりこんできた。
「馨くんをせめないで!!」
いつの間にレジにはいったんだ、部外者いれたってしれたらじいさんに怒られる。
・・・色々なことが頭をよぎったが、とりあえず藤田の背中に隠しきれない身体を気持ちだけ隠したつもりにする。それだけで目の前の悪鬼の放つ力が薄れた気がする。
「なんで教えたんだ? てかいつの間に仲良くなりやがった?メアド交換したんだ? あっ?」
「この前の肝試しの後でメアド交換したの! なんで教えてくれたかっていうとー・・・」
もじもじとしだした藤田を手でどけながら、灰田は俺の肩に手をまわす。
「おまえ、俺の安息の地をよくも脅かしてくれたな」
「安息って・・・別にそれほど居心地いいところでもないじゃん」
「こいつがいなければどこでも安息だ」
そういいきる灰田にうしろに立つ藤田が「ひどいよお~」と声をあげる。
遠慮のない灰田と、泣きそうな藤田に俺はおろおろとしながら二人の間にたつ。
さっきとは逆だな、という冷静な自分をぶんなぐりながら、灰田に指をさす。
「・・・・いじめっこっ!」
ようやく出た言葉がこれだった。
小学生みたいな言葉に、がくりと目の前の灰田の肩がおちる。俺はうなじが熱くなるを感じながら、何度も指をぶんぶんとふりまわしながら「いじめっこ!いじめっこ!」と言葉を続ける。
とりあえずこの変な、微妙な、空気をなんとかしなければ・・・俺はピエロになる気まんまんで灰田に何度も指をさしながら、幼稚園児みたいな言葉をつづける。
「・・・・・・なに、してるの?」
そんな状態の俺たちの間に第三者の声がわってはいる。
奇妙な時間をとぎれされた声は、聞いたことがあった。
俺は指をぶんぶんしながら、お会計の方に視線をむける。
そこにはいぶかしむように眼鏡の奥を細めた藤崎の姿があった。