偶然運命男女
ぴんぽんぱーん
ぴんぽんぱーん
気の抜けた音が客の来店をつげる。
「いらっしゃーませー」
「しゃーまさせー」
顔もあげずに適当な挨拶をしながら、俺たちは黙々と棚に商品をチェックしつづける。
俺たちが選んだバイトは近くの個人商店での接客業だった。間違えるたびにじじいに怒られ、そのたびに肩をよせながら買ったパピコを吸いながら肩を落として帰る日々を数日こえて、なんとか形に・・・なって・・・・・・・・きた・・・・といいなと思う。
顔の見えない客が店内を歩き回る音が聞こえる。ぺたんぺたんというサンダルで歩く軽い足音にこれは子供か女だなーと思う。
不自然な体勢をしていたせいで居たくなった腰を叩いていると、お客様がこっちまでやってきた。
俺はすっと腰をのばすと、道を通れるようにさっとわきによる。
「・・・本田君?」
ペタンと足音がとまった。
俺はんっと顔をあげると、そこには藤崎の姿があった。
「・・・あっ・・」
「・・・おっ・・」
俺と灰田は突然の知り合いの来店に声をもらす。
藤崎は俺と灰田を両方みてから、ふと息をついた。
「ここで、バイトしてるんだ」
「うん、そうだよ」
「へー」
会話が止まった。
藤崎は普段より目を大きくしながら、エプロンをつけて作業をする俺たちをマジマジと見つめてくる。
やめろよ、照れるじゃないか・・・と照れながら俺は藤崎に声をかける。
「藤崎、よくここくるの?」
藤崎はこくんと頷いた。すると普段と違い少しはねている髪がぴょこんと揺れた。
「うちから近いから」
「へー、うちが近いんだ~」
いいこと聞いたな、と俺はルンルン気分で藤崎の言葉に相槌をうつ。
そんな俺たちを無視して棚の整理を続ける灰田。
「じゃあ、よくくるんだ」
「うん」
「それじゃあこれから・・・よろしくな。まだ慣れてないから間違えるかもしれないけど」
ちょっと照れながらいうと、藤崎は小さくこくんと頷いてくれた。
「ありがとうございましたー」
「がっとうござーしたー」
アイスを買ってさっていた藤崎の後ろ姿を見送ると、隣にたっていた灰田がどがっと肩を叩いてくる。
「いっだ」
「いいかんじじゃーん」
「あ?」
「いいかんじじゃーん」
両手でこっちを指さしながらいってくるうざい灰田に、俺は「あん?」と再び睨みつけると、灰田が「・・・じゃん」と小さくいいながら両手をおろした。
「ただの世間話じゃないか」
「俺なんて一言も話さなかったぜ」
お前は何を胸をはって言ってんだ。俺はにこっとほほ笑む灰田に深いため息をつきながら目をそらす。
「灰田ってさ、ここだと家から遠かったんじゃないのか?」
ちぇーつれないなとぶつくさ言っていた灰田に声をかけると、灰田はキラキラした目でこちらをみてきた。
「えっ、あーうん。遠いけど、でも別に。ダイエット」
女みてーなこと言いやがって、俺は虫唾がはしると小声で吐きながら灰田から再び目をそらす。
夏休みがはじまってから灰田は、このバイトや突然家にきたりと何かと俺の前にあらわれる。これじゃあ学校にいるときと変わらないじゃないか、と思いながらも別に迷惑というわけでもないので特になにもいわないが、灰田をちらちとみやるとぼうっとした様子で宙を見ていた。
客がいないし、終日二人でしゃべってろというのも無理な話である。
俺たちはお互いにぼうっとしながら、時間がたつのをじっとまつ。
灰田がわきゃわきゃしながら行っていた「ひと夏の経験」だが、このバイト先には男しかいないから出会いはない。お客さん、と思うが、中々そうもいかない。客との会話といったら義務的なものばかりで、そこから何かが発展するということは難しい。しかも俺たちは短期のアルバイトであって、長期的なものではなくここにくる客と顔見知りになることも難しいのだ。
本当にひと夏の体験がしたいなら、もっと他の、女の子がいるバイト先を選んだらよかったのに・・隣で宙をみつめたままの灰田をみながら俺はそう思ったが、ここにしたからこそさっき藤崎に会えたとうことに気がついて、虚ろな目の灰田に心の中で「お前の野生のカンって素晴らしいな」といって目を閉じたのだった。