バイトしませんか男子
「馨くぅ~ん」
人のベットの上にでかい図体を乗せながら、家主よりもくつろいだ体勢をとる灰田が甘えたような声で俺の名を呼ぶ。
俺は手に持った麦茶をぐっと飲み干すと、テーブルに叩きつけるいきおいで空になったコップをおく。突然の大きな音に灰田が上体をおこして「あーびっくりした」というのを聞きながら、俺はテレビを見るわけでもないのにチャンネルをかえる。
夏休みがはじまって二日目、暇だーといった灰田が突然うちに飛び込んできた。
澪が「お兄ちゃ~ん、友達きたよ」と言いながら、勝手に部屋に通したのだ。澪はこちらが何もいってないのに、さっさと氷のはいった麦茶を二つとちょっとした茶菓子を部屋までもってきた。
灰田は見ていた雑誌から顔をあげると、澪に「ありがとう」といいながら微笑みかけた。
俺は面白くないものをみてしまったとおもいながら、でれっとしてしまった澪をドアから無理やりおしだす。ドアの向こうからなにやら声がして、灰田が帰ったあとがちょっと怖かったがとりあえず今はいい。考えない。
俺は澪の手からうばったお盆をもったまま後ろをみると、灰田はこちらに興味をうしなったみたいで再び視線を雑誌に落としている。
「灰田ー。お前あんまりうちの妹にいい顔すんなよ・・」
俺の言葉に灰田はおもしろいものをみるような目で、こちらを見上げてくる。
「お兄ちゃんは妹が大好きなんですな~」
心配すんなよ、おれ年上の御色気ムンムンなお姉さまが好きだから。初潮もきてねーようなガキには反応しねーわ。
下品なことをいう灰田を、澪にみせつけてやりたいと思いながら俺はおぼんを机の上におく。
灰田はさっと手をのばすと麦茶を掴んで、一気にあおる。
あおった時に見えた喉仏が、大きく上下するのをみて、こういう男らしいところに女子は惹かれるのかとぼうっと見つめる。
灰田は空になった麦茶をおくと、いきなり人の布団にダイブしたのだ。
そうしてお互いが、お互いに好きなことをやりはじめてから少しして、灰田が甘えた声でこちらの名を呼んだのだ。
「気持ち悪い」
「ひっど~い」
やけにまのびした声で俺を非難しながら、灰田はベットの上を転がる。
人のベットの上で暴れるなと思いながらも、俺はベットに頭を預けたままニュース番組をみる。
すると、灰田の足が俺の視界にはいってくる。
あきらかに邪魔してきれいる灰田を最初は無視していた俺だが、さすがに頭のうえに足を乗せられた瞬間に無視し続けることを諦めて俺は灰田に話しかけざるえなくなった。
「・・・さっきからなんだよ」
足を振り払いならいうと、ベットの上をズリズリと移動して灰田が俺の顔の横に顔をひょっこと出してきた。至近距離で灰田と見っていると、灰田がひそびそ話をするようにこちらに顔を傾けてくる。「あちーよ」と思いながらも、灰田の提案に俺は耳を傾ける。
「バイトしね?」
灰田のいたってシンプルな言葉に、俺はぼうっとしたまま灰田を見つめ続ける。
「コンビニで、バイト」
「・・・コンビニで?バイト?」
「コンビニじゃなくても、なんか他でもいいから。とりあえずバイト、しね?」
灰田の言葉におれはぼうっとしたまま、あけっぱなしの窓から広がる青空をみつめる。
夏だ。
まごうことなき夏だ。
さんさんと太陽がふりそそぐなか、部屋の中にいていいのか若者よ!!!
ぼうっとしたままの俺の後ろから、灰田がそう熱弁した。
「おまえ!あれだぞひと夏の経験とかそういうのもあっかもだぜ!!うひょ」
灰田は気味が悪い笑みを浮かべながら俺の頭をぐりぐりとなでてくる。
俺はこいつまじうぜえと思いながらも、バイト、いいかもしんないと頭をがくがくさせられながら頷いていた。