寝起き男子
口から自然ともれだすこの深いため息は、やっとここから解放されるからだろうか、それともこれから再び始まる日常に対してだろうか。
最終日の朝がきた。
蝉の声が目覚まし代わりなことにも慣れ始めたころ、俺たちはここを去る。
命短し鳴けよ蝉
こんなに鳴いてもつがいを見つけることが出来ない蝉に、自分を重ね合わせほんの少し切なくなりながらおれは右に顔を向けた。
……灰田は寝像が悪い。
朝一番に見るのがこいつの顔なんて、なんてしょっぱいんだろう。灰田の足が俺の太ももの上にどんとのっている。俺は無言で灰田を見つめる。
灰田は目を閉じたまま、口をぽかんとあけたまま穏やかな寝息をたてていた。
(まつ毛、長いな・・)
自分の思考に嫌気がさしながら、俺は思わず自分の頬を叩いた。
気持ち悪い。
ほっぺたに手をあてたまま、灰田の顔をみつめているとギシリと古い畳が軋む音が耳に入った。俺は油のさしわすれた機械みたいに、ぎぎぎと音をたてながら音の方に顔を向けた。そこには朝一の走りから戻ってきた本庄がたっていた。
「・・・・・なんか、ごめん」
本庄の頬を汗がつたいながれる、絶妙な間をもって息を吐きだすと、本庄は真顔でそう謝ってくるりと背を向ける。
「まて、違うんだ」
俺ががばっと上体をあげて本庄に手を伸ばそうとすると、俺の激しい動作に隣ですやすやと寝ていた灰田が瞳をパチリと開いた。
「ふあ~~」
のんきに大きな欠伸をする灰田を横目に、俺は本庄の足を掴む。
「違う、違うから。寝ぼけてたの、寝起き」
本庄の足を掴んで必死にいっている俺を、灰田がぼうっとした目で見つめてる。
「なに、どうしたの?」
「いやー・・なんていうか」
「だから違うって、お前しつこいぞ!」
何もわかっていない灰田に、何かを喋ろうとした本庄を俺の怒りに満ちた声がさえぎる。
「・・・なんかよくわからないけど、最終日なんだし仲良くいきましょうよー」
灰田はぐっと背伸びをしながらそういうと、さっさと洗面所へ向かってしまう。俺は額に手をあてながら、その場であぐらをかいて海より深いため息をついた。目の前でたつ本庄は「なんかごめん」と再び言って決まりが悪そうに頭をかいた。
「いいよ、もうホモでもなんでも、違うし、本当に違うし」
「うん、うん、そうだよな。人間愛なんだよね」
俺は否定しないよ。と実に優しい言葉をかけながら、本庄はシャワーを浴びてくるといってさっていった。
俺は一人になった部屋でどっと疲れると、再び布団の上に大の字になって倒れ込んだ。
「・・・つかめねぇ・」
冗談なのか、本当なのか。
仲良くなれたのか、はたしてもっとわからなくなったのか。
俺は複雑な気持ちを抱えながら、渇いた笑いをもらすことしかできなかった。
まあ、五日だし。
もう、五日だし。
まあ、いっか。
俺はよっと立ち上がると洗面所へと向かう。
頭から水道水をかぶってびしょびしょになったまま動けないでいる灰田にそっとタオルを渡すと、俯いたままで「ありがとう」とほんの少し恥ずかしそうに灰田がいったのをみて、俺は腹から大笑いしたいような気持ちになった。
「今日でやっとお前の寝ぞうの悪さから介抱されるかと思うと・・・俺は今日という日の朝を忘れないだろう」
こうしてお前にタオルを渡す役目からも解放される。自分がやらなければいいだけの話だが、顔を洗って帰ってきた灰田のTシャツがびしょびしょになってるのを見てしまうと、ほっておくこともできなかった。
ほっておけないというか、無意識構ってちゃんというか、ふらふら歩いていくのをみてこちらが見てられないというか・・・。
お兄ちゃんである俺は、がくっと自分の気質に頭をかかえる。
隣でいまだに眠そうな顔で、窓から見える凶悪な朝の太陽をみつめている寝癖で鳥の巣状態の灰田を見た。
「・・・灰田、お前上に兄弟いるっけ?」
「・・・・・いないよ」
灰田はぼうっとした声で答えると、タオルを肩にかけたままさっさと歩いて行ってしまう。一人残された俺は去っていく鳥の巣を見送ると、蛇口をひねって上にむけると勢いよく湧きあがるそこに頭を突っ込んだ。
冷たい流水に顔を押し付けると、脳味噌の奥までダイレクトに伝わる冷たさにほんの少しのこっていたけだるさと睡魔が一気にふっとんだ。
りんかいがっこうなげえ。
と書いている本人が思ってしまいました。
次からは夏休みです。
学校以外であの子とあっちゃうかもよーふーな夏休みです。