続・肝試し男女
木々が夜風にざわつく。葉と葉がこすれる音は、小さな囁きにも似ている。
「これ、やばいよね?」
隣を歩く藤田さんが泣きそうな声をあげ、俺の左腕にすり寄った。
たぶん・・・あたってる。
脳内をよぎったささやかなプリンの映像を、俺は頭をゆすることで払拭させる。
「かおるくん、怖いの好き?」
「・・・どちらかというと苦手、かな」
あははと乾いた笑いをもらしながら、ライトで目の前の道を照らしだす。
俺の情けない言葉を責めるように、風が強くふいた。
ひっと声をあげた藤田が更に身体をひっつけてくる。若い女性の身体がこうまで密接にくっつく、という機会は残念ながら今までの自分の人生の中で一度もなかった。
雑誌やTVや夢でみた身体は、柔らかいが確かな感触をもってそこに存在している。好きとか嫌いとか、そういうのじゃなくても、女性の身体というものはここまで柔らかくて心地よいものなのか、ということがわかると、傾国の美女や女に狂った男たちの気持ちがわかるきがした。
これは、やばい。
「苦手なんだ・・・そうだよね」
仕方ないと笑いながらも、藤田の言葉の端に見えた残念そうな色が見えて、俺は思わず「ごめん」ともらしていた。俺の謝罪に藤田が「誰だってこわいもん!」と慌ててフォローを入れてくれる。
「あーもう、怖い。怖い」
風が強くなったことで、葉がざわざわとざわつく。森にいたずらな気持ちで入ってきた不届き者に警告するかのようだ。
「先に、いった人たちの姿が見えないね」
「うん」
俺たちより先にいったのは・・・灰田と藤崎のペアだ。
背中が見えないように配慮した時間配分をしているのはわかる、が、こうまで暗闇の中で何も見えないといろんな意味で不安になってくる。
「お化けに食べられちゃった~とかじゃないよね・・・」
自分が馬鹿げたことをいってる自覚があるらしい藤田は、おかしな笑い声をあげた。
俺もつられて笑う。さすがにそれはないでしょ。と。
もしあるとしたら野生動物じゃないと俺がいうと、藤田の肩がびくりと揺れる。
「・・・くまとか、いないよね」
ぶるりと喉を震わせた藤田に、俺は「・・・たぶん」としか答えることができなかった。
沈黙をやぶって藤田が場に似合わない明るい声をあげる。
「そういえば! かおる君って好きな子とかいる!?」
・・・本当に話がいきなりがらっと変わったな、俺は苦笑いする。
「そういう藤田さんは?」
「質問に質問でかえしちゃうんだ。けっこうかおるくんって意地が悪いね」
「・・・」
「・・・お互い当ててみようか」
意地の悪い顔をした藤田が提案した。
「別に、いいよ」
ずっと歩き続けることと、この恐怖心がまぎれるならそういうのも楽しいかもしれない。
俺が頷くと、藤田がにこりと微笑んでせーのっと声をそろえるための合図をとる。
「みおりん」
「灰田」
二人して立ち止まって、顔を見合す。
きょとんとした顔の藤田が、とたんに両頬に手をあててその場にしゃがみこむ。
「・・・そんなに私ってわかりやすい」
しゃがみ込んだ藤田にライトをあてると、赤い耳が目に入った。
俺はそれをみて、冷静な頭で「女の子だな」と思った。
可愛らしくて、明るくて、恥ずかしがりやで、どこかの少女漫画かなにかの主人公みたいだ。
「けっこう、ね」
俺が笑うと、藤田が顔をばっとあげる。
「誠くんもわかってるかな!?」
必死な形相な彼女に、俺はう~んと声をあげる。
灰田、が、どう思ってる、というか何を考えてるかまではわからない。
「たぶん・・・わかってないと思うよ」
正直いって、女子とか、恋愛とか、そういったものに興味がなさそうだから。
という言葉は胸の奥にしまいこんでいうと、藤田がようやく立ち上がる。
「そっか~・・・」
嬉しいのか、それとも残念そうなのか、微妙なニュアンスな顔をする藤田を俺は見下ろす。
先ほどのまでの動きを見てると、知られると恥ずかしい、嫌だといった感じだったが、知られてないならそれはそれでさびしいらしい。
女心って難しいな、と思いながらもその一方で、自分もその気持ちがわかった。
知られたくない、でも知ってほしい。
知りたい。でも知りたくない。
「恋愛って、もっと楽しいものだと思ってた」
俺の言葉に藤田が顔をあげ、俺の言葉を吟味するかのように少し悩んでからほほ笑む。
「・・・知らなかったの?」
大人びた笑みを浮かべる藤田に、俺は笑うことしかできなかった。
「ねー馨君」
「うん」
隣を歩く藤田が口を開いた。
「馨君って、誠君となかいいよね」
「・・・うん」
藤田の言いたいことがわかった。
「あのねー・・・」
もじもじとした様子で言葉を中々言えないでいる藤田の姿に、俺は口元だけに笑みを浮かべた。そして中々いえないでいる藤田の言葉を先回りしていう。
「何ができるかわからないけど、できるだけ協力するよ」
こんなもんでいいだろう。
本当に自分に何ができるかなんてわからないが。
俺の言葉に藤田はぽっと頬を赤らめると、きれいに微笑んだ。
「ありがとう」
恋すると女の子はきれいになる、ということは確からしい。
こちらまでほっこりするような笑みを浮かべた藤田をみていると、こちらまで恥ずかしくなるようなそんなくすぐったい気持ちになる。
「私も、馨君のこと応援するね」
藤田のその言葉に、俺は苦笑いをもらす。
何ができるかわからないけど、それはお互いさまですねという気持ちで。
俺のこの笑顔が何をしめしているか、わかった藤田も困ったように微笑んで「前よりなかよくなったもん」と頬をふくらました。
俺は藤田の申し出に「ありがとう」というと、暗闇の先を見つめた。
「・・・・っっ」
先ほどまでのほんわかとした、どこかの少女漫画か青春ドラマのような空気が一気にかわった。
俺のひきつった喉のなる音で。
これは夢だ。夢だ。どうしていきなり青春ものがホラーにかわる。そんな物語があってたまるか。
現実だ。これは本やテレビの中のことではない、俺にとっての現実なのである。
でも、こんな現実、ありえるのだろうか。
俺は自分の目にうつるものが信じれずに、目をこすった。
疲れてるに違いない。
こすって前をみる。
それは、まだ、そこにあった。
俺のおかしな様子にきがついた藤田が、ぎゅっとつかむ腕に力をいれた。
「なに、どうしたの?」
不安げな声と、あたってるやわらかな感触がやけにはっきりと頭にはいってきた。
「藤田、前」
「えっ、いや!なに!なんなの!」
「わからない」
あれが何かはわかるが、あれが何なのかは説明できない。
藤田が悲鳴をあげて、その場にズリズリとしゃがみ込む。
ああ、やっぱり、彼女にもあれが見えるんだな。
俺はふっと遠ざかりかけた意識を、自分の足にしがみつく藤田の感触でなんとか押しとどめる。
ここで意識をとばしたら、男がすたる。
自分にもそういうがあったんだ。今ここで喜ぶ所はそこかよ。と自分で自分にノリつっこみしながら、恐怖でしめあげられたような喉をなんとか開いて、腰を抜かした藤田に声をかける。
「行こう」
立てないでいる藤田が、涙目であうあういいながら確かに頷いた。
俺は藤田の腕をつかみ立たせると、ふらふらの藤田の背を支えながら、それに背を向けてスタート地点へと戻り始めた。
ごくりと喉をならしながら、こっそり後ろを振り返るともうそこにそれはなかった。
本当に怖い時って、声だせませんよね。