かれーな男女
カレーライスにいれるようのためねぎを切る灰田の、いてーよ。という叫びが耳に入る。
「どうして水中メガネをかけているのにしみるんだ~」
だんだんと実に男らしくまな板の上でたまねぎをきざむ灰田が、苦しみの声をあげる。
たまねぎをきるひと~といった時に、嬉々として手をあげた灰田がにやにや笑いながら「最終兵器~これさえあればたまねぎなんて・・・ふふっ」と自信満々にとりだした水中めがね。
へ~それでふせげるんだ~と関心していたら―――
「あ~いでえ~」
これだ。
鼻をすする灰田に村上さんのするどい声がとぶ。
「汚い!もう、これ!これ鼻につっこみな」
といい、灰田にポケットティッシュを数枚掴んで渡そうとして、灰田の両手がたまねぎの汁で汚れているのをみて眉をひそめると、俺に顔をむけてきた。
「私、触りたくないから。本田君やってよ」
「人を汚物みたいにいうなよ」
「鼻水は誰のでも汚物よ」
はい、といって汚物の処理をまかされた俺は暗い気持ちになりながら本田を見つめる。
水中メガネのしたの瞳が潤みに潤んでいる。
その、ちょっと上目遣い、、、やめてくんない?
捨てられた子猫みたいな瞳でこっちをみてくる灰田の鼻に、俺は若干、ほんの少し程度太めに丸めたティッシュを詰め込んだ。
「いてて・・おまいてて・・はいんない、はいんなお」
「変な声あげんな」
ぎりぎりと音をたてて鼻にティッシュを詰め込むと、隣でこちらをみていた村上がぶほっと吹きだした。
「藤崎・・・」
「なに」
鍋に湯をわかす藤崎の背後からきられたじゃがいもを持った本庄が顔をだす。
「なにしてんの?」
「お湯をわかしてんの」
「・・・お茶、とか飲みたいのか?」
ボゴボゴとにたった鍋の前で仁王立ちしている藤崎が、眼鏡がゆげでくもるのもきにせずに無表情で「なんで?」と返した。
二人の微妙な雰囲気にきがついた俺がそっとそこにわけはいると、本庄がこちらに顔をむけてきた。
「なあ、おれたちカレーをつくるんだよな」
「あっ・・・うん」
本庄の視線をたどると、そこには藤崎のすがたが。
眼鏡をくもらせながらも、微動だにせず沸騰している鍋を覗き込んでいる藤崎の姿はちょっと異様だった。
「そうよ。カレー」
藤崎が鍋をみつめたまま、ひとり言みたいにこちらに声をかけてくる。
「カレーって、先に材料いためるよな」
「・・・ああ」
本庄の噛みしめるように確かめる言い方に、俺はうんと頷いた。
おれたちの言葉に、藤崎がようやくこちらに視線をむけた。
眼鏡が湯気でけむっていて彼女がいま、どんな瞳をしているかみえない。
しばらく黙りこんでから、「どうせ煮るじゃない・・・」と藤崎が小さくつぶやいた。
そしてそこに切ったニンジンをもってきた藤田が「あははーみおりん、見た目と違っておっとこの料理~」とごきげんな様子で笑った。
なんとかかんとかできあがったカレーを、硬めにたけた米と一緒に口を入れる。
・・・カレーだ。まごうことなきカレーだ。
まあ、野菜をきってルーを入れるだけなので、間違えようがないだろう。
おもったよりみんなお腹がへっていたらしく、特に会話らしい会話もしないでみんなカレーにがっついている。
「ふうーおれ、おかわり」
「あー誠君、ちゃんとかまなきゃ太るよ」
「明日も泳ぐから大丈夫だ」
「なにその理論ー」
「お前、水泳のカロリー消費量なめんなよ」
きゃっきゃと笑う藤田の声に、顔をあげて、俺もと灰田に皿を渡す。
灰田は心なしか、少し広がったように思える鼻穴をくいと親指でこれみよがしにこすりながら、何も言わずに皿をもっていく。
本庄はもっくもくとゆっくりと皿の上のカレーを消していっている。
「おいしいね」
村上さんが口を開くと、みんながみんな口々にそれに同意をしめす。
「みんなで作ったから、いつものよりおいしく感じるね!」
「カレーはカレーだろ」
「も~!!」
藤田の言葉を戻ってきた灰田がちゃか・・・いや、奴は本音だ。
「ほれ」
灰田が俺の前にカレーの皿をおく。ありがとうと俺が口を開こうとすると、俺の目の前に白い皿がだされる。
「立ってるから、ついでにお願いするわ」
本庄のその言葉に、灰田の腕に筋がたったが、灰田は何もいわずに再びカレー皿を受け取ると再び鍋の方へ歩いていった。
そこにそれまで無言で食べていた藤崎も席をたった。
「・・・おかわり」
突然立ち上がった藤崎の方をみんなが見た為、藤崎は居心地悪そうに眉間にしわを寄せてからぶっきらぼうに呟いた。