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続・海上男女


 のろのろと坂道を一人下っていると、下から誰かが上がってくるのが目に入る。

この宿泊場所を使っているのは現在うちの学校だけであって、俺は誰にも会いたくない気持ちを押し隠して、ひどい顔をしているだろう自分の頬を軽く叩いた。

上がってくる人物が、こちらに手を振ってくる。

俺は、ふっと息をつくと、両肩から力を抜いた。

「よう。藤崎どう」

灰田は手にもっていた俺の紺のパーカーを片手で投げ渡してくる。空中に放りあげられた黒い影を、俺は両手で受け取りながら「大丈夫」と小さく返した。

灰田は「そっか」と軽く頷くと身を翻す。

どうやら、俺にパーカーを渡す為だけにこの長い坂道をあがってきてくれたらしい。

俺は前をゆく灰田の広い背を見つめてから、目をそらすように灰田の隣に並び出た。

「これ、ありがとな」

パーカーの裾をひらひらとさせながらいうと、灰田は一つ頷く。

「一回目を覚ましたよ。自分が溺れた、ってちゃんとわかってた。記憶もはっきりしてるみたいだから、あともうちょい休んだら戻ってこれるみたいだ」

「戻ってきたら―――みんなに迷惑かけた礼をしてもらわないとな」

灰田が意地悪げに、何かをたくらむように俺に頬笑みかけてくる。

俺はそれに「目を覚ましたばっかなんだから、あんま血圧あげんなよ~」

ただでさえ、いっつもお互い喧嘩腰なんだから。

俺が呆れたようにいうと、灰田は「はいはい」と絶対こいつわかってないといった様子で軽く頷いてみせた。

「灰田って、泳ぎ得意なんだな」

俺の言葉に灰田はう~んとうなってから、にぱっと意地の悪い笑みを浮かべる。

「お前よりは、、、得意かもな」

黙りこんだ俺を、隣から灰田が覗き込んでくる。

「あっ、怒った?」

「…別に」

「怒ってるだろ」

「怒ってない」

「怒ってない奴はそんな顔しないぞ」

しつこい灰田の顔を暑苦しいとどけると、灰田はひどく芝居じみた感じで「ひどいっ」と言っている。

ご丁寧なことに、ハンカチを噛むような仕草もつけている。

「暑いから近寄るな、ふざけるな」

俺の言葉に、近くの木に止まっているであろう蝉が一斉に鳴きだす。

俺と灰田はその騒がしい声に、顔を見合わせた。

お互いに苦虫をつぶしたような顔をしていたので、俺たちは歩くスピードを少しあげる。

一刻もこの場から離れたかったのだ。



 砂浜につくと、休憩時間なのか生徒たちは海からあがってそれぞれお喋りを楽しんだりしていた。

灰田と俺が上から下りてきたのに気がつくと、何人かの女子たちがこちらに近寄ってくる。

「藤崎さん大丈夫だった?」

「意識は取り戻した?」

飛んでくる質問と、女子たちの声のトーンと瞳の輝きでわかった。

藤崎ではなく、灰田目当てだということが。

あきらかに灰田に向かっている女子たちの瞳に、俺は押される形でざっと足元の砂を踏みしめて後ろに下がる。

灰田はそんな女子たちの視線に気がついているのかいないのか、ぼうっとしたいつもの様子で俺を親指でさす。

「本田がついてたから、詳しくはこいつに聞いて」

「・・・そう」

女子たちの深いため息が聞こえてきた。

実際のところ彼女たちは顔にはりつけた心配そうな、不安げな表情をいっさい変えていないのだが、俺の耳には聞こえたのだ。

たしかな、深いため息が。

灰田のありがた迷惑な言葉に、最初に声をかけてきた女子は俺に声をかけるしかなくなり、俺に同じ質問を繰り返す。

彼女の本当の目的をしっている俺は、その質問に「大丈夫だよ」という簡単な答えを返して早々に終わらせてしまう。

「そっか~よかった~」

にっこりとほほ笑むと、くるっと再び灰田に顔を向ける。

しっかりと安心したかのように微笑んでから、すぐに本来の目的にもどる素早さに俺は苦笑しながら、そっとその場から離れそうとする。

離れようとしている俺に気がついたのか、灰田も「大丈夫だから心配しなくていい」と女子たちに言い聞かすとすぐに俺の隣に走りよってくる。

・・・俺は、後ろを向くのが怖くてだまって前を見て歩き続けた。


「あー! 馨君!誠君!」

藤田が俺たちを見つけたとたんに、大きな声をあげて砂の城?を作る作業をいったん中止して立ち上がった。

「みおりん大丈夫!?」

こちらにかけてきた藤田さんが、開口一番に訪ねてきたが藤崎の容体なことに俺はほっとしながら頷いてみせた。

「そっか~よかった~」

藤田さんはほうっと息をつくと、こちらにむかってへにゃりと笑みを見せてくる。

「わたし、みおりんが溺れたって知った時全然動けなかったんだ。でも、馨くんも、誠くんも、みんな一斉に動き出して・・・すごかった」

何も動けなかった自分を恥じているのか、藤田さんは俯きがちになって両手を合わせている。

申し訳なさそうな藤田さんに、灰田は藤田さんの後頭部をがっと掴むとそのままぐわんぐわんと大きく揺らし始める。「あわわわ」という声にならない声をあげる藤田さんに、俺は「灰田」と声をあげる。

「お前が動いても、溺れる人間が二人になるだけだから」

動かなくて正解。といって、藤田さんの頭から手を離すと、そのまま本庄や村上さんの方へ歩いていく。

ぐしゃぐしゃになった髪を直す藤田さんに、視線をむけると……

(罪な奴だな)

ぐしゃぐしゃになった髪をさらにまぜっかえすようにして、自分の髪に顔を埋める藤田さんの真っ赤になった耳が目にはいった。



灰田無双ですね。


無敵状態な彼にイライラっとしながらも、後半泣かせたるわ。

早く灰田の余裕ぶっこいてる顔をゆがませたい。

と思う自分はゆがんでいるんでしょうか・・・。

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