第八話 そのメイド、妄想にて
「それで、ヴィタ。お返事はどうするの?」
「『返信』とは?」
ヴァイオレットは、ミリアリアの就寝前の身支度をしながら聞き返す。
「もう、誤魔化さないで。リディアムのことよ」
その言葉に、思わず髪をとかす手が止まる。
「お嬢様、何故それを……?」
「見てたらわかるわよー」
ミリアリアは優しいだけではなく、聡明な女性だ。あの一瞬で、全てを察したのだろう。『さすが推し。素晴らしい観察眼だ』と、ヴァイオレットは密かに思う。
「……そもそも私とリディアム様では、身分が違いすぎます」
「でも最近は身分の壁を乗り越えて、結婚する方もいると聞くわ」
「それは物語の話です」
「もぉ、つれないわ」
再び髪をとかすために、手を動かす。
「……でももし、ヴィタとリディアムがお付き合いをして結婚をしたら、私たち『義姉妹』になるわね!」
――――バキッ!!――――
その瞬間、くしが悲鳴をあげて砕けた。
「ヴィタ、大丈夫!?」
「……大丈夫です。どうやらくしが古かったようです」
破片を集めながら答える。
「そう? ならいいのだけど……」
片付け終えたヴァイオレットは、ミリアリアに告げる。
「さぁ、お嬢様。夜更かしは美容の大敵です。今夜もゆっくりお休みください」
「ありがとう、ヴィタ。おやすみなさい」
挨拶をして部屋を出たヴァイオレットは、自室へと戻る。
今日の仕事は全て終わらせてある。あとは寝支度をして、眠るだけ……。
「いや、寝れんだろ」
そう言って取り出した一冊の本に、殴り書きのように文字を綴る。
「今日も推しカプが尊かった! この世に実在してるだけでも奇跡なのに、二人が同じ空間、同じもの、同じ空気を共有しているのが尊い! そんな中に人間として推したちの中に居るだなんて、本当におこがましすぎておこがま死! 万死に値する! 前世でヲタクたちが『壁や空気になって、推しを見守りたい』という意味がようやくわかった! 自分という存在を消して、推したちを愛でたい!」
ヴァイオレットの手は、まだまだ止まらない。止まる気配すらない。
しかもこれは、突発的なものではない。日々、推しが存在することのありがたみや尊さを忘れぬようにと、彼女が毎日綴っている日記なのだ。もちろん言語は日本語で書いてあるので、他者には読まれる心配もない。
……一通り綴り終えたヴァイオレットは、そっと本を閉じる。
「推しに感謝を……」
そう言って少しの間、両手を合わせる。
「……さて、そろそろ寝る準備をせねば」
夜着に着替えながら、ミリアリアの言葉を思い出す。
――――もし、ヴィタとリディアムがお付き合いをして結婚をしたら、私たち『義姉妹』になるわね!
「推しと『義姉妹』……」
思わずニヤけてしまう顔を叩いて冷静さを取り戻す。
「推しカプの義妹になるなんて、それこそおこがましい! 心頭滅却!」
そうして、ヴァイオレットは眠りについたのだった。
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