第二話 そのメイド、前世にて
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――――遡れば、十七年と少し前……――――
生前のヴァイオレットはこの世界よりも発展した時代の、『日本』という国に住む……至って普通のくノ一だった。
生前の彼女に親はなく、また彼女の名前という名はなかった。だが彼女をさす忍び名は『紫苑』とされ、自他ともにそう呼ばれていた。
紫苑は小さな忍の里で細々と暮らしながら、時間があれば忍びとしての修行。時折任務を行っては修行の日々を過ごしていたのだった。
そんなある日のことだ。
とある標的に近づくため、標的の趣旨趣向を徹底的に調べあげていた時だった。
彼女は出会ってしまったのだ。『マジLOVE♡ふぉーえばー』と言う、女性向け小説に。
『マジLOVE♡ふぉーえばー』……略して『マジ♡えば』とは。
公爵令嬢『ミリアリア・グリジッド』と、侯爵令息『アシュレイ・ミルドレッド』。この二人がとある出会いによって、一目惚れから始まる甘く切ない物語であり……いわゆる恋愛小説だ。ちなみに、重版もされたヒット作である。
一般人からすれば、ただの娯楽の大衆小説。だが紫苑からすれば、初めて触れた禁断の娯楽小説だった。
これをキッカケに。紫苑は忍び業から足を洗い、一人ひっそりと里を抜け出した。
抜け忍となった紫苑は里の追っ手を退ける一方、『マジ♡えば』の一ヲタクとしてそれはもうエンジョイしていた。
……しかしそんな日々は、呆気なく終わってしまったのだった。
ある日、紫苑は応募していたサイン会に当選した。
当然、紫苑はそれはそれは大いに喜んだ。どのくらいかと問われれば、サイン会の当選通知から当日までの約一ヶ月、一睡も出来なかったくらいだ。
そしてサイン会当日、紫苑は浮かれていた。いや、浮かれまくっていた。
サイン会で話す内容は最新刊の感想はもちろん、自身の人生にどれほどの影響を与えたのか。それらを限られた時間で一言一句間違えずに熱弁するために、彼女は毎日発声練習も怠らなかった。
いざ会場へと向かう途中……悲劇は起きた。
彼女が道を渡っている最中、爆速で走る人力車に紫苑は轢かれたのだ。
普段の彼女なら、余裕で避けられただろう。しかし事故当時の彼女は約一ヶ月の不眠に、サイン会のことで頭の中は浮かれきっていた。
そういった条件が重なり、人力車に轢かれた彼女の身体は宙を高くとび。受身をまともに取ることもできず、運悪く頭から地面に落ちたのだ。
悲劇はそれだけではなかった……。
この人力車はもちろん、サイン会も全て里の追っ手による、彼女をおびき出すための罠だったのだ。
紫苑は薄れゆく意識の中、一瞬にして全てを悟った。
そして彼女は願ったのだ……。
「来世はどうか……『マジ♡えば』の最後を、見届けられ……ます、ように……」
そうして現代の『日本』に住む『紫苑』の人生は、幕を閉じたのだった……。
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