第一話 そのメイド、困惑にて
とある部屋の一室に、若い男女が二人。テーブルを挟んで、向かい合うように立っている。
二人の歳は十代半ばくらいだろうか。
男は遠目からでは分かりにくい――――質素な装いのように見える。だが、よく見れば高価な生地に細部までこだわられた服飾。
そこから察するに、どこかの貴族の子息なのだろう。
一方、女の方はと言うと、黒をメインとしたシンプルな軽服のワンピースに、控えめにあしらわれたフリルのついた白いエプロンドレス。
美しく透き通る、金糸のような細く長い髪を後ろできっちりとリボンでまとめている。
どうやら、メイドか侍女のようである。
(なぜ、こうなってしまったのだ……)
女は考え込むように、目頭を軽く揉みほぐす。
そしてチラリと目の前に立っている男を見ては、本日何度目かのため息をつく。
そんな男はと言うと――――頬を少し赤らめ、唇を少し噛み締めながら、今か今かと女の答えを待っているようだ。
そんな男とは対称的に、女は「どうしたものか」と言わんばかりに、露骨にうんざりとした表情を向けている。
そんな女の思いなど、全く気にしていないのか……いや、むしろその逆。全くと言っていいほど目の前の女のこの実に嫌そうな表情も態度も、男の目には全てが美しく映って見えているのかもしれない。
――――実際、この男の目には……先程、男が突然発した言葉に『動揺して戸惑っている』、『見目麗しい女の反応』として見えているのだ。
これ程まで『恋は盲目』という言葉が似合う男が、他にいるだろうか? 否。この場にはこの男以外、その言葉が似合う者は存在しない。
都合のいい恋愛フィルターにより、先程から「無礼だぞ!」と不敬罪で罰せられても文句が言えない女の態度も表情も……。この短時間で何十回ついたであろう、そのため息ですら。彼女の織り成す全ての所作が、男の目には美しく映っているのだ。
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――――事の発端は数刻ほど前……――――
女の名はヴァイオレット。
ヴァイオレットはいつものように目覚めると、すぐに身支度を整える。そして数名の使用人たちそれぞれに挨拶をしながら、世間話などを交えて何か変わったことなどがなかったかを確認しつつ屋敷を見回る。
その後、自身を含めた全員の今日のスケジュールを確認すると、屋敷の周りを軽く掃除する。
彼女の主人である令嬢が起きると共に、目覚めの紅茶や着替えの手伝いなど。何気ない会話をしながら、身の回りの世話を行うのだ。
そして朝食を終えた後、令嬢と二人で庭を軽く散策する。朝露をまとった花を愛でる令嬢を微笑ましく見守りながら、突然現れた害虫を令嬢に気づかれないうちにササッと駆除する。
部屋に戻ったあとは、来客に向けた準備を行った。
茶菓子や紅茶の準備はもちろん。令嬢の愛らしくも美しいその姿を、宝石や化粧を施してさらに磨きあげる。
「ありがとう、ヴィタ!」
「いえ。とんでもございません、お嬢様」
ヴァイオレットを「ヴィタ」と呼ぶのは、彼女の主人である令嬢のミリアリア・グリジッド。グリジッド公爵家の一人娘、いわゆる公爵令嬢である。
ミリアリアは、何をするにも必ず「ありがとう」の礼をいう。その心からの感謝の言葉は、使用人たち皆へ平等に発せられる。
こうした令嬢の小さな言動や人柄に、たくさんの人々が惹かれるのだ。
ミリアリアは鏡の前で何度も自身の服装や髪を見ながら、ヴァイオレットに確認する。
「ヴィタ……今日の私、変じゃないかしら?」
「ご安心ください、お嬢様。本日もとてもお美しいです」
「そうかしら……でもヴィタが言うのだから、そうよね!」
ミリアリアの眩しい笑顔に、思わずヴァイオレットは目を瞑りかける。が、しかし彼女は決して閉じることなく、むしろ焼きつけるように両目を見開く。
「……お嬢様、そろそろお時間です」
「そうだわ! アシュレイ様をお待たせするわけにはいかないわ!」
ミリアリアは足早に部屋を出ると、応接間へと急ぐ。
そして息を整えて深呼吸をすると、扉を開ける。
「ごきげんよう、アシュレイ様」
「ミリィ! 今日も一段と美しいね」
「ご無沙汰しております、グリジッド嬢」
応接間には、男性が二人。
彼らはミルドレッド公爵家の兄と弟。
先程ミリアリアを「ミリィ」と親しげに呼んだのが、兄のアシュレイ・ミルドレッド。
そしてその隣にいるのが、弟のリディアム・ミルドレッド。
また兄のアシュレイは、ミリアリアの婚約者でもあるのだ。
早速ミリアリアとアシュレイは、傍から見ても仲睦まじく談笑を始める。
二人はまるで絵画から出てきたかのような美男美女であり、人格者でもある。誰がなんと言おうと、国で一番と言っても過言では無いお似合いのカップルだ。
そんな二人に惹かれぬものなどおらず、もちろんヴァイオレットも例外ではない。
むしろ誰よりも二人を推したいしているのだ。
そのことについて詳しく話すにはまず、ヴァイオレットがこの世に産まれる前……生前まで遡るのだった。
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