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【完結】翡翠の歌姫は後宮で声を隠す【中華×サスペンス】   作者: 雪城 冴 @新選組の沼に落ちてます
一章 楽府オーディション編

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1-8 仲間

 

 まどろみの中、翠蓮は夢を見ていた。


 閉ざされた真っ白な銀世界。

 ひとりぼっちの小さな私に、手を差し伸べてくれた男の子。


――いつか僕のために歌って


 

 握った手が温かくて、冷たさが溶けていくみたいだった。

 

 少し寂しそうに笑う顔を「忘れたくない」って、そう思ったのに。


 なぜ私は、あの約束を思い出せないんだろう――



 ◆ ◆


――目を開けると、部屋には朝日が差し込んでいた。

 翠蓮(スイレン)の目からは涙が溢れている。


「夢……?」

 思い出せない。大切なものがなくなってしまったような喪失感だけが、胸に残されている。


 泣いたのはいつぶりだっただろう。



「昨日懐かしい曲歌ったから、ちょっと感傷的になってるのかな……」


 最終試験の結果は合格だった。

 明鈴も笛の最終試験を突破していた。

 今日はメンバーと顔合わせだ。



 身支度を整えて部屋を出る頃、夢のことはすっかり忘れていた。








「明鈴とくれば良かった……」

 なぜ宮廷というのはこうも広いのだろうか。翠蓮は途方に暮れる。

 

「えっと……南がこっちなんだから……」

 地図の上下左右を返しながら確認する。



「楽府の稽古場に行きたいのか?」

 振り向くと、金髪のツンツン頭。

 二次試験の時に、倒れた女性を背負ってくれた彼だった。

 

「翠蓮だよな? 俺は太凱(タオガイ)。一緒に行こうぜ!」

 太凱は海が近い東の交易地から来たという。

 改めて見ると、髪色だけではない。

 猫のような目、耳にたくさん付いているピアス。

 どことなく都会的な――いや、少し意地悪な雰囲気を感じてしまう。



(いやいや、見た目で判断するのは良くない)

 太凱は、物怖じせず人助けできる性格なのだ。悪い人なはずがない――

 そう思うのだが、少し距離をとってしまう。


 稽古場にたどり着いた翠蓮は、見知った顔を見つけ、ほっとする。



「翠蓮、珍しく遅かったじゃん! どうしたの?」

 明鈴の問いに、太凱(タオガイ)がからかうように答えた。



「だってさ、こいつ地図ぐるぐるまわしてんだもん。方向音痴の典型だよな」


 嫌な予感は当たっていたようだ。面白がって差別をしてきた、村の男の子たちのことが頭をよぎる。

 言い返せばいいのかもしれないが、言葉が出てこなかった。



 小さくなる翠蓮の前に割り込むように、明鈴(メイリン)が入ってくる。普段丸い目は、きっ、と太凱(タオガイ)を睨む。


「ちょっと! そんな言い方ないでしょ! 気になる女子と喋りたいなら、意地悪するのはやめなよ!」

 

 太凱は真っ赤になった。ムキになって反論している。



 そうこうしているうちに他にもメンバーが集まってくる。試験合格者のほか、元々宮廷付きだった者も合わせ、三十名あまりになった。

 その中には絢麗(ケンレイ)の顔もあった。



 前に立った正楽師(せいがくし)の女性が、高い位置で一本に結んだ髪を揺らし、皆を見渡す。


「指導全般を担当する香蘭(コウラン)です。早速だけど、一週間後に入府式があります。そこで短いけど演奏するからね。

初めての公式行事よ」

 

 よく通る声で、てきぱきと一週間のスケジュールを説明すると、香蘭はパンっと手を叩いた。


「さぁ、楽器ごとに別れて。練習しましょう!」






 練習が終わり、宿舎への帰り道。

「はぁー……みっちりしごかれたぁ」

 明鈴はくったりとのびていた。


 太凱(タオガイ)もくたびれていた。

 そんな中、翠蓮は一人だけ目を輝かせている。


「やっぱり正楽師さまってすごいね!音楽理論とか技術とか分かりやすく教えてくれて……

明鈴、笛はどんなこと教えていただいたの? 後で教えて!」


「うわー……一息つかせてぇ~」


 明鈴の悲鳴に、笑いが起きる。


 翠蓮は、仲間がいて音楽を学べる幸せを噛み締めた。少しずつ、辛い記憶が上書きされていくようだった。


◇ ◆


――亥の刻(夜10時)もふけたころ


「失礼いたします。バッジと楽府入府者の最終一覧がご用意できました」

 陳偉(チンエイ)が書斎へ入ると、蒼瑛(ソウエイ)は書き物の最中だった。



「ん……すまない。置いておいてもらえるか」

 整った顔には、少々疲労の色が浮かぶ。


「この間の最終試験は、蒼瑛さまの思惑通りになりましたな」



 見物人たちの目にも、合格者の圧倒的な実力は明らかであり、順調にその話が広まっていた。

 これで合格者に対する難癖や、蒼瑛や翠蓮の汚名は挽回できただろう。



「まぁ……表向きは、な」

 蒼瑛は筆を置く。

 別れ際に見た炎辰の目には、見逃せない嫌悪感が滲んでいた。

 それが翠蓮の歌に対するものであるとは分からなかったが、蒼瑛は不穏な気配を感じ取っていた。



「気が休まりませんな。バッジは正楽師から配布させましょうか」


「いや、直接渡して、一人ずつ(こと)を伝えたいんだ。ここは自分でやりたい」



 入府式までやることは山のようにあるが、蒼瑛は人への礼を欠かさない。

 こういったところが、皇帝や臣下から評価されているのだろう。


「お体を壊したら元も子もないですよ。そろそろお休みになられては?」

 

「臣下を働かせておいて、先に寝る君主はいないだろう?」


 蒼瑛はいたずらっぽく、にっと笑う。


「さようでございますか。そうしましたら、(わたくし)めは先に下がらせていただきます」

 陳偉もわざと大げさに一礼して見せ、書斎を後にした。


 陳偉は空を見上げながら、明日の段取りを考える。


――蒼瑛さま……最終試験の時はご様子がおかしかったが、特に心配はなさそうだな。


 雲に隠れ、月明かりは揺れていた。


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