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【完結】翡翠の歌姫は後宮で声を隠す【中華×サスペンス】   作者: 雪城 冴 @新選組の沼に落ちてます
一章 楽府オーディション編

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1-7 ゆりかごの唄と再会

 最終試験日。

 予報は外れ、空は晴れ渡っていた。


 会場は中庭だ。

 噂を聞きつけて下女から武官、臣下もちらほら見物しにきている。百人はいるだろうか。

 

 庭の中央には龍の装飾がされた高座椅子(こうざいす)が用意されている。


 蒼瑛はその横に控え、そこへ腰を下ろすべき主を待ち構えていた。




 後方の空気が変わった。

「来たか――」

 蒼瑛は視線を投げる。



 見物人は囁きを止め、息を詰めて頭を下げる。


 護衛、侍従など十数人を従え、炎辰が肩で風を切り、姿を見せた。



「随分仰々しいですな……」

 陳偉がそっと蒼瑛に囁く。

 確かに大所帯だった。権威を見せつけたいという気持ちの表れだろうか。


 蒼瑛は軽く一礼すると、にこやかに歓迎の意を口にした。

「兄上、急なお誘いにも拘わらずご足労いただき光栄です」



「どうした風の吹き回しだ?」

 

「楽府創設におきまして、色々とご支援いただいていますから。ご都合が合えば是非に……と思った次第です」


 あくまで天女の笑顔を崩さぬ蒼瑛に、炎辰はわずかに口端を歪める。気に食わないと言うように、どかっと腰をおろした。




 陳偉の賢そうな顔は、心配に満ちている。

 昨日の蒼瑛の名案というのは、『炎辰を正式に最終試験に招待する』というものだった。


――第一皇子本人が参加するなら、品位を損なわないよう、露骨な妨害も控えるはず。


 それが蒼瑛の言い分だった。


 中性的な美しさで周囲の女性を虜にしている蒼瑛だが、こうした大胆な一面もある。

 それに陳偉はたびたび肝を冷やしていた。


 炎辰へは急な打診だったが、その分聴衆を操作する時間もなかったはずだ。


 陳偉はおかげさまで東奔西走(とうほんせいそう)したことを思い出し、肩をすくめた。




 それぞれの思惑が動く中、最終試験の幕が上がる。



 最初の歌唱者は絢麗ケンレイだ。

 彼女が選んだのは舞曲の変奏曲。その曲はテンポが早く、技の巧みさを魅せるにはうってつけの曲だった。



「難しいけど、さすがね」

「技巧は見事だな」


 聴衆は大きな拍手と、歓声を送った。




 試験会場特有の緊張感の中、一人二人と審査が進んでいく。陽は高く登り、この時期にしては暑いほどだった。


 

 翠蓮の出番を控え、炎辰の側近達は下品な笑みを浮かべていた。

「揺りかごの唄。子守唄ですかね? 随分地味な歌を選曲したものだな」

「所詮は田舎者、難曲を選択する基礎がないのでしょう」


 炎辰は黙したまま、舞台に上がった翠蓮を見る。


 一瞬彼は、瞳を揺らした。



◇ ◆


 翠蓮は、落ち着いて周りを見渡す。思ったよりも聴衆との距離は近い。大人数の衣が鮮やかな波のように見える。


 

(あの人は……)

 燃えるような赤い髪――

 間違いない。玉座に座っているのは、試験前に助けてくれた皇子だった。

 どこか蒼瑛に似ている。


 敵対するような炎辰の目つきに違和感を覚えるが、自分を落ち着かせる。



(聴いてくれる人の感情や身分は、歌うには関係のないこと……)


 この舞台に立たなければ出会うことのなかった人々。翠蓮はその一人ひとりに思いを寄せる。



(私の歌声で、少しでも何かを感じてもらいたい)

 これが合否を分ける試験だということは、もう翠蓮の頭にはなかった。

 

 唇を開くと、優しい声色が静かに響いていく。

 

「初めて聴く曲だけど……これ子守唄? 絢麗(ケンレイ)と比べると退屈だなぁ……」


「いや、静かに……」


 聴衆はあっという間にその歌声に引き込まれた。

 陽の柔らかさも手伝って、母の温かい腕に揺られているような感覚に陥る。

 誰もが、自分のふるさとや家族のことに思いを向けていた。



 歌声に呼応するように、つぼみがゆっくりと花開く。



 最後の一音が消えると、聴衆は静まり返った。

 あちらこちらから、すすり泣く声が漏れ聞こえる。



――パチ……パチ……



 一人が思い出したように拍手を送り、やがて連鎖して行った。

 翠蓮はにかんだ笑みを見せると、深くお辞儀をした。


 その合格が揺るぎないことは、炎辰の目にも明らかだった。

「……愛を歌で表現とは……笑わせる」

 そう呟く彼の肩は、怒りのためかわなわなと震えていた。



 審査員席の近くにいた陳偉(チンエイ)は、拍手を続けながら蒼瑛に話しかける。


「いやはや……翠蓮殿の歌は、胸に込み上げるものがありますな……」


 

 蒼瑛は微動だにしなかった。うつむき加減で表情ははっきり読み取れないが、その手は震えている。

 歌の余韻に浸っているのとは、違うように見えた。


「蒼瑛さま、お加減でも……」



 蒼瑛は、手で目頭を押さえる。


 翠蓮の歌声が、蒼瑛の記憶の扉を叩く。

 意識が揺らぎ、一瞬で十年前のあの頃に引き戻される。



 冷たい雪の中で泣きじゃくる女の子。

 何もできずに立ち尽くす無力な自分。



 拍手は鳴りやまず大きな渦となり、そのうねりに身体を囚われたようだ。

 

 蒼瑛は、その場から動けないでいた。



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