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翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す―2人の皇子と失われた記憶―【中華×サスペンス】  作者: 雪城 冴
一章 楽府オーディション編

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1-6 最善策

 

 昊天(ハオテン)はうなだれ、まるで時が止まったように動かなかった。


 この空気の中、言葉を発する強心臓はさすがにいないようだ。


「さて――」


 蒼瑛は切り替えたのか、いつもの美しい顔に戻り、翠蓮に優しい声色で話しかける。


「"私の事情に"君を巻き込む形になりすまなかった」



「いえ……? 私の実力不足でご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」


 翠蓮は、どうして蒼瑛が謝るのかわからなかった。それよりも、自分のせいで蒼瑛が疑われたことが申し訳なかった。


「……今回のことは私の責任なんだ。何か君の希望を言ってくれないか?」


 翠蓮は思案するように黙っていたが、口を開く。

「あの、信じていただけるか分かりませんが本当に不正はしておりません。可能なら再試験を……」


 蒼瑛は隙のない天上の微笑みを崩し、こらえきれなくなった笑いをくくっと漏らす。


「いや、それは分かっている。希望なら再試験も行おう。

だが、こんなことがあった後では直ぐには難しいだろう? 何日かかっても良い。落ち着いた頃声をかけてくれれば……」


 陳偉がそっと口を挟む。

「蒼瑛殿下、それでは予定が全てが後ろ倒しに……

仮に一週間延期になれば、ざっと見積もっても、千貫(せんかん)は下りますまい……」



「さすが陳偉、算盤(さんばん)が立つな――ではなく、こんな状態ですぐに再試験を行えと言うのか。

お前なら平常心で歌えるのか……?」



 蒼瑛の言うことはもっとで、陳偉は黙った。



 二人がひそひそと相談しているのを見て、趙霖(ショウリン)が声をあげた。


「お二人共、その件ですが……私は翠蓮の再試験は必要ないと思っております」


「どういう意味だ?」


「彼女は何度伴奏を変えても、歌唱できるはずです。非常に良い耳を持っている」



 香蘭もテキパキした声で参戦する。


「私も同意見ですわ。譜は書けないですが、そんなものは後からどうとでもなります」


 横槍が入ったが、途中までの歌唱で翠蓮の歌は十分伝わっていた。


「それに度胸もあるわ……ね?」


 香蘭は翠蓮に目配せする。

 結局、昊天(ハオテン)燕宇(エンウ)を除く全員が、翠蓮は合格だと判断した。



(絶対駄目だと思っていたのに……)

 翠蓮は結果が信じられず、喜ぶことを忘れていた。



「最終試験も期待しているよ」

 趙霖の温かい声を聞いて、翠蓮は声も出せず、ただ大きく頷くのが精一杯だった。


 


 審査の間を出た翠蓮は、自分の部屋に戻り、寝台に腰掛ける。


 庇うように前に立ってくれた蒼瑛。本当は、大きな背中にしがみつきたいほど怖かった。



「機会をもらえたんだ、あともう少し……合格したい」


 明日の最終試験の曲は、揺りかごの唄に決めていた。


 亡き母の唯一の記憶。そして、父との別れに歌った曲。


 旋律(メロディー)を口ずさむ。


「泣くのは、合格してから……」

 翠蓮は、枕をぎゅうっと抱きしめた。



◇ ◆


 蒼瑛は陳偉とともに、審査の場を出ていた。


 陳偉が重々しく言う。

「此度の件、炎辰殿下の差し金でしょうか」


「だろうな」

 あっさり答える蒼瑛に、陳偉は深く息を吐く。


「なぜ翠蓮殿が目をつけられてしまったのでしょう……」



「さぁな。理由などないだろう。

あるとすれば、迂闊に彼女へ手を差し伸べてしまった、私の失態だ」


 自分の立ち居振る舞いには注意してきたはずなのに、なぜ一次試験で倒れた翠蓮に駆け寄ってしまったのか。

 悔やんでももう遅い。


 ふと気付けば、周りが蒼瑛を見てひそひそ話をしている。


 どうやら、蒼瑛が不正受験に関わったらしいという噂が、宮中を巡っているようだった。


 眉をひそめる陳偉に、蒼瑛は涼しい顔で言った。


「好きにさせておけ。かえって楽府の宣伝になって良いだろう」


「しかしこのままでは直ぐに皇帝陛下のお耳に入りますぞ…。

それに、明日の最終試験の野次馬も増えるのでは……」



「確かに。何も知らぬ翠蓮を、不毛な皇位争いに巻き込むわけにもいかないしな」


 蒼瑛は視線を空に預け、思いついたというように手を打った。


「陳偉、名案を思いついたぞ!」



 陳偉は嫌な予感を隠さない。

 過去の経験則から、こういう時の蒼瑛は、大体突拍子もないことを言い出すのだ。


「……えぇ……! しかし……それは……」


 案の定、陳偉は渋い顔をした。

 しかし蒼瑛の言う通り、それが最善策という気もしてくる。


「ですが……今から打診して間に合いますかね。会場の手配も……」



 蒼瑛は、絹のように滑らかに微笑んだ。


「優秀な臣下がいてくれて助かるよ」


 蒼瑛が幼い頃から、教育係として側にいた陳偉。

 陳偉が蒼瑛のことを大体分かっているように、その逆もまた然りなのだ。


 陳偉は肩をすくめると、

「できる限りのことはやってみますが……」

 と言い、すぐに最終調整に走り出した。 



「さぁ、陳偉にばかり頼ってはいられないな」


 蒼瑛は「芸術や教養で国を豊かにしたい」と考えていた。楽府創設はその第一歩だ。


 反対派は、芸術より武に投資すべきだ。楽府は無駄な組織だと訴えていた。

 彼らの指摘通り、隣国とは緊迫した状況が続いているのは事実だ。

 蒼瑛も武力の大切さは理解していた。



「だが、弱い者が犠牲になるのは見たくない……」


 胸に、怯えながらも、勇敢に昊天(ハオテン)に立ち向かった少女がよぎる。


「翠蓮……君はあの時の――」


 意味深な言葉を残し、蒼瑛は温かくなった春風に目を細めた。



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