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【完結】翡翠の歌姫は後宮で声を隠す【中華×サスペンス】   作者: 雪城 冴 @新選組の沼に落ちてます
最終章

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4-3 翠玉の力


◆ ◆


 一週間が経過し、翠蓮は内医局を出た。

 ひっそりと一人退院するつもりだったのだが、扉を出ると、蒼瑛がいた。


 翠蓮は、思わず荷袋を手から離していた。

 袋が落ちた音に気づき、彼は束ねた髪を揺らした。


「退院おめでとう。身体はどうだ?」


「大分いいです……」

 蒼瑛の顔をまともに見られないのは、炎辰が残していった余韻のせいだろうか。



「話したいことがある。時間をもらってもいいだろうか」


「はい……」

 

 蒼瑛の後に続く。下を向いた視界で、蒼瑛の裾が揺れている。翠蓮はそれをぼんやり見ていた。


 清苑(セイエン)妃と紫雲(シーユン)が捕らえられたと聞いたが、その話なのだろうか。



 書斎に入ると、白檀香(びゃくだんこう)と書の香りがした。安心する匂いに、翠蓮はほっとした。



 小さな卓を挟み、二人は向かい合って腰掛ける。

 蒼瑛は口を開いた。

「皇后さまから、君を"皇后専属"の歌人にしたいと話が来ている」



(皇后さまが?)

 夜宴で翠蓮の歌を聞き、感情のない人形のように涙を流したあの人――


 蒼瑛が、声を低くした。

「これは大変名誉なことだ。……ただ、皇后さまの望まれる声の使い方が、そのまま君にとって正しいことかはわからない」



(声の使い方……?)

 引っかかる言い方に、翠蓮は疑問をぶつける。


「翠玉のことをご存じなのですか?」


 蒼瑛の驚いた顔で、翠蓮は自分の見立てが間違っていなかったことを知る。


「なにか思い出したのか」

 蒼瑛の目には、そうあってほしいという願いを感じる。

 胸に一瞬炎辰の顔が浮かび、翠蓮は「何のことかわからない」と嘘をついた。


「炎辰殿下から……少しだけ聞きました」



 蒼瑛はなるべく顔に出さないようにしているのだろうが、やはり落胆していた。

 軽く頭を振ると、彼は事の経緯を教えてくれた。


「……隠し書庫で、古い書物を見た。

翡翠の瞳を持つ者は、翠玉を使えば人の心に働きかけることができる。

それを恐れたかつての皇帝は、一族に"忌み眼"という不名誉な名を付け、王都から追いやり冷遇したんだ」


「では、現在の史実は手を加えられているのですか?」


 蒼瑛は「そうだ」と頷き、続ける。


「一族の特定材料である、"翡翠の瞳"と"翠玉"の項目は削除され、一族は、"自ら" 王都を去り、地方のために尽力したことになっている」



 一息吸い、蒼瑛は頭を下げた。

「王家の都合で、忌み眼などという差別を生んだ。謝って許されることではないが……」


 翠蓮は、きゅっと目をつむった。

 浮かんできたのは、小さくなり、いつも何かから逃げるようにしていた母。

 そして飢饉の責任を、忌み眼に押し付けた村人。その村人に殺された育ての父――


 全て赦せなかった。自分を不幸にした全てが。


(だけど……)

 翠蓮は立ち上がり、蒼瑛の前に膝をついた。

 下からすくい上げるように見た彼は、苦悩に満ちていた。


「蒼瑛さまに、謝っていただくことではありません」

 

 蒼瑛は黙ったままの翠蓮の手を引き、引き出しの前まで連れて行った。

 二人の机の前には、蒼瑛が取り出したちいさな鍵箱。

 かちっと言う音と共に蓋を開けると、翠蓮の目に、懐かしい茶色の革袋が飛び込んでくる。



 中を開くと、翡翠の首飾りがあった。

 間違いない。翠蓮が母からもらい、蒼瑛に渡した翠玉だった。


 

 蒼瑛は、ごまかすように説明した。


「昔、地方に行った時に……たまたま手に入れたんだ」


 翠蓮は嘘をつかせたことが心苦しかった。だが、心の整理がつかないまま、蒼瑛に十年前の思い出を語ることは出来なかった。


 この翠玉があれば、争いのない理想の国を作ることができるかもしれない。


 その考えが胸をよぎり、翠蓮は蒼瑛が目指しているものを、もう一度聞いてみたくなった。


「蒼瑛様は、音楽の力で国を良くしたいとお考えなのですよね? それで楽府を創設されたと聞きました」


 蒼瑛は、少しだけ視線を伏せたあと、頷いた。

「そうだ……」


 続きを待つ翠蓮の手は、思わず力が入っていた。


「翠蓮、理想の国をつくるというのは……誰か一人の肩に背負わせるものではないと……私は思っている。だから……」


 蒼瑛はしばらく黙った。

問いかける資格が、自分にあるのか測るように。

「翠蓮、君はどうしたい?」


 それは選択を委ねる言葉であると同時に、力の使い方を問う、問いでもあった。



「私は……力に縛られずに、歌いたいです」


「それなら――」


 彼の提案に、翠蓮は目を見開いた。

 



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