1-3 明鈴との出会い
(気のせいじゃない、誰かいる――)
そっと覗くと、女の子が寝台に大の字に寝転んでいる。少しだけいびきをかいている。
「あの……」
声をかけると女の子は跳ね起きる。そして、
「え!? 部屋間違えたかな……あ! もう一個先だった!?」
そう言うと髪をふり乱し、すごいスピードで部屋から出て行ってしまった。
翠蓮が呆然としていると
トントン
扉を叩く音がする。恐る恐る開くと、さっきの女の子だった。
「さっきは間違えちゃってごめんね。もし良ければせっかくだからお話したいなって
……私は明鈴って言うの!」
翠蓮は、喜んで明鈴を部屋に招き入れた。
明鈴は羊のような栗色のくせ毛に、明るい笑顔の女の子で、まるい大きな瞳には好奇心を浮かべている。
温暖な南方からきた笛の楽士で、年は翠蓮の一つ上だった。
「翠蓮は雪国出身って納得~! 肌も真っ白で、つやつやの黒髪が良く映える! 瞳の色もすっごく綺麗で宝石みたい!」
どうやら父の言う通り、都では"忌み眼"を知る者、口に出す者のほうが珍しいようだ。
(さっきの宮女に当たったのは、運が悪かっただけ……)
褒められ慣れていない翠蓮は顔を赤くした。
「ふふっ……翠蓮ってばかわいい~」
「もう、からかわないでよ……」
頬を膨らませる翠蓮を見て、明鈴はくすくすと笑い、思い出したように身を乗り出した。
「ねぇ、それより今日さ、蒼瑛皇子見た?
あの人、お妾さんの子なのに頭脳明晰で人望もあるらしいよ。
それでいてあの美貌だもん。神様って不公平」
一度息継ぎし、明鈴は声を潜める。
「将軍のお兄さんは、皇后さまの息子でしょ? 皇位争いで兄弟仲は最悪。
蒼瑛皇子が責任者を務める楽府のことも、よく思ってないんだって」
(すごいな……こんな短時間でどこから聞いてくるんだろう……)
まだまだ仕入れた情報はあるようで、明鈴は勢いを落とさず続ける。
「明日の二次は"殺しに来てる"って聞いた!?」
翠蓮は、その物騒な言葉に耳を疑う。
「ほら、今日の一次は形式だけの簡単なチェックだったでしょ? だから明日は相当落とされるんじゃないかって……皆、噂してるの」
「そうなんだ……」
翠蓮は目を伏せる。明日には荷物をまとめて宮廷を後にするかもしれない。
そうなったら――
明鈴は元気づけるように、明るい口調で言う。
「絶対合格しようね。
笛と歌で組んだらさ、美少女二人で視線を独占しちゃうよ、きっと」
明鈴はにこっと歯を見せた。
「……ありがとうね、明鈴」
何が?と明鈴はとぼけるが、励まそうと心を配ってくれた温かさが嬉しかった。
二人は手を取り合い、互いに合格を誓い合った。
明鈴が出て行った後、誰かの視線を感じ、翠蓮は暗くなった外に目をやる。
木々や庭の隅に、雪がわずかにあるだけだ。
翠蓮は寝台に、ぼすっと寝転ぶ。
「皆、すごく上手だったな。
やっぱり、そんなに甘い試験じゃないよね……」
だけど、自分を庇って死んだ父のためにも、諦めるわけにはいかなかった。
元気を出そうと、ぐっと身体を起こす。胸に手を当てて深呼吸してみると、いくらか気が晴れた。
襟元から首飾りを取り出す。首から外して手に取ると、美しい蒼色がきらめく。
まるで夜の海のような深い蒼色――
この首飾りは、恐らく母の形見だ。
恐らく――というのは、翠蓮には母の記憶がほとんどなかった。
覚えているのは揺りかごの唄と、この首飾りだけ。
半月を思わせるしなやかな弧を描くその石は、無駄な装飾はない。すべすべした感覚が気持ちよくて、無意識に石を撫でる。
ふと、蒼瑛皇子の顔が、思い出された。
(なぜ、あの方の顔が――)
思わず石を撫でる手を止めた。
彼に指をとられた時に、身体に流れ込んで来た感覚。あの懐かしさは何だったのだろうか。
「どこかで会ってるとか? そんなわけないか」
皇子と言えば、"殿下"と呼ばれていた赤い瞳の胴鎧の彼――
「あの人が、蒼瑛殿下のお兄様……」
なぜかちくりと胸が痛む。
助けてくれたのに、きちんとお礼もできなかった。
石を両手で包み込む。
いつもならこの石に心癒されるはずなのに、今日派胸のざわつきが消えない。
翠蓮は、その違和感から逃げるように、無理やりまぶたを閉じた。




