3-17 ユエの物語
翠蓮は舞台に上がると、足元が一瞬ふらついた。
表情を変えず、玉座に腰を下ろす皇后が正面に見える。
隣で芙蓉妃と蒼瑛が心配そうな顔をしていた。
この毒は、どの程度で効いてくるのだろうか。
今は手足の痺れが主で、身体が的確に動かない状態だ。
舞台に上がったはいいものの、最後まで歌い切れるだろうか。
いや、失敗は許されない。
まだ大丈夫だと自分に言い聞かせ、翠蓮は大きく息を吸った。
玉座に座った女帝ユエの物語が、夜の御花園に響いていく。
妃たちは、一人、また一人と口を閉じていく。
翠蓮は歌いながら、物語のユエと、皇后を重ねて見ていた。
後宮という場所で、身を守り、君主と国に仕える女性。
ユエと同じく、どんな手を使っても守るべきものがあるのだろう。
(どうしても守りたいもの……そうか――)
意外と、答えは簡単なのかもしれない。
父も、命を投げ出して翠蓮を守ってくれた。
翠蓮の目には――蒼瑛が映る。
毒が身体に廻り始めたのか、喉が焼けるように熱い。
息を吸う度に、空気が胸を刺す。
痛みで意識が飛びそうになるのを、なんとか気力で引き戻した。
不思議と恐怖はない。
(後、少し……だから……)
曲の盛り上がりは、頂点を迎えようとしていた。
空気を震わせ、命を削るような歌声に、誰もが息を飲む。
その時、皇后の目から涙が一粒、頬を伝った。
感情が壊れ、無意識に流れるような涙だった。
最後の音が夜に吸い込まれる。
翠蓮は礼をし、しっかりとした足取りで舞台を降りる。
(終わった……)
意識が朦朧とする中、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。
「翠蓮――」
(よかった……蒼瑛さまじゃない――)
その声が蒼瑛のものでないと分かると、翠蓮は、ふっと意識を手放した。




