表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】翡翠の歌姫は後宮で声を隠す【中華×サスペンス】   作者: 雪城 冴 @新選組の沼に落ちてます
三章 後宮編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/47

3-5 屋台


 翠蓮は差し出された蒼瑛の手をじっと見る。おずおずと触れると、胸に熱いものが込み上げる。


(手、大きいな……。ううん、手だけじゃなくて……)

 線が細く見えるが、意外としっかりした首や肩に目が行く。

 なぜこんなにどきどきしてしまうのか。なんだか、邪なことを考えてしまった気がして、思わず視線を伏せる。



 外の混雑は相変わらずだ。

 蒼瑛は目を細め、遠くの雑踏を見ている。


「さて、どこから探すか」


「すみません。付き合わせてしまって……」


「いや、翠蓮と一緒にいられるのだから、太凱に感謝かな」


 さらっと人を喜ばせるようなことをいう蒼瑛を少し恨めしく思う。蒼瑛は、隙さえあれば女性に囲まれているが、いつも丁寧に対応しているところ。きっと慣れているのだろう。



(そう。だから蒼瑛さまの言葉に他意はないんだって……一々反応しちゃ駄目)

 自分にだけ優しいなんて勘違いしては、後で憂き目を見ることになる。今は太凱を探すことに集中しなければいけない。



「さっきは、ちょうどここを歩いていて……」

 言いながら振り返ると、蒼瑛は周りの屋台に気を取られていた。


「すごい活気だな。色んなものがあるし、色彩も多い」


「そう……だね」

(来たことないのかな? ないよね、きっと)



「なにか気になるもの……ある?」

 タメ口に慣れずにいちいちつっかかってしまう。



「全部食べたいな」


 その返事に、翠蓮は「子どもみたいだな」と思った。彼は大真面目に言っているようで、真剣に屋台を眺めている。



「ふふっ……小籠包、串焼き、揚げパン、飴……他にもいっぱいありますよ」

 にこっと笑いかけると、蒼瑛はぴたりと固まった。翠蓮は首をかしげる。


「どうかしましたか?」


「翠蓮……」


 蒼瑛が何か言いかけた時、



「蒼瑛~!!」

 陳偉が大急ぎで走ってやってくる。それを見た蒼瑛は、たじろぎながら返事をする。



「な…なんですか叔父さん」


「太凱殿が見つかったぞ! 従者が送り届けるから心配はいらない」


(見つかってよかった)

 翠蓮は胸をなでおろす。



「探していただいて、ありがとうございます。では私達も……」

 帰ろうと言いかける翠蓮に、陳偉はにんまり微笑む。陳偉は、不思議そうな顔をする二人の腕を引いた。



◇ ◆


「ここは……」


 陳偉に連れてこられたのは、衣装が数多くある店だった。村娘が着るようなものから、異国の衣装まで揃っている。


 驚いて棒立ちになる二人をよそに、陳偉はいそいそと服を選び、個室へ移動した。



「さてさて、こちらにお召し替えください。ここにいる者は口は堅いゆえ、ご安心を」


 戸惑う二人は、それぞれ陳偉に帳の奥へ押し込まれた。翠蓮は手渡された衣に目を落とす。


(こ……これに着替えるの?)

 よく分からないが、仕方がない。思い切って袖を通す。


 翠蓮がそーっと帳から顔だけ出すと、既に蒼瑛が支度を整えていた。


 

 蒼瑛は粗末な衣を身にまとい、髪を薄布で巻いている。さらに顔には(すす)があちこちに付けられていた。

 宮廷から距離があるとは言え、念には念を入れたようだ。



 陳偉は翠蓮に気付き、控えていた女性の侍者に何かを促す。

 侍者は帳の中へ入ると、手早く化粧と髪結いを施した。

「あらまぁ。我ながら仕上がってしまいましたわ……」


「……?」

 何のことか分からず、不思議な顔をする翠蓮を、彼女は「さぁさぁ」と外へ連れ出した。



 帳の外が、しん……と、静まった。周りの従者達はため息を漏らしている。



「あの……これは?」

 おずおずと進み出る翠蓮に、陳偉は満足げに言う。



「異国の王女のお忍び風です」



 異国の王女――言われてみればその通りだった。淡い薄紫の衣は、光を受けるたびに色を変え、重ねられた薄絹が揺れる。

 髪は下ろされ、編み込まれた一筋が頬に沿い、動くたびに影を落とす。

 顔の白粉(おしろい)は控えめで、唇には色ではなく艶だけが与えられていた。そのせいで、目元の陰影がはっきりと浮かび上がり、翡翠の瞳が、異国情緒を引き立たせていた。



 翠蓮は落ち着かず、スカートを指先でつまんだ。

「……変では、ありませんか」



 返事がないことに気づいて顔を上げる。

 目の前の蒼瑛は一瞬、言葉を失ったように見えた。すぐに視線を逸らし、しかしまた戻してくる。


「……目立つな」

 それだけ言って、理由は続かなかった。声が、わずかに低い。

 陳偉は二人の様子を一瞥し、満足そうに口髭をなぞった。


「やりすぎましたかな」

 

 蒼瑛は拗ねたような顔で、小声で文句を言っている。

「……これでは外に出られないだろう」



「はは、確かにお忍びどころか、街中の視線を一身に集めてしまいますな」



 翠蓮は不安になった。

「……やはり変ですよね」

(歩きにくいし……)


「いや……変ではない。絶対に」

 蒼瑛は、そこは即答する。しかし相変わらず翠蓮をまっすぐ見ない。

 陳偉はにやにやと蒼瑛を見ていたが、満足したのか、別の衣を翠蓮へ手渡す。


「少しの遊び心でございました故、お許しください」


「いえ……」




 翠蓮は再び着替えて、姿を現した。


「終わりました」


 今度は町娘風らしい。色あせしたような藍の質素な服に、上には泥で薄汚れた外套を羽織っている。腰には巾着といった出で立ちだ。

 髪は緩く低い位置で、お団子に結われていた。

  

「そのままでは目立ちますから、恐れ入りますがこちらを……」

 言いながら陳偉は竹笠を被せる。



 竹笠が大きくて前が見えない。直そうと焦ると、スッと視界がひらける。すぐの距離に、蒼瑛の顔が飛び込んでくる。



「あ……」

 不意のことに、思わず顔が赤くなってしまう。釣られたように蒼瑛も顔を赤くし、二人はそのまま見つめ合う。どちらからも、すぐには視線を逸らせなかった。



 一歩離れると、蒼瑛は小さく評を口にした。


「それも……似合うな」

 

 翠蓮はうるさい鼓動を落ち着かせるように、胸を押さえる。

「……はい、こちらの方が落ち着きます」



 とにかく、お互い皇子と宮廷歌人だとは気づかれなさそうだ。



「翠蓮殿、よければ蒼瑛様にお付き合いください。ああ見えて孤独なのです」

 陳偉はそっと耳打ちすると、「夜にお迎えにあがります」と大きく手を振り、嬉しそうに二人を街の喧騒に送り出した。



◇ ◆


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ