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軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜  作者: タキ マサト
第七章 祭壇

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60話 祭壇

 崩壊した巌窟寺院の割れ目から、濃い影が漂い出していた。

 その影は、巌窟寺院さえも黒く隠していく。

 また一団と、温度が下がった。


 その結界の外の異変に、小人たちは気がついていた。

 ホーガイが運んできた祭壇は、まだ馬車の荷台に積まれたままだった。


『結界が破られるのも、時間の問題じゃ……』

 メガネが恐れ慄いたようにつぶやく。

『祭壇が破壊されでもしたら……』

『早く、法王猊下を異界から呼びもどさないと』

 ナヴィとマオルカが不安そうな顔を見合わせた。


『大丈夫! タサキがついてる! イリナとアオが来たら希望の光で吹き飛ばしてくれるよ!』

 オムカはそう言い切ると、チョーローの杖を高く掲げる。

 その杖から影が湧き上がる。


 その影に向かって、オムカは呼びかけた。


『モーイ! 帰って来られる?』

『……オムカか! チョーローは?』

 モーイの声が届く。


 オムカは一瞬、答えに詰まった。


『モーイ…… 今は緊急なんだ。詳しくは後で話す』

 オムカの声が震えるのを抑え切れなかった。

『……分かった』

 モーイも何かを察したようだった。


『モーイ! 今すぐみんなを連れて帰ってきてほしいんだ』


『……』


 一瞬の間があったあと、モーイが答えた。


『分かった…… ちょっと、待ってて』


 モーイは、食後のお茶をお猪口で飲んでいたところだった。

 ジムニーから戻ってきた未来、それぞれの手元にも湯呑みから湯気が立っていた。


 未来たちは、田崎の祖父の話を聞いていた。


「……あの石板はの、向こうで出した影をこちらで溜めておくものだな」


 田崎の祖父は遠い目をした。


 六十年前の小人の里での冒険。

 チョーローから託された石板。

 二十四年前の地震。

 岩崩れに巻き込まれた息子は、あっちの世界に逃げ延びた。

 しかし、石板には、帰還させるための霧を発生させる影は、もう残されていなかった。

 ようやく、影が溜まったと思った時には、もう息子は熊猿に殺された後だった。

 孫の時は、石板に影は来なかった。


——座標が狂ったのだろう。


 そうチョーローは言っていた。


 祖父の胸にさまざまな思いが去来した。


「あれからこの十二年、影はあまり来ておらんかったな」

「それは、圭一が原因?」

 未来が口を挟む。

「そうさな…… あれからだな。石板が汚れると霧がこちらに流れてこなくなる。月にいっぺんは掃除してたんだがな……」


 祖父はずず、とお茶を啜った。


 タイミングを見てモーイが声をかけた。


「今、オムカから影伝えの連絡が来た」

 モーイは未来と碧の顔を見た。

 二人の顔に緊張が走る。


 未来がキーを手に立ち上がった。


 田崎の祖父が静かに頷く。

 イリナとケイも立ち上がった。


『オムカ! こっちは準備良いみたいよ』

『モーイ! 影をそっちに送る』

『それは、大丈夫。場所だけ、誘導して』


 オムカとモーイの話は誰にも聞こえていない。

 未来たちは固唾を飲んでモーイを見つめた。


「話はついた。石板まで行こう!」

 ジムニーを止めた車庫の隣に蔵はあった。

 祖父が石板を蔵から取り出してくる。


 フリスビーほどの大きさの石板に、あの紋様が刻まれてあった。


 それを見たイリナの目が見開かれた。


『本当に…… 聖なる紋様が…… こちらにも……』

 イリナは石板にそっと触れた。

 かすかに、光が反応する。


『異界と、私たちの世界は…… 繋がっていた』


「ここで待ってるからの。気をつけてな」

 祖父は石板を蔵の前に置いて、寒そうに身を震わせた。

「リーをお願いします」

「ワン!」

 リーが自分も乗りたそうに未来を見た。

「留守番だ、おまえは」

 祖父がリーの頭を撫でた。


「これだけ影が溜まっていれば、帰れる」

「じゃあ、行くわよ!」

 未来がエンジンキーを捻る。


 後部座席のケイとイリナの表情が引き締まった。

 モーイがボンネットの座布団に座って聖戒の詠唱を始め出す。


「パパ、待ってて」


 石板から黒い影が湧き上がる。

 その影は濃い霧となってジムニーの前に広がった。


「未来! ゆっくりね」

 ジムニーは雪を踏んで霧の中に入っていく。


「向こうについても、びっくりしないでね」

 モーイは影を通して、広場の状況を確認していた。

『イリナ、頼むよ! 準備しておいて!』

 モーイの声かけにイリナは白銀の錫杖を握りしめた。

 聖戒の言葉を唱え始める。


 ジムニーのエンジン音が霧の中に消えた。


 霧が晴れた時、ジムニーの姿はなかった。


 祖父は空を見上げる。

 満月が、晴れ渡った空にぽっかりと浮かんでいた。


「……気をつけてな、未来さん』

 祖父は小さく呟くと、家に入っていく。


「ごちそうでも、準備しておくかな……」

「わんわん!」





  *





 結界に亀裂が入ったのは、オムカがモーイに影伝えをした直後だった。


『結界が破れる!』

 メガネが叫んだ。

 結界に亀裂が無数に入り、次の瞬間、完全に崩壊した。

 骨の髄まで凍えるような冷気が一気に吹き込む。


 精神を蝕むような濃い影が、怒涛のように流れ込んでくる。


『うわッ! なんだ! これは!』

 ホーガイが叫んで腰を抜かした。


 黒い霧のような影に、ぼんやりと浮かぶ竜猿の割れた石像が、無数に現れた。

 グラン隊は小人の指示に従って、石像と被らない位置で待機している。

 巨大な竜猿の岩に囲まれて、さしものグラン隊にも動揺が走った。


 オムカの指示で小人たちが聖戒の詠唱を始める。

 ぽつ、ぽつっと暗闇の中に、明かりが次々と点っていく。


 温かな光に包まれるとともに、グランが持つ剣が光り輝いた。

 リューシャの剣にも、ハンクの鉄槌にも明かりが点った。


『光の加護だ! 今なら影にも攻撃が通る!』

 グランが叫んだ時、倒れていた死兵がゆらりと起き上がった。


『死兵じゃない…… 影に操られている……』

 それは動く屍だった。

 影をまとい、ホーガイの馬車を囲むように前進を始める。


 そして、背後に影をまとった使い手の姿が浮かんだ。

 それはすでに、人の形を留めていなかった。

 気体のような実態を感じさせない黒い巨大な影が、夜空に映し出された。


『まだだ…… まだ終わってはおらぬ…… 満月の今なら……』


 地の底から鳴り響くような使い手の声に、田崎の背筋が凍る。


 そして呪言が広場に響き始めた。


「死んでないのか、あれは? オムカ?」

「あれは”盲目の僧侶”の憎悪と一体化してる。死んでないけど、生きてもいない……」


 呪言とともに田崎とリューシャとオムカの紋様が、再び怪しく光り始める。

 

「ツゥッ!」

 焼け付くような激痛が田崎を襲った。


 無理やり皮膚を剥がされるように紋様が浮き出していく。


『アァッ!』

 リューシャが苦痛に顔を歪めてうずくまった。


『うわああッ!』

 オムカが蒼白な顔をして左手を押さえた。


 怒りが、欲望が、後悔がそれぞれの胸に濁流のように押し寄せる。

 紋様が意思を持ったように暴れ出す。


「くそっ…… 体が…… 動かない……」

 田崎は剣を握ろうとするが、手が痙攣して力が入らない。


 それと同時に、影に操られた鉄騎軍がグラン隊に襲いかかった。

 首を刎ねられていた死兵は、影が首を形成する。

 ちぎれた腕も影が補い、剣を騎士たちに振り下ろす。


『馬車を守れ!!』

 グランが叫ぶ。

『タサキ! リューシャッ! オムカッ!』

『我らは、光を!』

 グランが部隊を指揮し、ハンクが三人を守るように鉄槌を振るう。

 小人たちが必死に詠唱し、光を放って闇を押し戻そうとする。


 光の加護を受けたグラン隊の剣は、影となった鉄騎軍を切り裂いていく。

 光に触れた影の兵は、崩れ落ちるように消滅していった。


 しかし、影の兵は小人の光にも、光の剣にも怯えずに、次から次へと押し寄せた。

 グラン隊の歴戦の騎士たちもその数の暴力の前に、一人、また一人と倒れていく。


 広場は瞬く間に地獄と化した。


『タサキッ!!』

 ハンクの背後で田崎がどうと崩れ落ちた。

 その左手から、黒い紋様が空に浮き上がる。


『おいっ! タサキ! リューシャ?』

 ハンクは田崎を揺さぶるが、気を失ったようにぴくりとも動かない。

『脈がない…… おい! しっかりしろ!!』

 田崎の頬を打つが、その体が急速に冷たくなっていく。


『タサキーッ!!』


 次の瞬間、リューシャも倒れた。


 紋様が手の甲から剥ぎ取られるように、浮かび上がった。


『チョーロー…… ごめん……』

 オムカも地面に突っ伏して、気を失った。


『憤怒! 欲望! 悔恨! ついに! ついに我が元に!!』


 使い手の狂った歓喜の叫びが戦場に響く。

 三つの紋様に使い手が手を伸ばしていく。


 そのときだった。


「圭一ッ!!」

「パパーッ!」


 ブォォォォォン!! パパパァーン!!


 ジムニーのエンジン音とクラクションの音が、戦場を切り裂いた。

 傷だらけのジムニーが、祭壇を運ぶ荷台の横に、霧をまとって突如として出現した。


『イリナ! 光を!』

 モーイが叫んだ。


『聖戒の光を。影を照らし、光と闇の均衡を』


 イリナの聖戒の詠唱とともに、ジムニーからまばゆい光が発せられた。


 それは、碧の”希望”と未来の”慈愛”の紋様をも光らせ、爆発的に増幅していく。


 地獄と化した広場が、純白の光に覆われていく。


 影に覆われた鉄騎軍が一瞬にして光に焼かれ、消滅した。


 それと同時に、倒れ、疲れ切ったグラン隊に慈雨のように生命力が湧き上がった。

 それは、傷を癒えていった。

 倒れていた騎士たちが、その温かさに涙を流した。


 騎士たちは次々と立ち上がると、呼応するように聖戒の言葉を紡いでいく。


 さらに光は輝きを増していく。


 やがて、その光は未来の、碧の、ケイの、紋様を、左手から、浮かび上がらせる。


 その紋様は、それ自体輝きながら、ジムニーをすり抜け夜空に舞った。


 イリナの放つ光は、前法王の銀色に輝く錫杖と共鳴し、止まるところを知らずに闇の森を温かな光で覆っていく。

 その光は命をかけた前法王やチョーローの光とは違った。


 ”希望”、”慈愛”に満ちた、未来へと繋ぐ光だった。


 トクン……


 それは、やがて心臓の音を再び脈打たせた。


 田崎の止まっていた心臓に血が通い始める。

 その光は田崎の全身を包み込み、本来なら血流が絶たれ不可逆的に壊死した細胞さえも蘇生させていく。


『紋様を祭壇に、あるべきところへ』


 イリナの祈りとともに、八つの紋様が光の中に浮かんだ。


『私の”憎悪”が……』


 使い手の影が、その紋様に吸い寄せられるように近づく。

 光の中、その使い手の影は光に溶けるように形を失っていく。


『紋様が…… 消えていく…… 憎悪が…… 消えていく……』


 使い手から絶望的な声が漏れた。


 それでも光に浮かんだ紋様に、薄れる体で飛び込み、手を伸ばした。

 使い手の影のような体は光の前に消えていく。


『私の、体に…… 祭壇の、力を……』


 そのとき、使い手の眼前に”盲目の僧侶”の姿が浮かんだ。


 薄め目を開けた田崎にも、その”盲目の僧侶”の姿がぼんやりと映った。


『これが、絶望……?』


 使い手からかすれた言葉が漏れた。

 ”盲目の僧侶”の想いが、走馬灯のように光の中に駆け巡る。

 まるで映像のように、広場にいた全員がそれを目撃した。


『うわあああぁぁ!!』


 前法王、”光”の道から外れたことへの…… ”悔恨”

 闇に支配されることへの…… ”恐怖”

 光と闇への均衡への執着…… ”欲望” 

 世界を呪い、憎んだ…… ”憎悪”

 全てへの怒り…… ”憤怒”

 それでも守りたかった世界…… ”慈愛”

 そして、託した未来への、”希望”……


 ”盲目の僧侶”が抱えた、八つの感情の奔流だった。


『私が、間違っていたというのか……』


 薄れゆく使い手から言葉が漏れた。


『違う…… お前は…… 私は……』


 最後の言葉は、誰にも届かなかった。


——お前もまた、守りたかったのであろう……


 ”盲目の僧侶”の思念が、使い手に優しく語りかける。


『……』


『そうか…… そうだな……』


 使い手の声は、もう怒りを失っていた。


 使い手の体が光に溶けるように、静かに消えた。

 

 それと同時に広場は、再び穏やかな闇に包まれた。


『使い手の影は、消えました』


 イリナが静かに宣告した。


「終わったの……?」


 未来は自分の左手を見た。

 紋様が、綺麗に消えている。


「模様が消えてる!」

 未来と碧が互いの顔を見合わせた。

 目に涙が浮かぶ。


「ケイ兄ちゃん!」

『アオ…… 終わった……』

 ケイは力なく後部座席でもたれ込んで笑った。


『タサキッ!!』

「……グラン?」

 田崎はうっすらと目を開け、頭を振った。

 目の前に涙ぐんだグランのむさい顔があった。


「パパッ! パパは?」

 グランに抱き起こされた田崎が、ゆっくりと立ち上がる。


 そして泥だらけの顔をジムニーに向ける。


 信じられないという顔で、目を見開く。


「未来、碧……」


 その目に熱いものが滲んだ。


 一瞬、すべての音が消えた。


「圭一ッ」

「パパっ」


 二人はジムニーを飛び出した。

 田崎は走り寄る二人を力いっぱい抱きしめる。


「良かった…… 本当に…… 良かった……」


 未来と碧は、泣きながら田崎にしがみついた。


『ケイ……』

『母さん……』

 リューシャも駆け寄ったケイを抱きしめた。


『母さん! 良かった……』

 ケイの顔に、年相応の表情が戻る。

 ケイから流れる涙は止まらなかった。


『祭壇は…… 復旧しました』


 イリナが目を閉じた。


 荷台の上で、祭壇の八つの紋様が静かに光っていた。



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