表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜  作者: タキ マサト
第七章 祭壇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/63

58話 喪失

 峠のカーブに、ぼろぼろのジムニーが突如として出現した。

 黒い霧を切り裂いて現れたジムニーを、対向車のライトが眩しく照らす。

 ジムニーは息も絶え絶えのような弱々しいエンジン音を発していた。


 未来は慌ててブレーキを踏んだ。

 ジムニーは雪道を滑りながら、カーブの待避所に突っ込むようにして止まった。

 満月が、流れる雲間から覗いた。


「くうん」

 リーが小さく鳴いた。


「……日本? ……帰ってきた?」

 未来はハンドルから震える手を離した。

 ジムニーのライトが、ガードレールの反射材を照らしている。

 胸が締め付けられる。

 帰ってきた。

 だが、夫を向こうに残したままだ。

 安堵と不安が同時に押し寄せ、呼吸が浅くなる。


「夢…… じゃないわよね?」

 未来はバックミラーに映ったイリナを見て、大きくため息をついた。

 

『ここは、異界……?』

『久しぶりだなあ…… この空気』

 ケイがつぶやき、モーイが懐かしそうな声を上げた。

「ケイ兄ちゃん…… ママ? パパは大丈夫かな?」

 碧が不安な顔を未来に向ける。


「碧、きっと大丈夫。パパは強いから。前にも帰ってきたんだから」

 割れたバックドアガラスから凍えるような風が吹き込む。

「羽ピーもいるし、大丈夫だよね……」


「イリナ? 寒くない?」

『私は大丈夫です』

 モーイの通訳を聞いたイリナが気丈に答えたが、その体は小刻みに震えていた。


「とりあえず、ひいじいちゃんの家に行きましょう」

 未来は赤く点灯している給油ランプを見つめて、またため息をついた。


「スマホは…… 電源入らないか」

 ダッシュボードに入れていたスマホは冷え切って沈黙したままだった。


「ママ、今日って何曜日?」

「一月三日…… 年、明けたわね」

 未来はナビを操作し日付を確認した。

「あけまして、おめでとう?」


「さあ、早くひいじいちゃんの家に行って、お風呂いただきましょ」

「お風呂! 早く入りたい」

 未来は慎重にジムニーのアクセルを踏んだ。


「ママ、まだこの模様、残ってるよ」

「こんな刺青みたいなの、困るわよ、モーイ?」

 左手の紋様は光ることはなかったが、肌に黒く焼き付くように残っていた。

 碧と未来は不安そうにモーイを見た。


「またみんなで向こうに行かないとね」

「イリナが消してくれるのね」

 未来は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


「さ、あと三十分くらいで着くわよ」


 未来はハンドルを強く握りしめた。

 震えが止まらない。まだ夫の声が耳に残っている。


——「必ず、生き残る」


「……帰ってきた。でも、終わってない」

「ママ、また行くんだよね」

「そう、パパを連れ戻しに」


 未来の声は静かだったが、そこには揺るぎない強い決意が込められていた。


 バックミラーに映る満月が、やけに大きく、そして近く見えた。




  *




 巌窟寺院の深い地下。

 目も眩むような光は消えていた。

 目に焼き付いた残光で、しばらく視界が閉ざされていた。


「リューシャッ!」

 田崎は叫んだ。


『タサキ……』


 弱々しい声が暗闇から響く。


「リューシャ? 良かった……」

 田崎は瓦礫の中を床を這いながら、ゆっくりと声の方に進んでいった。


『チョーローッ!』

 オムカは倒れたチョーローを抱え起こした。


『金色の竜猿…… まだ生きとるがな、もし』

『グアッ……』

 羽ピーの体からは影が抜け切り、黄金に光り輝いていたが、衰弱しきっていた。

『これだけ、弱っておれば…… 名を奪えるぞな、もし』

『名前奪ったら役に立つだな、あれは、もし』


 苦しげに鳴く羽ピーを冷酷な目で見つめて、ババ様はつぶやいた。


『死なれたらもったいないべな、影を出して助けるべな、もし』


 ババ様の杖から影が湧き出し、羽ピーを包み込んでいった。


『……タサキッ!』

「リューシャ……」

 目が暗闇に慣れてくると、青白い苔の明かりの中でリューシャが体を起こしているのが見えた。


「立てるか? リューシャ?」

『ああ、タサキ!』

 リューシャを抱え起こした田崎に、リューシャは感極まって抱きついた。

「無事で…… 本当に良かった……」

 田崎はリューシャの背中をそっと叩いた。


 その時、リューシャの紋様が目に留まった。


 紋様は、変質していた。

 あれほど禍々しく赤黒く脈打ち、影を噴き出していた紋様が、今は沈黙したまま薄く刻まれているだけだった。

 田崎も自分の紋様を見た。

 紋様を温かく包み込むような、消滅させるのではない、そんな光だった。


『チョーローが命を削って、紋様を守りながら、浄化してくれたんだ……』

「チョーロー……?」


 リューシャの目に涙が浮かんだ。


『チョーロー! 起きてよ!』

 オムカはぐったりとしているチョーローをゆさぶっていた。

 大粒の涙が次から次へとこぼれ落ちる。

 その涙がチョーローのしわくちゃの顔を濡らしていった。


『チョーロー、光を受け取って!』

 オムカは自らの光を放った。

 その光はチョーローのひび割れた体を優しく覆っていく。

 チョーローは目を閉じたまま、かすかに唇を動かした。


『オムカ……』

 枯れ木が擦れるような、かすれた声だった。


『……チョーロー?』


 そのオムカの声は届いていないかのように、チョーローは話し始めた。


『……オムカよ。次のチョーローはお前じゃ……』

『チョーロー!』

『お前は…… わしの若い頃にそっくりじゃ……』

『チョーロー?』


 チョーローの手が、震えながらオムカの頭にそっと触れる。


『この杖を…… 光と影が…… まだ…… 残されて…… おる……』

『そんな事、言わないでよ……』

『お前なら、出来る……』


 チョーローの手が、力なく落ちた。


『ナヴィも…… マオルカも…… メガネも…… モーイも、お前を……』

 声が途切れる。


『起きてよ! 目を開けてよ!』

『あとは…… 頼む…… ぞ……』

 その言葉とともに、チョーローの体から光が粒子のようにこぼれ落ちていく。

 静かに優しく、儚く。

 ふっ、とチョーローの体から光が消えた。


『チョーロー!!』

 オムカの目から次から次へと涙がこぼれ落ちた。

 オムカは杖と、動かなくなった小さな体を抱きしめて泣いた。

 小さな体を震わせて、声を殺して泣いた。


『じじい! 行くぞな、もし』

『わしらがいたら、命を吸い取ってしまうわな、もし』


 ババ様と黒い塊を乗せた羽猿は、音も立てずにふわりと飛び上がる。


『あの金色の竜猿…… わしらが飼育しようかの、もし』


 ババ様を乗せた羽猿は田崎たちの上空を旋回していた。


『小人よ。小人の王は立派な最後だったぞな、もし』


 ババ様はオムカに呼びかけた。


『まだ、終わってはおらんぞな、もし』

 ババ様は黒く澱んだ泉に鋭い視線を向けて、地上へと飛び去った。



「オムカ…… チョーローは?」


 田崎とリューシャは寄り添ってオムカのもとに戻ってきた。


「タサキ…… チョーロー…… シンジャッタ……」

 オムカは滝のような涙を流していた。


「そうか…… チョーロー…… 今まで、ありがとう……」

 田崎の声が震えた。膝をつき、頭を垂れる。


『チョーロー…… あなたは立派に戦った。光のもとでどうか、安らかに……』

 リューシャが沈痛な面持ちで祈りを捧げた。

「タサキ、リューシャ……ボク、頑張る、チョーローの分まで……」

 オムカの声は涙で途切れた。

 

『グアッ!』

 その時、羽ピーが警告するように、弱々しい鳴き声を上げた。


『ここから、早く出ないと』

 リューシャが回収した剣を泉に向けた。


 地下のドームは骨の髄まで凍るような冷気に満たされ始めていた。

 泉の水面がざわざわと波立った。


「なんだ……?」

 田崎が警戒する。


 水の中から霧のような影が湧き立ち始める。

 泉の水がさらに黒く染まり、不気味な波紋が広がっていく。


「あれは…… まずくないか?」

 田崎の顔が強張った。


『早く、ここを出よう! オムカ!』

『……そうだね。リューシャ』


 オムカはゴシゴシと涙を拭った。

 チョーローの杖を強く握りしめる。

 リューシャは剣を鞘に収めた。


 田崎はチョーローの亡骸をそっと両手に抱え上げる。

 その小さな体は、ほとんど重みを感じなかった。


「ここには、置いていけない……」

『タサキ……』

「小人の里で…… 光の下で……」

 三人はうなずきあった。


『ハネピー! 行くよ』

『グアッ!』


 オムカと田崎とリューシャ、そしてチョーローの亡骸を乗せた金色の竜猿は、迫り来る闇を背に、地上に向けて飛び立った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ