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軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜  作者: タキ マサト
第一章 家族で異世界へ

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4話 手当

 夕暮れの太陽が里山を照らしていた。

 黄金色に輝く野原と緑あふれる森。

 先ほどまでの草原とは別世界だった。


「くうん」

 リーが鳴いた。


「……小人の……里?」

 碧が鼻をすすり上げてつぶやいた。

「……きれい」

 二人は顔を上げて目を見張った。

「ここは、安全だよ。碧、未来」

 田崎はほっとして伝えた。

「そう。ここ。ここが小人の里だよ。……碧」


『**! ***!』

 ケイが呻くように声を上げた。

「ちょっと! 動かないで! 碧! もう一枚タオル!」

 はっとした未来が圧迫止血を続ける。


 田崎はケイの横顔を見つめた。


——リューシャそっくりだ。


 だが、その目の形は、鏡で見る自分に似ていた。


——この子は、俺の子だ。


 その事実が、じわじわと胸に染み込んでくる。

 同時に未来と碧の視線が自分に刺さるのを感じた。

 

「……その子……パパの子なの?」

 タオルを渡す碧の目が、まっすぐ田崎を射抜く。その目には疑念と寂しさが混じっていた。バックミラー越しに眉間にしわを寄せた碧と目が合った。


「ちょっと……小人の里は聞いていましたけれど……」

 止血を続ける未来の声は、まるで深海の底のように静かだった。

「あなたの子どもがいるなんて、聞いていませんよ?」

 怒鳴られるより、この静けさの方が怖い。

「い、今さっき、俺も、初めて知ったんだ……」

 言い訳にもならない。田崎は唇を噛んだ。

「……最低……」

「……」


 小人の里にリューシャはいるだろうか? 


——ずっと会いたかった。忘れられるはずもなかった。


 その思いが浮かんだ瞬間、罪悪感が胸を締めつけた。


 もしあの小屋にいて未来と碧と鉢合わせでもしたら、三人はなんと思うだろうか?


——今、そんなことを考えている場合か。


 田崎は首を振った。小人の里に留まっているかどうかも分からない。

 ケイの存在も知らなかったのだ。


「タサキ、こっちじゃ」

 チョーローが杖を向ける。

「まずは手当じゃ」

 その声にほっとしたように田崎はアクセルを踏んだ。

「あとで、じっくり話、聞かせてもらうから……」

「……はい」

 田崎の背中が伸びた。


——もしリューシャがいたら……


 修羅場の予感に田崎は身をすくめた。

 




  *




 父の小屋は、様変わりしていた。

 そしてリューシャはいなかった。


「リューシャは、おらん……今は……」

 落ち着きなく見回す田崎を見て、チョーローが声をかけた。その口調はどこか歯切れが悪かった。

 ほっとしたような残念なような、複雑な心境のまま小屋を見回す。

 ふと横を見ると、未来がこちらを見ていた。

「……」

 何か言いたげな目をしていた。

 だが、未来は何も言わなかった。


——バレてる。


 田崎は視線を小屋に向けた。


 納屋は以前より広くなり、土間にはかまどと薪が整然と並んでいた。五徳の上の大鍋からは、かすかに焦げた薪の香りが漂う。木のテーブルと椅子が二脚。柱にはロープが張られ、洗濯物が揺れていた。

 真ん中には父の軽トラがあの日そのままに鎮座していた。その横には錆びた発電機と、そこにジムニーのスペアタイヤが立てかけられていた。


 ジムニーを軽トラの横に停めると、一行は車を降りた。

 物珍しげに小屋を見て回る碧と未来。

 田崎はケイを抱き上げると、小屋のドアを開け中に入る。


『***! **』

 ケイは顔をしかめ、何かをつぶやく。

「ケイ! もう大丈夫だ」

——ケイ……

 驚くほど軽い体に、息子という言葉の重みが初めて田崎の胸に迫った。

 リューシャとの短い日々。別れ。そして自分の知らないところで育った命。

「ケイ、もう大丈夫だ。父さんが……」

 言葉が途切れた。「父さん」と名乗る資格が、自分にはあるのか。

 寝台の上にケイを横たえると、未来が救急箱を持って小屋に入ってきた。


 田崎はケイの止血を続けながら、部屋を見まわした。


 そこは生活の場だった。


 殺風景だった部屋にはベッドが二台置かれ真ん中には小ぶりなテーブル、そこには飲み差したコップと花瓶には花が生けられていた。壁には上着が吊るされ大小の弓、二振りの長剣、小刀が数本かけられていた。


「それは大丈夫だと思う」

 救急箱から消毒薬とガーゼを取り出す未来を制止したとき、わらわらと小人が入ってきていた。

「な、なになに?」

 両手に壺を抱えている。壺からは漢方と香辛料を混ぜたような独特な匂いが発されていた。

「な、なにするの?」

「こ、小人……? たくさん来た……」

 未来と碧の足元をちょこちょこと歩いてくると、壺をもったまま寝台に飛び乗った。

 小人の行動に固まる未来と碧。


 小人は次々と壺をケイの傷口の上でひっくり返すとペーストを傷口になすりつけていく。


「この薬は、すごくよく効くんだ」

 田崎は未来にひそひそと教える。

「……そ、そう?」

 未来の口元がひくついた。

「もう安心だよ」

「何が?」

「……ケイが」

「わたしたちは?」

「……」

 沈黙に未来は手の甲で額を押さえた。


 あまりにも情報量が多すぎるという顔をしていた。


「ここからいつ帰れるの?」

「……わからない」

「……」

「チョ、チョーローが教えてくれると思う……」

「チョーローって、さっきの小人?」

「と、とりあえず、手を洗おうか……血を落とさないと……」

 未来はため息をついてうなずいた。


「い、井戸とトイレは納屋の方にあるから……」

 田崎と未来が小屋を出て行こうとした時、

 ケイの手が田崎のジャケットの裾を掴んだ。

『ト、トオサン……****……***……』

 ケイは訴える顔をして田崎を見上げた。


「父さん?」

 再び固まる田崎と未来と碧。

「今、父さんって言った……」


「ケイ、あとでね……チョーロー、ちょっと、いいかな?」

「今、手が離せない。落ち着いたら色々と伝えなきゃならんことがある」

 チョーローはケイの手当をしていた。一番大きな傷は肩だったが刺し傷、切り傷が他にもあった。

 田崎は、息を吐くと小屋から出ていった。未来と碧も続く。

 リーが小屋の外で尻尾をふって待っていた。


 手を洗ったあと、リーを撫でながら懐かしい目をした。


「この小屋はね。碧のじいちゃんが建てたんだよ」

「じいちゃんも、ここにいたの?」

「そう。地震で崖崩れが起きた時、この軽トラごとこの世界にきたんだよ」

「碧たちと一緒みたいに?」

「そうだよ。じいちゃんはここで、小人たちを守ってたんだよ。パパも助けられた」

「……」


 沈黙。


 しばらくして、ためらいがちに碧が口を開いた。

「……パパ、さっきの子って、本当にパパの子?」

 田崎はまっすぐ碧を見つめた。

 嘘はつけない。

「……そうだよ。碧のお兄ちゃんだ」


 再び沈黙。


 碧の視線が泳ぐ。田崎と未来を交互に見比べる。

 未来は目を閉じ、首を振った。


 やがて碧はぽつりと言った。

「……お兄ちゃん……カッコよかった……碧たちを助けてくれたんでしょ?」

 碧の声は、どこか遠慮がちだった。

 碧の戸惑いが手に取るようにわかった。

 突然現れた異母兄。

 憧れと、不安と、複雑な感情が入り混じっているのだろう。

「……お兄ちゃん……?」

 その言葉を口にするとき、碧の表情は揺れていた。


 未来も長い息を吐いて言った。

「本当の話だったのね……」


 十二年前の二週間の行方不明期間。

 酔ったときに口にしていた、あの冒険譚。


「未来には、ちゃんと話してなかったことがある」

 田崎は未来に向かい合った。真剣な目を向ける。


 この世界に来た時に出会ったリューシャとのこと。

 そして恋に落ちたこと。

 

「知ってた」

 未来は小さく息をはいた。

「だって、あなた寝言で『リューシャ』って何度も言ってたもの」

 未来が苦笑する。

「未来……」

 未来が遠い目をした。

「あの十二年前の病室であなたを見た時——」

 未来は、帰還後の入院中に見舞いに来た頃を思い出すように目を細めた。

「それまでのあなたって、真面目だけが取り柄の、退屈な人だと思っていたけど……」

 その言葉に、田崎は返す言葉がなく目を閉じた。

「……別人みたいに、逞しくなってた」

「……」

「そう……リューシャさんが、あなたを変えたのね」

 未来の目が、一瞬だけ大きく潤んだ。田崎は、その言葉を静かに受け止めた。

「分かってた。あなたの中に、私の知らない誰かがいるって」


 再び沈黙。


「ごめん……」

 田崎の声が震える。

「謝らないで。私と付き合う前のことでしょ? それに……」

 未来が田崎を見つめた。突き刺すような目で見る視線が痛かった。

「綺麗な人なんでしょ? あの子、あなたの目とそっくり」

 田崎は返す言葉が見つからない。

——なんて答えれば良い……?

「……」

 未来の目が一瞬だけ見開かれ、すぐに伏せられた。

「あとケイって……圭一のケイでしょ?」

 未来は微笑んだ。

「あの子には罪はないわ」

 その言葉を聞いて、田崎の胸に熱いものが込み上げてくる。

「未来……」

「でも、無責任は無責任ね」

 その冷たい声に熱いものはすぐに消えてなくなり、田崎は身を縮めた。

「……ごめん」

 未来は再びため息をつく。

 その言葉を聞いて、未来は井戸の方へ歩いて行った。

 田崎は、立ち尽くすしかなかった。


「きれい……」

 碧が声を上げた。

 外はすでに夜の帷が降り、里山には上弦の月が昇っていた。

 穏やかな深い緑の里山に、蛍のような青白い灯りを放つ何かが飛び回っていた。

 幻想的なその光景に未来は立ち止まり、碧は目を輝かせて息をのむ。


 妻と子を横目で見ながら田崎の顔は暗く沈む。


——三人で無事に帰れるのだろうか? 


 様変わりした森と草原……何かが起きている。


 そしてリューシャはいったい、どこに?


 それらの不安が、田崎の胸を押しつぶしていた。

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