表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜  作者: タキ マサト
第七章 祭壇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/59

53話 絶望

 その少し前、闇の森の上空。


 イリナが錫杖を握りしめた、その同じ刻——


 激しい雨が、闇の森を叩きつけていた。

 雷が雲の中を荒れ狂い、無造作に森に突き刺さる。

 閃光、そして遅れて轟音。


『ババ様……』


 魔の森の民が、震えながら上空を見上げた。

 地上の彼らにも、暴風と豪雨が魔の森の民を叩きつけていた。


『限界じゃ、もし』

『ぬあああッ!! もう持たんッ!! もしい!!』


 古竜猿から吸い取る影は底が知れなかった。

 どれだけ吸っても、まだ湧き水のように溢れてくる。

 黒い塊も、ババ様も、もう限界だった。


 黒い塊の吸い込む影の容量が、ついに限界を迎えた。

 これ以上、影を吸い込めなかった。


 制御しきれない膨大な影に、針を維持する力が保てない。

 わずかに、針が古竜猿の体から押し戻される。


『最後の一撃じゃ!! もし!!』

『厳しいじゃろな、もし』

 ババ様は吸い取った影のすべてを古竜猿にぶつけようとした。

 ババ様の体から影が黒い奔流となって飛び出す。


 それは竜猿に向かって一直線に伸びていく。


『縛り上げるぞな!! もしい!!』

『ほれ見い、も……』


 その言葉が終わる寸前だった。

 

 古竜猿の首筋に突き刺さっていた針が、内側からの莫大な圧力で吹き飛んだ。

 その瞬間、古竜猿から爆発的な力が全方位に弾けた。


 何が起きたのか、誰にも分からなかった。


 ババ様の放った影が一瞬で消し飛んだ。

 圧縮された大気が壁となって、ババ様の羽猿を木の葉のように吹き飛ばした。


 遅れて咆哮が響き、眼下の闇の森の木々が根こそぎ浮き上がった。

 地面が割れ、巨木が次々となぎ倒れていく。


『グアアア…… ワアアア……ァアア!!!』


 その衝撃と咆哮で、豪雨が一瞬にして止んだ。

 重たい雨雲が吹き飛ばされていた。


 西に傾いた赤い陽が、再び古竜猿を照らした。


『ももももも……』

『あばばばば……』


 ババ様と黒い塊は、巌窟寺院に向かって回転しながら吹き飛んでいった。


 その進行方向に、金色に輝く竜猿が飛んでいた。


『ハネピー!! 巌窟寺院だ!!』


 眼下の巌窟寺院の広場に、巨大な光のドームが出現した。


『結界だ! マオルカの術だ!』


 オムカの声に安堵が滲んだ。


『ホーガイがやっと来た!』


 オムカが叫んだとき、羽ピーの背後にも衝撃波が襲いかかった。


『グアッ!!』


 空気の壁がハンマーのように羽ピーを叩きつけた。

 羽ピーが巌窟寺院の門を捉えた時だった。

 制御を失った羽ピーは吹き飛ばされ、巌窟寺院に向かって飛び込んでいった。


 その巌窟寺院の前の広場では豪雨の中、重い祭壇を引いてホーガイ隊が寺院に向かっていた。時折、古竜猿の恐ろしい怒声が雨音を切り裂く。


『恐ろしや…… なんということ……』


 ホーガイが馬車の中で頭を抱えてうずくまった。

 聖戒の文言を震えながら唱える。


 メガネの小人とマオルカが巌窟寺院前の広場の端に着いた時、馬車を止め、ありったけの力で光を放ち、結界を張ったのだ。


 闇のもの——鉄騎軍の死兵をも巻き込んだこの結界は、光の中に影となる異物を抱え込んでいる。

 やがてその影は結界の中に亀裂を生み出し、内側から破られてしまうだろう。


 それがいつになるかは、誰にも分からなかった。


『これは、小人の結界?』

『助かった……?』

 広場で戦っていたグラン隊から安堵の声が上がった。


 グラン隊はまばゆい光の中に包まれ、一時的に敵兵を見失う。

 それまでにグラン隊は鉄騎軍、死兵を同数までに減らしていた。


『まだ戦いは終わっていない!!』

 豪雨の中、副長が声を張り上げる。


『狼狽えるな! 祭壇の運搬を手伝え!!』


 副長が的確に指示を飛ばし、隊をまとめていく。

 


『あの光……』


 その時、ホーガイの馬車の中でチョーローがハッと顔を上げた。

 寺院の中から、イリナが光の術を発動しようとするかすかな兆候を捉えていた。


 ジムニーを祭壇の器にするための、光の術だった。


 チョーローのその顔がさっと青ざめる。


『いかん! まだ早い! イリナ!』


——一人では使い手には、敵わぬ……


 紋様の解放は無理だ……


 チョーローは窓を開け、幌の上にいた鳩猿を呼んだ。

 飛び込んできた鳩猿の背中に、身軽に飛び乗る。


『祭壇の搬入を急ぐんじゃ! ホーガイ!』


 馬車の中にいるホーガイと小人たちを横目で見た。

 ホーガイはハッと顔を上げた。

 マオルカとメガネはお互い寄りかかり、ぐったりと目を閉じていた。


 その時、チョーローは空の異変を感じる。


『待て…… 古竜猿と魔女の戦いが終わった……?』

 

——嫌な予感がする……


 紋様の解放と影の再封印。


 慎重な綱渡りが必要だった。


 その綱が切れたら…… すべてが終わる……


『すまぬの。寺院で待っとるからの』


 馬車に残されたホーガイと小人に声をかける。


 結界を出ると、チョーローの乗った鳩猿は西に傾く太陽の光を正面から受け止めた。


 一直線に巌窟寺院に向けて飛んでいった。




   *




 巌窟寺院のドーム。


 外では、いつの間にか雨が上がっていた。


 使い手の呪言は、ますますドームに満ち満ちていく。


 一度は光で疼きが止まった田崎とリューシャ、ケイの紋様が再び激しく脈打ち始めていた。


 そこに紋様を開放するイリナの光が放たれた。


 ドームは一瞬、神聖な光に包まれた。

 紋様が沈黙し、光の中に溶け込むように浮かび始めた。


 しかし、次の瞬間、濃密な闇が光を飲み込んでいく。

 浮き上がった紋様は再び刻まれ始める。


 イリナの渾身の光は、使い手の操る圧倒的な影の中に閉じ込められた。

 

 神々しく輝いていたジムニーのボディから光がふっと消え、再び薄汚れた鉄の塊に戻っていった。


 使い手の口元が歪む。

 薄く笑う。


『今宵は満月。もうじき日が暮れる。我らの力が最大化される……』


 その目がケイの左手に宿る”絶望”の影を捉えた。


『まずは”絶望”から頂くか……』


 使い手の足元から、大蛇のような太い影がゆっくりと伸びていった。


『……違う。こんなはずでは……』


 イリナは肩で息をしていた。

 その顔がみるみる白くなっていった。


 そのイリナが声を振り絞って叫んだ。


『それより、ケイを! ケイを守って!』

「ケイ兄ちゃん!!」


 碧が叫ぶ。


 その声にグランが、ケイを狙った鬼猿に切りかかる。

 剣は影をすり抜ける。

 その剣に手応えはない。


 影になった鬼猿は、もはやどんな物理攻撃も効かないようだった。

 ハンク、リューシャ、田崎もじりじりとジムニーまで後退していた。


『ケイ、私の後ろに!』

 リューシャがケイを背後に庇い、剣を構えた。


 五匹の実体のない鬼猿に包囲される。

 その後ろから、黒く禍々しい大蛇が這い出した。


「きゃあ!」

「羽ピー!! 助けて!!」


 未来が悲鳴を上げ、碧が絶叫した。


 グランの剣が、ハンクの鉄槌が鬼猿に振り下ろされる。

 リューシャが大蛇に向けて剣を振り下ろす。


 しかし、鬼猿にも大蛇にも打撃は一切効かなかった。

 剣が、鉄槌が影を切り裂くが、煙を払うかのように手応えがまるでなかった。


『イリナ! 武器に光の加護を!』

 イリナは後部座席で荒い呼吸を繰り返していた。

 必死に杖を掲げる手が震えている。

『そ、そんな……』

 モーイの顔が恐怖に歪んだ。


「ケイ……」


 田崎がケイの前で剣を構えた。


 鬼猿が棍棒を構える。

 そして大蛇がケイに向けて鎌首をもたげた。


『……母さん、アオ…… ごめん……』


 ケイの顔に絶望の色が浮かんだ。

 影の大蛇が、田崎を突き飛ばす。


「パパッ!! ケイ兄ちゃん!!」


 碧の悲痛な叫びが響いた。


「羽ピー!! 早く来て!!」


 その時——


『グアッ! グアッ!』

 

 轟音とともに、巌窟寺院の修復された壁が吹き飛んだ。


 金色の竜猿がドームに飛び込んできた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ