表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜  作者: タキ マサト
第六章 集結 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/51

48話 憤怒

 キキーッ!!


 暗闇にタイヤの悲鳴が響き渡る。


 次の瞬間、竜猿の咆哮がすべてをかき消した。

 

「……ッ!! ぶつかる!!」


 ジムニーは半回転しながら派手に横滑りしていく。

 磨かれた黒光りする石床の上を、タイヤが火花を散らして滑っていく。


 ゴッ! 鈍い音と共に壁に運転席側のサイドミラーが触れて、ひしゃげた。

 ギリギリだった。


「止まっ、た……」

 未来はハンドブレーキを引いた手をゆっくりと上げた。

 次いでギアをニュートラルに戻す。

 踏んだままのブレーキから、ようやく力を抜いた。

 

 息が、荒い。

 ハンドルを握る手が、わずかに震えていた。


 ジムニーのアイドリング音がドームに反響している。


 ヘッドライトが暗闇を照らし出す。

 

 田崎の目が慣れてくると、ぼんやりとドーム内の様相が見えてきた。


 十二年前、竜猿によって壊された壁は修復されていた。

 そこだけ煉瓦と土壁のような素材で埋められている。


 中央の祭壇があった場所は、土台が抉られたような痕が残されていた。


——また、ここに来ることになるなんて……


 十二年前のあの戦いの記憶がよぎる。

 竜猿の咆哮。崩れ落ちる壁。濃厚な血の匂い。


 そして、


——盲目の僧侶の最期。


 田崎は身震いした。


「碧は、どこなの?」


 未来は大きく息を吐いて、モーイに聞いた。


「今、向かってると思う……」

「今さっき、竜猿が吠えた?」


 それに応えるように再び咆哮が響き、ドームが揺れた。


「碧とケイは必ず来る」


 確信があった。


「未来、中で待ってて」


 田崎は後部座席を乗り越え、バックドアから外に出た。


「リューシャ! 降りるぞ!」


 長剣を手に取り、油断なく周囲を見回す。

 助手席から降りてきたリューシャが小弓を構えて田崎に並んだ。


『タサキ……』

 リューシャの紋様が赤く、強く、光り出している。

「リューシャ……?」


 竜猿の咆哮は断続的に続き、ドームの空気を不気味に震わす。

 甘ったるい香の匂いが立ち込めている。


——使い手がいる……?


「タサキ! リューシャ! 危ない!」

 そのとき、車内のモーイが叫んだ。


「何ッ……?」

 田崎が振り返ろうとした瞬間、暗闇から無数の黒い蛇が這い出した。


「くっ!」

 蛇が田崎の足に巻きついた。

 さらに二匹目の蛇が頭をもたげる。

 剣を振ろうとした田崎の腕にまきつき、強烈な力で縛り上げていく。


『タサキ!』

 リューシャも黒い蛇に全身を巻かれていた。


「リューシャ!」

 振り解こうとするが、蛇の力は強い。

 ぎりぎりと締め上げられる。


「くっそ……」

 思考がぼんやりと霞んでくる。

 

 手足が鉛のように重く、感覚が鈍くなっていく。

 力を奪われているのではなかった。

 生きる気力そのものが、奪われているような感覚に襲われる。


「きゃあ!」

「ミクッ!」


 車内からも悲鳴が上がる。

 ジムニーの車内にいた未来とモーイも、バックドアから忍び込んだ蛇に巻きつかれていた。


「……イリナ」

 モーイは、黒い蛇が眠るイリナに狙いを定め、鎌首をもたげるのを見ていることしかできなかった。


 蛇がイリナに巻きつこうとしたその刹那、リーがその頭に食らいついた。


「グルルル……」

「リー!」


 しかし黒い蛇は噛み付かれたまま、リーに巻きついていく。

 リーはぐったりと力が抜けていく。


「未来…… 碧……」


 田崎の膝が崩れ落ちた。

 視界がぼやける。

 隣でリューシャが倒れる音が響く。


「リューシャ…… ケイ……」


 まだ、意識はあった。


「みんなを守る……」


 霞む視界で、田崎はドームの中央を睨みつける。


 ドームの中央に、複数の小柄な影が見えた。

 音もなく、気配もなく。

 忍び寄るように祭壇の跡地まで進みよっている。


 そして、低い呪言が静かに響き始めた。


 使い手の足元にある紋様のカケラが妖しく光り出していく。


 呪言の声量が増していく。

 その場にいる月の民全員の唱和が加わり、不協和音がドームを満たす。


 紋様が怪しく明滅しながら、カケラから浮かび上がる。


『依代は揃った…… 血に塗れた紋様を、今こそ取り込む時……』


 使い手が口を歪め、鈴を鳴らした。


 その背後に、五体の大きな影が立ち上がった。


 鬼猿だった。


 五匹の鬼猿が、ゆっくりと田崎たちに近づいてくる。


「碧…… ケイ……」


 カケラから解き放たれた紋様が、淡い光の尾を引いて飛び込んでくる。

 そして、田崎の左手の甲が熱を帯びた。


「ぐあッ…… ああ……」


 紋様が田崎の左手に焼き付いていく。

 紋様が赤黒く脈打ち始める。


「くっ…… これは…… 分かる……」


 田崎は、かつて感じたことのある激しい感情がよみがえった。

 理由は分からない。


 だが、この熱さは知っている。


「きゃ……」


 未来の小さな悲鳴が上がる。未来の手にも、紋様が刻まれようとしていた。


「この…… 感じ……」


——憤怒…… の、紋様……


 理不尽なものへの、大切なものを奪おうとする者への、純粋な怒りが湧き上がってきた。


——あの時と、同じだ……


 黒い蛇によって体は拘束され、動かない。


 ただ、怒りだけが、田崎の心を支配していた。


 霞む視界に鬼猿の足が入る。


 田崎が歯を食いしばり見上げようとした時、入り口の門で光が輝いた。


『グアッ! グアッ!』


 それは、金色に輝く竜猿だった。


 碧の光を受け、全身の鱗を煌めかせながら、ドーム内に飛び込んでくる。

 そしてそのまま、鬼猿の一体を吹き飛ばして着地した。


 その背中に二人の子ども。


『……絶望も来たか。絶望の影があれば、あの化け物など、造作もない……』


 使い手は鈴を鳴らす。その目は紋様と同じ色に染まっていた。


 憎悪の紋様から漆黒の影が湧き出していく。


「パパー! ママー!」


 碧の声がドームに響き渡る。


「碧ッ!」

 田崎が持てる力の限りを尽くして叫び返す。


 憤怒の紋様が一瞬、光を帯びたような気がした。


『アオ、降りて!』


 ケイが碧を竜猿の首から引き離す。


『ハネピー! オムカさん! 頼みます』


 羽ピーは首を下げ、ケイと碧を床に下ろした。


『ハネピー! 行くよ! あの古竜猿を巌窟寺院から遠ざけないとね』


 羽ピーは一瞬、碧を振り返った。

 碧と目が合う。


「羽ピー……」

『グアッ……』

「帰って来て……」


 羽ピーはオムカを乗せて、再び外へと飛び立った。


「パパは……?」


 碧は田崎の姿を探して振り返った。


「きゃあっ!!」


 碧は、田崎の目の前に立つ巨大な鬼猿の姿に硬直した。


「碧っ! 逃げろ!」


 鬼猿の棍棒が振り上げられる。


「碧ー!!」

「パパッ!! 嫌あーッ!!」

 その叫びとともに、碧の体から光が爆発した。


 一瞬にして田崎を縛っていた黒い蛇が、光の中に霧散して消えた。


 鬼猿が光の洪水を浴び、うめき声を残して崩れ落ちる。


 その光は、ドーム全体を白一色の世界に染め上げた。


「碧……」


 未来がつぶやいた。

 解けた拘束に気がつくと、震える手でドアを開け、外へ飛び出す。


 振り返る。


 光の中に小さな碧の姿があった。


「碧!」

「ママ!」

 未来は転がるように駆け寄った。

 碧をぎゅっと抱きしめる。


「碧! 碧! 良かった……」

「ママ……」

「碧!」

 立ち上がった田崎も二人のもとに駆け寄った。


「パパ」

 三人は強く抱き合った。泥と汗と獣の臭い、そして確かな温もり。


「良かった…… 本当に良かった……」

 未来と碧の顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。


 一方、リューシャもケイを抱きしめていた。


『母さん』

『ケイ……』


 リューシャはゆっくりと立ち上がった。


 まだその紋様は激しく脈打っていた。


 やがて碧の光が収束していった。


『……まだ、何も終わってない』


 暗闇の向こうで使い手の紋様が不気味に光った。


 チリーン…… 鈴の音が静かに鳴る。


 その背後で、光で崩れ落ちたはずの鬼猿が、より濃い闇を纏って再び立ち上がる。


 ジムニーはまだ静かにエンジン音を発していた。


「くうん」


 ジムニーの中で、碧の光を受けたイリナが、長い眠りから目覚めようとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ