( 二 )
一方その少し前、森の中では……
チョーローが気づいたとき、そこは闇の森だった。
傍らでうずくまっていたケイが頭を振って起き上がる。
『やれやれ、まだ里の近くで助かったというか……』
——あの膨大な影の量……禍々しい光
そしてケイの左手背に乗り移った紋様の意味……
チョーローは嫌な予感に表情を曇らせた。
『チョーロー? ここは……』
『わしとしたことが、転移場所を定めることができなかったわい……』
嘆息したチョーローだったが何ものかの意思が介在しているような感覚があった。
ケイが周りを見渡した、そのとき——
チリン……
鈴の音が響いた。
ケイとチョーローの耳がそのかすかな音を捉える。
『使い手じゃ……』
その声にケイは緊張が走った。
ドクン……
それと同時にケイの左手が再び疼いた。
左手の手背に刻まれた紋様が光り出す。
『これは? カケラの紋様……』
漏れ出す光を抑えるように右手で紋様を押さえた。
しかし、光は指の間から漏れ出る。
『これは何? チョーロー……?』
『その詮索はあとじゃ……』
チョーローが、空を見上げる。
羽ばたきの音とともに嘲るような鳴き声を出して、上空に複数の羽猿が舞っていた。
『こんなにたくさんの羽猿……』
ケイは疼く左手を気にしながら腰の小弓に手を伸ばし、右手は矢筒の蓋を開ける。
チョーローが矢筒に手をかざし、低く詠唱を始めた。
そのとき、上空を舞う羽猿の一匹目がケイの姿を捉える。
鉤爪を剥き出して急降下したとき、
弓弦がヒュンと鳴った。
放たれた矢は開いた羽猿の口に命中し、頭を突き抜けた。
どすんと落ちた羽猿はすでに絶命しているが、それを確認することなく二の矢を放つ。
さらに降下する羽猿の胸に矢が突き立つ。
『影の力を打ち消す光の加護じゃ……』
チョーローの光の加護を受けた矢は、次々と羽猿を落としていく。
母親から手ほどきを受けた早撃ちの技だった。
弓弦の音が響くたび、羽猿は撃ち抜かれる。
気づけば十匹に及ぶ羽猿を撃ち落としていた。
『わしらを狙ってきておる……その紋様の光じゃな……』
羽猿は次から次へと森の奥から湧き出すように飛来してきていた。枯れた木に止まり獲物を窺うように二つの影を狙っている。
鋭い鳴き声の一声とともに、一気に複数の羽猿が急降下してきた。ケイは弓を腰に戻すと長剣を抜き払う。その長剣にチョーローの光の加護が宿る。
頭上からケイに襲いかかる一匹を横っ飛びで避けながら、剣を振るうと付け根から片足が切断される。背後から狙う一匹を振り向きざまに突き刺す。左右から同時に来る羽猿を一息に薙ぎ払う。
白く輝く剣の残像が閃くたびに羽猿の体から血が舞った。
まるでダンスを踊るように軽やかに剣を振り回す。翼を絶たれ地面に這いつくばるもの、腹を抉られ臓物を撒き散らしながらもがくもの、首を刎ねられ地に落ちる羽猿が積み重なっていく。
チョーローの光を一太刀でも浴びた羽猿は、洗脳が解かれたかのように恐怖に駆られ、散り散りに逃げ出していく。
しかし数の差は次第にケイの体力を奪っていく。
ケイの顔に焦燥と疲労の色が見え始めた。
『”使い手”に……見張られていたか……』
チョーローがつぶやいた時、
ちりん……
また鈴が鳴った。
『光が……』
ケイの手の甲の紋様の光が消えた。
翼の音が一瞬止む。
次の瞬間、羽猿が一斉に飛び立った。
そしてしばらくして、エンジンの爆音が森に轟いた。
『まさか……鉄の……車……』
チョーローの表情が険しくなった。
『ケイ! 異界人が来ておる!』
ケイはその言葉を聞くとすぐに走り出していた。
『標的が変わった?……何故じゃ?』
ケイは剣を鞘に戻すと走りながら弓に矢をつがえた。
——ぼくたちのせいで……
異界のものを巻き込んでしまった……
ケイは唇を噛み締めた。
森を抜けると視界が開ける。
そこには羽猿に襲われて走り回る鉄の車の姿があった。
——母さんが言ってた、鉄の車……?
小屋にある動かない鉄の車とは、形が違う。
そして、母から聞いたその鉄の車の名は覚えていた。
——もしかして? あれが、ジムニー……?
ケイは、狙いをつけながらも胸が高鳴るのを抑えられなかった。




