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軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜  作者: タキ マサト
第四章 暴走

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32話 薄氷

 闇の森東部、グラン隊副長は絶体絶命の戦いを強いられていた。


 闇の森の入り口から少し入ったところ、罠を潜り抜けた鉄騎軍と囮部隊五十騎の交戦が始まっていた。囮部隊は包囲しつつある鉄騎軍に徐々に押されていた。


 その鉄騎軍の側面を突くグラン隊副長は静かにナヴィの合図を待っていた。


『今だ! 結界を開く!』

 ナヴィの声に合わせるように副長が叫んだ。


『突撃!! 囮部隊を助けろ!!』

 副長は槍を構え、結界を抜ける。そこは乱戦だった。


 囮部隊は鉄騎軍に追い詰められていた。


 そこに側面から切り掛かる。


 しかし、それは鉄騎軍の後方部隊にとっては隙だらけだった。

 あっという間に闇の森の小径は、敵味方の人馬の死体で埋め尽くされた。


『撤退!! 森に入れ!! 南西に逃げろ!!』

 副長が戦場で血に塗れた剣を振り上げ、叫んで回った。

 その背中に鉄騎軍の剣が迫る。


 そのときだった。

 地面が揺れ始めた。


『な、なんだ……?』

 鉄騎軍の騎士が馬上で動揺する。地鳴りが近づいてきていた。


『スタンピードがくるぞ!!』

 ナヴィが副長の鞍上で叫んだ。


『スタンピードだ!! 全軍、逃げろ!!』

 副長は声を限りに叫んだ。振り返りざま鉄騎軍に槍を振り下ろす。


『全力で逃げろ!! バラバラに逃げろ!! 作戦三段階目だ!!』

 その声に混乱の中で浮き足立った囮部隊は、森に駆け込むことに成功した。


 本隊二百騎が割って入り、鉄騎軍と応戦しながら退却を始める。

 その後はハンク隊と合流する予定だった。


 森の中でのゲリラ戦を想定していたため、突然の事態に素早く対応できたのだった。


『全員逃げろ!! 早く!!』

 副長も馬首を翻し、南西に駆け出す。


 そして猿が津波のように押し寄せた。


『グルルルルッ!!!』

 赤い狂乱の目を光らせた猿の群れが、グラン隊と鉄騎軍に襲いかかる。


『うわあああ!!』

 鉄騎軍の後続部隊が猿の群れに飲まれる。


 グラン隊も無傷というわけにはいかなかった。

 東側の部隊も同じく猿の群れに踏み潰されていく。


 猿の群れは馬を押し倒し、騎士に飛びかかり地面に押し倒す。

 それは次から次へと戦場に現れ、倒れた人馬を地面に沈ませていった。


 阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。


『敵に構うな!! 馬を走らせろ!!』

 グラン隊は一目散に逃げ出していく。


 スタンピードの情報がなかった鉄騎軍は恐慌状態に陥っていた。


 グラン隊を追いかける部隊、逃げ帰る部隊、直進する部隊。

 それぞれが時間差で現れた猿の群れに蹂躙された。 


 鉄騎軍千騎は、ほぼ壊滅した。


 しかしグラン隊の被害も甚大だった。


 その日の午後、ハンク隊と合流できた騎士は百騎に満たなかった。




  *




 同じ頃、街道上の峡谷。


 ヴォルノ隊はグリファス元団長の援軍によって鉄騎軍を退けることに成功した。


 グリファスは峡谷の狭隘部に防衛線を新たに引いた。


『グリファス団長……』

 ヴォルノは涙をこらえた。


 病を得たグリファスの顔は痩せ衰えていた。

 かつての豪快な笑顔は影を潜め、頬は痩せこけ、目の下には隈ができている。

 それでも、その瞳には強い光があった。


『なあに……』

 グリファスは咳き込んだ。


『守備隊にも優秀な指揮官はおる』

 また咳き込み、痰を吐く。血が混じっているようだった。


『老骨に鞭打って……馬に乗って来た、だけよ』

『団長……!』

 グリファスは南部守備隊の騎兵八百騎を率いていた。


 聖都への進軍中にヴォルノ隊の避難誘導部隊の先遣部隊と出会い、封印と錫杖を守るため草原を駆け抜けてきたのだった。


『歩兵、弓兵合わせて五百もこちらに向かっておる』

 グリファスはヴォルノの肩に手を置いた。


 ヴォルノは満身創痍の体を起こす。

 手当てが終わったところだった。


『ヴォルノ団長、よく生きていてくれた……』

 ヴォルノの目から涙がこぼれ落ちた。


『ここは南部守備隊が守り抜く』

 ヴォルノ隊には無傷の騎士はいなかった。

 馬に乗ることのできた騎士は、百五十騎に満たない。


『新しい法王猊下を……』

 グリファスは空を見上げた。


『お前の力と騎士たちで必ず守れ……』

『はッ! 必ずや!』

 ヴォルノは敬礼で返し、グリファスは苦笑した。


『団長は、お前だ。さあ手当が終わったら、行け。ホーガイ殿とともに小人の結界まで出れば治療ができる』


『グリファス元団長…… 必ず、必ず生きてまたお会いしましょう……』

 ヴォルノは再び鎧をつけ、馬上の人となる。


『ヴォルノ隊! 整列!!』

 ヴォルノは声を張り上げた。グリファスに向き直る。


『ここはグリファス元団長にお願い致す! 我が隊はホーガイ様の護衛に向かう!』

 ヴォルノは手負いの部隊を率い、陽が沈みかかる街道上を西に向かった。





  *





 陽が西に傾くと闇の森は薄闇に閉ざされていく。


 二つの目を光らせ、ジムニーは森を西に向かっていた。


 小径は張り出した木の根や岩を乗り越えるために、何度も切り返し、乗り越えなければならなかった。


 その度にエンジンをふかし、排気ガスを吐き出す。


「モーイ? その闇の民との合流場所はまだ遠いの?」

 未来の声は焦りと苛立ちにまみれていた。


「碧、待ってて……」

 未来は歯を食いしばった。


「もう少しなんだけどね……」

「さっきから、そればっかりじゃない!」

 また猿の群れがいつ現れるかわからない。


 リューシャは助手席で緊張した面持ちで小弓を構え、耳を澄ましていた。


 ジムニーは変わらず低速四輪駆動での走行を余儀なくされている。

 ハンドルを握る未来は一瞬、水温計の警告表示が出たことに気づいた。


「やば…… 圭一? これ以上、走ると……」

 未来はブレーキを踏んで、エンジンを切った。

 静寂が車内を包み込む。


「オーバーヒートか……」

 止まった車内で重苦しい沈黙が漂った。


 そのとき、モーイが顔を上げた。


「オムカから…… 連絡が来た…… 猿が来る……」

 その顔が緊張に包まれた。

「……またスタンピードか?」

 田崎の顔が青ざめる。イリナはまだ目を覚さない。


「グラン隊と交戦中。暴走じゃない…… 使い手が呼び寄せた猿…… こっちに来る」

「どうするのよ?!」

「逃げないと……」

「だから、これ以上走るとオーバーヒートで車、壊れるの!!」

「オーバーヒートって何?」

 未来は頭を掻きむしった。


「エンジンを冷やすための冷却水が熱で沸騰して、エンジンが焼き付くの!!」

「じゃあ、冷やせばいいだけね」

「簡単に言わないで!!」

 未来が叫んだ後、何かに気づいたようにモーイに尋ねた。


「もしかして、何か魔法があるの? 天才小人さん?」

「影で覆ったらキンキンに冷やせるよ、日本の夏は暑いからね…… 東京にいたころは……」

「早く言ってよッ!! それッ!!」


 未来が遮って怒声を上げた時、リューシャの耳がぴくりと動いた。


『シッ! ミク殿、来る……』

 リューシャが鋭く警告を促す。

 イリナに寄り添うリーが唸り声を上げた。


「早く! 冷やしなさい!!」

 未来はエンジンキーをひねった。


 暖房をマックスに上げ、窓を全開にする。


 ジムニーのエンジンが震え、うめくように重低音を響かせる。


 不気味な冷気が車内に入り込み、暖房の熱と溶け合った。


 モーイが詠唱を始めると、手のひらから出た影がエンジンルームに入り込む。


 エンジンルームを暖房で強制排気しつつ、モーイの術で冷却水を冷ましていく。


 次の瞬間、ジムニーは飛び出した。


 窓を全開にしたジムニーの車内に猿の雄叫びが響いてきた時だった。


「掴まってなさい!!」

 未来はギアを高速四駆に叩き込むと、アクセルを徐々に踏み込んでいく。


 小径の両側は斜面になっていて浅い谷を形成している。


 そこにスピードを上げたジムニーで乗り上げていく。


 車体が斜めに傾き小径の障害物を回避する。


 ヘッドライトが闇を切り裂き、どすんと車体が小径に着地する。


 モーイは杖を障害物のない方向へ向けた。


「そっちね!!」

 未来がハンドルを切る。

『グアアアアアッ!!』

 田崎が後ろを振り返ると、赤い目を光らせた豹猿の群れが追走してくるのが見えた。


『リューシャ!! 豹猿!!』

 田崎が現地語で叫んだ。


 その時、バックドアのガラスに豹猿が飛びかかった。


 衝撃とともにヒビが入っていたガラスが砕け散る。


 豹猿はスペアタイヤにしがみつき、その凶悪な顔を覗かせた。


『タサキ!!』

 リューシャが叫んで振り向くと、長剣を田崎に手渡した。


 リューシャと田崎の目が合う。

 田崎は長剣を受け取ると鞘から抜いた。


「うおらああ!!」

 窓ガラスを突き破り、太い前脚を車内に入れ込む豹猿の顔に剣を突き刺す。


『ギャンッ!!』

 顔を切り裂かれた豹猿は血飛沫を上げ、暗闇へと転がり落ちた。


 だが、次の豹猿が飛びかかる。リューシャは揺れる車内で小弓に矢をつがえた。

 助手席の窓から身を乗り出し、狙いをつける。

 迫り来る赤い目に向けて矢を放つ。

 悲鳴が闇に吸い込まれていく。


「ミク!! この先、崖だ!! 飛び越えよう!!」

 モーイが前方を杖で指して叫んだ。


「もっとスピード上げて!!」

「わかった!! いけええええ!!」


 未来はアクセルを床まで踏み込んだ。

 エンジンが爆音を上げる。

 スピードメーターの針が頂点を超えて右側へと傾く。

 

 飛び跳ねるようにぐんぐん速度を上げるジムニーは、豹猿の一団を置き去りにした。


『リューシャ!! 掴まって!!』

 そして、斜面を一気に駆け上がり——


「ミク!! 飛ぶよ!!」

 モーイが叫んで座布団にしがみついた。


 ジムニーが宙に浮く。


『きゃああああ!!!』

「うわああああ!!!」


 その時、田崎は見た。


 ヘッドライトで照らし出された小径は、崖の手前で折れ曲がっていた。

 

——道から外れた……

 

 ジムニーは、暗闇の空に飛び出した。



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