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軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜  作者: タキ マサト
第三章 修羅場

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19話 対峙

 闇の森奥深くに佇む古い寺院。枯れた木々が不気味に枝を伸ばし、建物を半ば覆い隠している。日が昇ってもなお薄暗く、回廊の半分は深い闇に沈んでいた。

 朝の冷え込みが厳しい。

 闇の民に救われて、ここに連れて来られてから一晩が経過していた。


 ケイの傷は昨日のうちに闇の民によって手当てをされていた。

『小人の里の膏薬とは違う…… 影の力……?』

 傷口は黒い影のようなもので塞がれていた。


 暖炉の火に当たりながら、ケイは自分の左の手の甲に刻まれた紋様を見ていた。

 昨晩から、その紋様から滲むように影がこぼれ落ちていた。

――”絶望”を意味する言葉……

 小人の里で羽猿に連れ去られるときに光った以来、紋様は沈黙していた。

――希望の言葉…… の紋様……

 碧の手の甲をちらりと見る。その紋様も光ることはなかった。


 二人にあてがわれた小部屋で碧がリュックからグミの袋を取り出した。

『ケイ兄ちゃん…… お腹空いたよ……』

 碧は最後のグミをケイと分け合い、口に放り込むとしゃがみ込んだ。

 二人のお腹が同時に鳴って、二人は少し笑った。

『碧……ちょっと待ってて。何か食べ物があるか聞いてくる』

「待って、わたしも行く」

 何かを話して立ち上がり部屋を出て行こうとするケイを、碧は慌てて追う。

 碧はケイの手を握りしめ、オドオドと周囲を見渡しながらついていく。

『弓矢があれば鳥でも狩ってくるんだけど……』

 ケイがつぶやくが、当然碧には通じない。大きく開いた窓から鳥が飛び立つのが見えた。

「見て! ケイ兄ちゃん! あれ何?」

 碧は窓辺に駆け寄った。石像の頭のようなものが見える。ケイも眉をひそめて窓辺に向かう。

「な、なに、あれ……?」

 寺院の裏側は切り立った深い崖になっており、その谷底から突き出すように巨大な石像が立っていた。

 下の方は暗く足元はよく見えない。窓からはその巨大な猿の横顔だけが見えた。

 その頭に不釣り合いな長い首は鱗に覆われ、眼下には逞しい筋肉質な体と太い手足が見える。背中には巨大な翼が生えている。

 二人はごくりと唾をのみこんだ。

「ド…… ドラゴン…… モンキー……?」

 その猿の目がぎょろりと動いたような気がした。

「……!」

 碧はぺたんと座り込んだ。田崎が酔ったときに言っていた竜猿の話を思いだした。

 ケイもその大きさに驚きを隠せなかった。

 一年前に小人の護衛で巌窟寺院に行ったときに見た竜猿の石像より、はるかに大きかった。そのとき、前方から黒い影が杖をついて歩み寄ってきた。


『古の竜猿じゃ……』

 黒い人影の中で、もっとも小さな体だった。腰が九十度に曲がっている。

『……こやつはもう死んでおる…… 怖がることはない』

 人影から乾いた笑いが漏れた。

「今、目が動いたよ……」

『アオ、問題ないよ……』

 ケイが碧の肩に手を置いた。

『問題ない、ない!』

 碧は暇さえあれば手帳の単語帳を見ていた。自分の目を指差し再び言った。

「目が、目が動いたもん! 本当だよ!」

 ケイは困った顔をして、黒い影を見つめた。

『依代の子らよ…… お腹が空いたろう…… 我らは必要ではないが……』

 黒い影のフードから目が覗いた。その赤い目は限りなく透き通っていた。その目が碧の目を覗く。碧はその目に見つめられると金縛りにあったように動けなくなった。

『なにか、食べられるものを取って来させよう…… こんな森でも鳥もいれば魚もいる……』

『長老。探しましたぞ』

 背後から歩み寄ってきた別の黒い影が静かに頭を下げて言った。

 長老は乾いた笑いを立てると、歩き去っていった。

「な、なにケイ兄ちゃん、なんて言ったの?」

『食べ物、あるって』

『食べ物?』

 碧の目が光を取り戻した。


 そのとき、二人の紋様が疼き出した。

「痛い……」

 紋様は一瞬脈打ち、その模様の輪郭がぼやけて薄くなり始めた。


――紋様が消える……? これは…… イリナ姉さんの光を感じる……


 その瞬間、再び紋様が脈打ち始めた。紋様が再びくっきりと浮かび始め、疼きが止まった。


――紋様が消えたら、祭壇の復旧はできない……


 ほっとして立ち上がったケイは、そのとき窓の外の竜猿と目が合った。

 ぎょろりとその横顔から見える左目がケイの姿を捉える。


「ケイ兄ちゃん?」

 碧が振り向いて石像を見たときは、竜猿の目は正面に戻っていた。

『目が、動いた……』

 ケイは呆然として立ち尽くした。

「……ケイ兄ちゃん」

 そのとき後方から来た黒い影がケイに声をかけた。

 ケイははっと我に返る。

 元の小部屋に誘導しようとするその声に頷いた。


 ケイは去り際に再び窓の外の竜猿をちらっと見た。


 竜猿の視線は動かなかったが、後頭部に細かなヒビが入っていることにケイは気が付かなかった。




  *



 

 ジムニーのエンジン音が止まったのは夕方だった。

 途中、未来は田崎と運転を代わった。


 小川のほとりで休んだときだった。 

 オムカとモーイで結界を張る。


「リューシャさん? その格好じゃ、さすがに寒いでしょ? 泥だらけだし……」

 未来は、リューシャの田崎が着せたジャケット一枚の姿を見てため息をついた。

「それにひどい傷…… ちょっと見せて」

 手首と足首の傷を看る。そしてバックドアを開けると未来の旅行カバンから、バスタオルとピンクの上下のジャージ、下着と肌着を次々と取り出した。

「ちょっと持ってて」

 それらはリューシャの両手に次々と積み上げられていく。

「そこの小川で汚れと血を落としたら、小人の薬で治療するから、そのあとそれ着てちょうだい。靴のサイズは合うかな? 圭一のスニーカー借りるわね」

 てきぱきと指示を出す。

「イリナはもう起きられる? 何か食べる? 男子はこっち見ないで」

 リューシャは水浴びをしたあと、未来に小人の薬で治療してもらった。

「傷だらけじゃないの……」

『ツッ!』

「ずっと戦ってたのね……」

 未来は手際良く小人の薬を塗り、葉っぱを貼っていく。そしてリューシャに服を着させていった。


「うん、サイズはぴったりね」

 未来とリューシャが並ぶと身長はほぼ同じだった。

「胸の大きさは負けるけど……」

 その目がリューシャの豊満な胸に注がれた。

『感謝する……えー?』

「わたしはミク。圭一の妻よ」

 モーイが訳していく。未来は手を差し出した。

『私はリューシャ。タサキと契りを結んだもの。こちらでは私がタサキの妻だ』

「なんて言ったの? モーイ? リューシャとタサキはわかったけれど?」

「もにょもにょもにょ」

「もにょもにょ言ってないでちゃんと訳しなさい!」

「リューシャは、……こっちの世界での田崎の妻だってさ」

 未来の差し出した手が強張った。

「ふーん? よろしくね。リューシャさん」

 未来の声は笑っていたが、目は笑っていなかった。

 差し出された手を、リューシャが強く握り返す。

『こちらこそ、よろしくミク』

 ギリギリと骨が軋むような音が聞こえそうだった。二人の視線の間で、ばちばちと火花が散る。

『タサキはああいう女性が好きなんだね』

「オムカ…… 俺、明日生きてるかな?」

 オムカと田崎はジムニーの影から、こわごわ二人の成り行きを見ていた。

「圭一がロリコンじゃないと分かって安心したわ」

 じろりと田崎のほうを見て、ため息をついた。

「イリナはどう?」

 田崎は首をふる。モーイから「あれだけ強い力を使ったら丸一日は動けないよ」と聞かされていた。

「今はもう少しここから離れよう。明日またグラン隊と合流しないといけないからね」

 モーイが言って、小休止は終わった。


 夕暮れにジムニーが着いたのは闇の森の境だった。


「この森のどこかに碧とケイはいるわけね?」

 未来がモーイに話しかける。リューシャの顔が沈んだ。

『ケイは強い。問題ない。きっと二人でどこかで助けを待ってる』

「碧だって、強いわよ」

 二人の視線が交差した。はあと未来の方から視線を外す。

「碧とケイを助けるまでは休戦よ。いいわね?」

 モーイの通訳を聞いたリューシャは驚いたように瞬きし、やがて小さく微笑んだ。

『承知した。……タサキが異界でも良い伴侶を選んだこと、嬉しく思う』

「い、異界? なっ……余裕ぶってんじゃないわよ」

 未来は顔を赤くして視線を逸らせた。

 その目がリューシャに刻まれた左手背の紋様を捉える。

「……この紋様が共鳴するのね?」

「それが出来るのはイリナとチョーローの光の術だけだよ。イリナは明日まで動けないし、今日は食べて休もうよ」

 モーイがあくびをした。


「圭一、出来た?」

 田崎は、クッカーとコンロでクーラーボックスの食材で簡単な調理をしていた。祖父に頼まれてコメを買ってあったのが助かった。


 焚き火を囲んで一行は食事を取った。イリナは寝袋に寝かせていた。食事の間、リューシャはずっと田崎から目を離せないでいた。目が合うとリューシャは微笑んだ。


『私が見張りをするから、二人は寝て。その寝袋はいらない』

 リューシャは長剣を手に持って立ち上がった。

 焚き火の側でレジャーシートを敷き、寝袋に二人はくるまった。


「圭一? リューシャさん、やっぱり綺麗な人ね……」

 その声はどこか不安な響きがあった。

「……エルフって言うんでしょ?」

 その揺れる瞳を田崎はまっすぐ見つめた。

「未来、碧を早く助けて三人で帰るから。大丈夫、絶対に三人で帰る」

「……ありがとう」

 未来の目が潤んだ。


 空に浮かぶ月は満月に近くなっていた。


 満月まであと四日――




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