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軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜  作者: タキ マサト
第二章 虜囚

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12話 兄妹

 ケイは水の滴る薄暗い洞窟で目を覚ました。どのくらい眠っていたのかわからない。反射的に腰に手を伸ばそうとして後ろ手に縄で拘束されていることに気づく。両足も縛られていた。濡れた床から冷気が這い上がり、服に染み込んだ水が体温を奪っていく。かたわらには碧が同じように縛られて横になっていた。

 暗闇に目が慣れてくると、荷物が反対側の壁に無造作に放り出されているのが見えた。その先には鉄格子がはめられている。ケイは耳を澄ました。複数の獣の足音、羽ばたき、それに混じり人の話し声も聞こえる。


――月の民……?


 内容までは分からない。

「ここ……どこ……?」

 そのとき碧が震える声を絞り出した。

『アオ……?』

 ケイが小声で呼びかける。

「ケイ……? 寒いよ…… 怖いよ……」

『アオ。大丈夫だ。ぼくが助ける』

 お互い言葉は通じない。しかし碧の意識があるという状況に、ケイは少しほっとした。

 ケイは床を這い、碧の背中に寄り添うように体を寄せた。

「ケイ兄ちゃん……あったかい……」

 そのとき、碧の後ろ手に縛られた縄の結び目に触れた。ケイは縄に噛みつき、顎に力を入れて引っ張ると結び目が少し緩んだ。碧の手がかすかに動く。

「ケイ兄ちゃん……少し緩んだ……」

『くっ……』

 必死の形相で縄に食らいつき、顔を左右に振る。

「頑張って……」

 碧の小さな手も縄から抜け出そうと、もがく。

 そして、

「取れた!」

 小さな片手が抜け、自由になった。

『しっ……』

 碧は足の縄も外そうとするが、非力でかじかんだ震える手では固い結び目はほどけない。周りを見る碧の目に、リュックが止まった。這うように移動し、リュックを抱えてケイの元に戻る。

「あった」

 碧がリュックから取り出したのは、ケイからもらった小刀だった。ケイの目が見開かれる。碧は鞘から刃を抜いた。冷たい刀身がわずかな光を拾って鈍く輝く。慣れない手つきで、擦り切るようにケイの縄に押し当てるが切れない。

 そのとき、コツコツと石の床を杖で叩く複数の音が響いた。

『ァォッ……』

 小さく声をかけ、ケイは小刀を要求するように手を動かした。はっとした碧はその手に小刀を握らせた。

 コツコツという音は近づいてくる。

 ケイは身を横たえると、背中で小刀を持ち替えて見えない刃を慎重に縄に当てた。碧も慌てて手を後ろに隠し、寝たふりを装う。

 ほどなくして音が止まった。鉄格子の向こうにゆらりと複数の影が立つ。

『依代ども……無駄なことを……』

『まあ、好きにさせておけ、ここからは出られない』

『導き手様はまだか……?』

『明後日、到着されるそうだ』

『裏切り者どもの動向は?』

『所詮、力を失った闇の輩……なにも出来んて……』

『だが、用心に越したことはない……』

 身を凍らせるような冷笑が響いた。

『決して殺さぬように見張れ……』

 影がチリンと鈴を鳴らす。

 その音に呼応するように、「ぐるるる……」と唸り声が上がり、獣の気配が滲み出た。

 黒い影が去ると鉄格子の向こうに猿の顔を持つ犬——狗猿が二匹現れ、吠え立てた。

「ひっ!……怖いよ……ケイ」

 ケイは耳をすますと再び刃を縄に当てた。石の出っ張りに小刀を固定し、少しずつ擦りつけるように縄を切っていく。プチ……繊維が弾け、力が緩み手が自由になった。ケイはすぐに足の縄も断ち切り立ち上がる。碧の足の縄も切ると、碧はへたり込むように座り込み、涙目でケイを見上げた。

 ケイは荷物を探ったが弓と矢筒、長剣は持ち去られていた。ただ、ひょうたんの水筒が入った背嚢だけはそのまま残されている。


――今は殺す気はない……


 ケイは水筒に口をつけた。碧もリュックを探り、自分の水筒を取り出した。ぬるくなったお茶が喉を通ると、碧の心にわずかな落ち着きが戻ってきた。

「ケイ兄ちゃん……」

 こわごわと鉄格子の向こうを覗くと、狗猿が歯を剥き出しにして威嚇してきた。その悍ましい姿に碧は息を飲み、座ったまま後退った。

 碧はリュックに手を入れるとLEDライトを探り当てた。スイッチを入れると、白い強烈な光線が洞窟を切り裂いた。狗猿が驚いたように吠え続ける。碧は慌てて光を消した。

『魔法……?』

 ケイが驚いたように碧に近づいてくる。碧は代わりにスマホを取り出し、ライトをつけた。暗闇にぼんやりと青白い明かりが浮かぶ。バッテリーは残り四十二%。待ち受け画面には、笑顔のパパとママ、リー、そして自分が笑顔で写っている。

「パパとママが……絶対に助けに来てくれる……」

 時間表示を見ると四時半を過ぎたところだった。

「朝…… 一日経ってる…… ずっと寝てた……?」

 碧は、その光でカイロを取り出した。袋を破り、シャカシャカとカイロを振ってからケイに手渡す。

『アオ、これも……魔法……?』

 じわりと広がる暖かさに驚くケイに、碧は小さく笑って「カイロだよ」と囁いた。言葉は通じないが、その温もりだけで十分だった。続いて碧はグミの袋を取り出した。

「ケイ兄ちゃん? お腹空いてない?」

 碧はグミをひとつ摘んで自分の口に放り込むと、ケイにも一粒差し出した。ケイは不思議そうにぷにぷにした紫色の粒を見ていたが、意を決したように口に放り込んだ。甘酸っぱいグレープの味が口いっぱいに広がり、ケイの目が丸くなる。

『甘い……果実……じゃない』

「グミだよ」

 その不思議な食感に驚くケイに、碧はまた一つ口に入れてくすりと笑った。それからケイに袋を傾けてみせる。ケイが慌てて両手を出すと、紫の粒がいくつかこぼれ落ちた。そのままケイは頬張る。ケイの顔に、年相応の幼い笑みがこぼれた。

 その笑顔に吊られて微笑んだとき、碧はリュックの肩紐についた防犯ブザーに気がついた。丸いプラスチックを握りしめる。紐を引っ張れば、鼓膜が破れるような音が鳴るはずだ。


――もしかして、あの気持ち悪い犬に使えるかも。

 ここぞと言う時にこれを使えば……


「わたしだって、パパとママの子だもん。負けない」

 碧はリュックを背負った。ケイも背嚢に手を入れていた。取り出した黒い手帳を碧に見せた。

「手帳……パパの?」

 碧は再びスマホのライトを手帳に向けた。ケイは後ろのページを開くと、そこにはカタカナで現地の言葉が記されていた。

「うそ……辞書……? カタカナで書いてある」

『ケイ兄ちゃん。好き』

 碧はページの最初に書かれた「ありがとう」を指差しながら口にした。ケイは少し笑って指で下の「好き」と「ありがとう」を交互に指し示した。

『アオ。それは、ありがとう、じゃないよ』

「?」

『ケイ兄ちゃん、好き』

 ケイは苦笑して『ぼくもアオ、好き』と返した。

 ケイは手帳を碧に手渡すと、代わりにスマホを貸してくれというように手を差し出した。

 受け取ったスマホのライトで洞窟内をくまなく照らした。岩の割れ目から水が滴っているが、人が抜けられるような穴はない。天井までは光が届かないが、閉塞した空間は空気が澱んでいる。風の流れは感じなかった。出入り口は鉄格子しかないようだ。

 ケイはため息をつくとスマホを碧に返した。

 そして濡れていない地面を選んで座り込む。そこに碧が寄り添うように腰を下ろした。

「ケイ兄ちゃん。わたしたち、どうなっちゃうのかな?」

『……』

「そうだ、もう『朝』だよ」

 碧は手帳を見て「朝」という単語を指さして伝えた。

『朝……?』

 ケイは驚いて周りを見渡す。

 何かを考え込んでいるようだった。


 どのくらい時間が経ったのだろうか、手に持つカイロは冷えてきていた。かじかんだ手はその温もりで動くようになってきていた。

『アオ?』

 ケイは耳を澄ませた。鉄格子の前にいる狗猿以外の気配はない。

「なに? ケイ兄ちゃん」

『明かりを……』

「?」

 ケイは手で四角い形を作るが、薄暗い洞窟では見えない。何かジェスチャーをしていると察した碧は、スマホを取り出して明かりをつけた。

『そう、それ』

 ケイは手を伸ばしスマホを受け取ると、音もなく鉄格子に近づいていく。狗猿はその姿を見て立ち上がり唸り声を上げた。

 ケイが鉄格子に手を触れた瞬間、狗猿がその手に噛みつこうと飛びかかる。慌てて手を引っ込めるケイ。ライトを鉄格子に照らすと、入り口と思しき柵には鎖が何重にも巻きつき、頑丈な錠前がかかっているのが見えた。隅々まで明かりを照らしていく。

 幅は二メートルほど、高さは闇に溶けてわからない。

 右端の鉄格子の根元が赤錆びているのが見えた。狗猿もケイの動きに合わせて移動する。ケイは右手に持っていた冷たいカイロを狗猿の顔めがけて投げつけた。さっと飛び退く狗猿。その隙を突き、ケイは錆びた鉄格子に体重を乗せて蹴りを放った。

 ガキンッと鈍い音がして、鉄格子の根元が砕けた。手でこじ開ければ人が通れる隙間ができそうだった。


――ここから出られる?


 ケイは小刀を抜き、早鐘を打つ心臓を落ち着かせた。手を伸ばすと狗猿が吠え立てる。

 そのとき、後ろにいた碧がLEDライトを狗猿に向けた。

「ケイ兄ちゃん!」

 声をかけると同時に、LEDの強烈な閃光がケイの背後から放たれた。

「ギャンッ!」

 狗猿が悲鳴を上げ、目を覆うように飛び跳ねる。


――今だ。


 ケイは鉄柵を掴み、渾身の力で右にこじ開けた。

『アオ!』

 ケイは素早く手招きをする。左手で碧の手を掴み、無理やり隙間に押し込んだ。狗猿は目を焼かれて動けないでいる。

「わっ?!」

 リュックが格子にひっかかり、防犯ブザーの紐が引っ張られた感触があった。

 碧の心臓が一瞬止まった。次の瞬間、


キュインキュインキュイン!!!


 鼓膜を突き刺すような高周波の電子音が炸裂した。ケイが驚愕の表情で耳を押さえてうずくまる。体勢を整え直そうとした狗猿が、何かに打たれたかのように反射的に二メートル近く飛び上がったかと思うと、背中から落ちて泡を吹いて痙攣した。狭い洞窟内で音が大音量で乱反射し、脳を揺さぶる。

「ケイ兄ちゃん!! 防犯ブザー鳴っちゃった!! どうしよう!!」

 碧は大声で叫ぶが、ブザーの轟音でかき消される。碧は呆然として立ち尽くすケイの手を握った。

「手が届かない!! ブザー止められない!!」

 防犯ブザーの紐は引っ張られた反動でリュックの背中側の網に食い込み、碧の手の届かない位置で暴れている。

「早くッ! 早く逃げよッ!」

 その必死な顔に、はっとしたケイは手を握り返した。

『アオの魔法か……』

 ケイは鉄柵を潜り抜けると、暗い洞窟の通路へと躍り出た。空気の微かな流れを肌で感じ、その方向に碧の手を引いて走り出す。

 にわかに前方が騒がしくなってきている気配がした。

 しかし、ケイの鋭敏な聴覚は、あの耳障りなブザーの音で麻痺していた。


――音が拾えない……!


 頭の中でけたたましく鳴り響く残響音に苛立ちながら、ケイと碧は深い闇の中へと溶け込んでいった。


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