第7話 竜騎士団の式典と試練
王都に、夏の終わりを告げる鐘が鳴り響いていた。
遠征を終えた竜騎士団の凱旋を祝うため、国王主催の祭礼が開かれる――それは毎年この季節に行われる、国中が注目する大イベントだ。
王城の前庭には屋台が並び、貴族も平民も垣根なく集まる。
そして、その目玉は――竜たちによる飛行披露。
金の鱗をもつ竜ディーノは、騎手がいなくともこれまで毎年のように空を舞い、観客を魅了してきた。
だが、今のディーノには“翼”がない。
竜の姿を失ったわけではないが、飛行能力はない。
だからこそ、今年は出場を辞退するはずだった。
――そのはず、だったのだ。
*
「お父さま、わたし……出たいです」
その夜の食卓で、ミエラはまっすぐにそう言った。
父、母、兄たち、そしてディーノ。全員の視線が一斉にこちらへ向く。
銀の燭台の炎がゆらめき、緊張に包まれた空気を照らした。
「ミエラが……祭礼の飛行披露に?」
父が眉をひそめる。母もそれに続く。
「あなた、訓練を受けた竜騎士ではないでしょう。危険すぎます」
「ええ、わかっています。でも――」
ミエラは小さく息を吸い込んだ。
「“役たたず”で終わるのは、もう嫌なんです」
その言葉に、兄たちがハッと息をのむ。
あのモブ女の言葉を、ミエラがどれほど気にしていたか。
家族は気づいていなかった。けれど。
「竜に乗れなくても、空が怖くても……。
でも、わたしはディーノの番として、“飛ぶ”っていうことを、ちゃんと知りたい」
ディーノが、ゆっくりとミエラを見つめた。
その瞳には驚きよりも、静かな誇りが宿っていた。
「……ミエラ」
低く響く声が、彼女の心を震わせる。
「それが本気なら、俺は止めない。でも条件がある」
そう言ったのは父だった。
厳格な竜騎士団長の瞳が、まっすぐに娘を見据える。
「人型のディーノと一緒に、竜の背に乗ること。
彼なら竜を導けるし、もしお前が落ちても庇える」
ミエラは息を呑んだ。
隣でディーノがわずかに頷く。
「もちろん。俺がミエラを守る」
――その瞬間、ミエラの胸の奥で何かが燃え上がった。
怖い。でも、それ以上に嬉しかった。
「……はい! お願いします!」
*
翌朝。
まだ朝霧の残る訓練場には、まだ眠そうに吐く竜たちの姿が並んでいた。
ミエラは緊張で手のひらが汗ばむのを感じながら、小型の練習竜の前に立つ。
「こ、こんなに大きかったっけ……」
たてがみのような鱗が朝日を受けて金色に輝く。
竜はおとなしく頭を下げたが、近くに立つだけで足元が震えそうになる。
「大丈夫。こいつは穏やかな性格をしているよ」
背後からディーノの声。
振り返ると、すらりとした長身の彼が、軽装の飛行服姿で立っていた。
金の髪に陽光が差し込み、まるで本物の竜のように光を返す。
「ミエラ、左足から。鞍の縁に手をかけて――そう。俺が支える」
ディーノがそっと腰を押す。
その手の温もりが伝わり、ミエラはぎゅっと目をつぶって竜の背に跨がった。
「……た、高いっ」
「目を閉じたら、余計に怖いよ」
くすりと笑うディーノが、彼女の背後にまたがる。
その瞬間、広い胸が背に触れ、身体全体を包み込まれるような安心感が広がった。
「俺がいる。絶対に落とさない」
その言葉に、ミエラの心臓が跳ねた。
頬が熱くなるのを隠すように、前方を見つめる。
「……行け」
ディーノの低い声が響く。
竜が地面を蹴った。
ドン――!
風が爆ぜる。
地面がみるみる遠ざかる。
「ひゃっ……!」
思わずディーノの腕を掴む。
「大丈夫、ほら――空を見て」
恐る恐る瞼を開けると、そこには――。
金の朝陽。
雲を透かして広がる薄青。
風が髪を撫で、頬をすり抜けていく。
「……きれい……」
小さく呟いた声が、風に溶けた。
地上で見上げるだけだった空の世界は、こんなにも広く、まぶしかった。
「ミエラ、怖くない?」
「……少し。でも、楽しい」
ディーノの腕が、彼女の腰に回る。
その包み込むような力に、心が穏やかになっていく。
「それでいい。
空は、恐れながら飛ぶものなんだ。
俺も昔は怖かった。……翼を失うまではね」
彼の言葉に、ミエラは小さく息を呑む。
「ディーノ……」
「でも今は、違う。
翼がなくても、俺には“番”がいる。
ミエラが、俺の翼だから」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
頬を紅く染めながらも、ミエラは微笑む。
「……今言うことじゃ、ないでしょ」
「本音だよ」
二人の笑い声が、朝の風に溶けていった。
読んでくださりありがとうございました。
もしよろしければ、★評価★をいただけると嬉しいです!




