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第7話 竜騎士団の式典と試練



 王都に、夏の終わりを告げる鐘が鳴り響いていた。

 遠征を終えた竜騎士団の凱旋を祝うため、国王主催の祭礼が開かれる――それは毎年この季節に行われる、国中が注目する大イベントだ。


 王城の前庭には屋台が並び、貴族も平民も垣根なく集まる。

 そして、その目玉は――竜たちによる飛行披露。


 金の鱗をもつ竜ディーノは、騎手がいなくともこれまで毎年のように空を舞い、観客を魅了してきた。

 だが、今のディーノには“翼”がない。

 竜の姿を失ったわけではないが、飛行能力はない。


 だからこそ、今年は出場を辞退するはずだった。


 ――そのはず、だったのだ。







「お父さま、わたし……出たいです」


 その夜の食卓で、ミエラはまっすぐにそう言った。

 父、母、兄たち、そしてディーノ。全員の視線が一斉にこちらへ向く。

 銀の燭台の炎がゆらめき、緊張に包まれた空気を照らした。


「ミエラが……祭礼の飛行披露に?」

 父が眉をひそめる。母もそれに続く。

「あなた、訓練を受けた竜騎士ではないでしょう。危険すぎます」


「ええ、わかっています。でも――」

 ミエラは小さく息を吸い込んだ。


「“役たたず”で終わるのは、もう嫌なんです」


 その言葉に、兄たちがハッと息をのむ。

 あのモブ女の言葉を、ミエラがどれほど気にしていたか。

 家族は気づいていなかった。けれど。


「竜に乗れなくても、空が怖くても……。

 でも、わたしはディーノの番として、“飛ぶ”っていうことを、ちゃんと知りたい」


 ディーノが、ゆっくりとミエラを見つめた。

 その瞳には驚きよりも、静かな誇りが宿っていた。


「……ミエラ」


 低く響く声が、彼女の心を震わせる。


「それが本気なら、俺は止めない。でも条件がある」


 そう言ったのは父だった。

 厳格な竜騎士団長の瞳が、まっすぐに娘を見据える。


「人型のディーノと一緒に、竜の背に乗ること。

 彼なら竜を導けるし、もしお前が落ちても庇える」


 ミエラは息を呑んだ。

 隣でディーノがわずかに頷く。


「もちろん。俺がミエラを守る」


 ――その瞬間、ミエラの胸の奥で何かが燃え上がった。

 怖い。でも、それ以上に嬉しかった。


「……はい! お願いします!」







 翌朝。

 まだ朝霧の残る訓練場には、まだ眠そうに吐く竜たちの姿が並んでいた。

 ミエラは緊張で手のひらが汗ばむのを感じながら、小型の練習竜の前に立つ。


「こ、こんなに大きかったっけ……」


 たてがみのような鱗が朝日を受けて金色に輝く。

 竜はおとなしく頭を下げたが、近くに立つだけで足元が震えそうになる。


「大丈夫。こいつは穏やかな性格をしているよ」

 背後からディーノの声。

 振り返ると、すらりとした長身の彼が、軽装の飛行服姿で立っていた。

 金の髪に陽光が差し込み、まるで本物の竜のように光を返す。


「ミエラ、左足から。鞍の縁に手をかけて――そう。俺が支える」


 ディーノがそっと腰を押す。

 その手の温もりが伝わり、ミエラはぎゅっと目をつぶって竜の背に跨がった。


「……た、高いっ」


「目を閉じたら、余計に怖いよ」

 くすりと笑うディーノが、彼女の背後にまたがる。

 その瞬間、広い胸が背に触れ、身体全体を包み込まれるような安心感が広がった。


「俺がいる。絶対に落とさない」


 その言葉に、ミエラの心臓が跳ねた。

 頬が熱くなるのを隠すように、前方を見つめる。


「……行け」


 ディーノの低い声が響く。

 竜が地面を蹴った。


 ドン――!


 風が爆ぜる。

 地面がみるみる遠ざかる。


「ひゃっ……!」

 思わずディーノの腕を掴む。


「大丈夫、ほら――空を見て」


 恐る恐る瞼を開けると、そこには――。


 金の朝陽。

 雲を透かして広がる薄青。


 風が髪を撫で、頬をすり抜けていく。


「……きれい……」


 小さく呟いた声が、風に溶けた。

 地上で見上げるだけだった空の世界は、こんなにも広く、まぶしかった。


「ミエラ、怖くない?」


「……少し。でも、楽しい」


 ディーノの腕が、彼女の腰に回る。

 その包み込むような力に、心が穏やかになっていく。


「それでいい。

 空は、恐れながら飛ぶものなんだ。

 俺も昔は怖かった。……翼を失うまではね」


 彼の言葉に、ミエラは小さく息を呑む。


「ディーノ……」


「でも今は、違う。

 翼がなくても、俺には“番”がいる。

 ミエラが、俺の翼だから」


 その言葉に、胸の奥が熱くなった。

 頬を紅く染めながらも、ミエラは微笑む。


「……今言うことじゃ、ないでしょ」


「本音だよ」


 二人の笑い声が、朝の風に溶けていった。






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