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第3話 守るという誓い



 ――夏の風が、焦げた鉄の匂いを運んでいた。

 ノルディア領の中心広場。竜騎士団の出立式が行われる日は、年に一度だけ、領民たちの熱気が空を焦がす。

 遠くで、竜たちの低い鳴き声が重なり合って響いていた。


「お父さま、兄さまたち、やっぱり……かっこいいね」


 私は日除けの白布の下、貴賓席と呼ばれる一角に腰掛けながら、小さく呟いた。

 そこはロープで囲われ、領主家の家族と数名の上官しか入れない場所。

 でも、私には似つかわしくない気がしてならなかった。


 ディーノはその隣で、黙って立っていた。

 いつも通りの黒衣に、背筋を伸ばして。

 彼の存在だけで、周囲の空気が張りつめる。翼はないのに、まるで大空の王みたいに見えた。


 ――けれど、彼の背後では、確かに視線を感じた。

 好奇と恐れ、そして、あからさまな侮りが混ざった視線。


 「翼を持たぬ竜が、番を連れて来るなんて」

 「しかもあれ、団長の娘らしいな?」


 そんな声を、耳が拾ってしまう。

 私は、俯いた。

 けれど、ディーノは表情ひとつ変えなかった。


 父――ノルディア伯爵であり、王国竜騎士団長のガルディス・ノルディアは、壇上の上で堂々と立っていた。

 岩のような体格。陽光を受けた銀鎧が眩しい。

 その後ろには兄たち、レオンとカイル。二人とも、父譲りの屈強な体と誇りを纏っている。


 「――これより、北方山脈における魔物討伐遠征に向かう! 竜の誇りを、我らが手で示せ!」


 ガルディスの声が、空を震わせた。

 広場に集まった人々の歓声が轟く。

 その瞬間、私は胸の奥に熱いものを感じた。誇らしくて、でもどこか、取り残されたようで。


 そんな時だった。


 「……ねえ、あなたがミエラ・ノルディア?」


 唐突に、背後から声がした。

 振り返ると、見覚えのある顔。

 竜騎士団の制服に身を包んだ、若い女性。たしか、兄の部隊で訓練を受けていた――レーナという名だったはず。


 「え、あの……はい。そうですけど……」


 「そう。団長の娘って、いいわね。何もしなくても、最前列で父や兄の勇姿が見られて」


 笑っていた。でも、その笑顔は棘を含んでいた。

 周囲の喧騒が一瞬遠のく。

 彼女の指先が、ぐっと私の肩を押した。


 「わ、――!」


 ディーノの大きな手のひらに自分の手を重が傾いた瞬間、視界がぐるりと回る。

 貴賓席は後ろの立見席より、少し盛土をして高く作られている。このままだったら顔から落ちる。


 けれど、次の瞬間――強い腕が、私を抱き寄せた。


 「……下がれ」


 低く、獣のような声だった。

 ディーノの腕の中で、私は息を飲む。


 彼が、私を庇って立っている。

 目は、紅く光っていた。

 ――琥珀色の瞳が、炎に変わる瞬間を見た。


 「ディーノ、やめて……!」


 呼びかけたが、彼は動かない。

 唇から、低い咆哮が漏れる。

 その音は、広場の空気を一瞬で凍らせた。

 父でさえ、動けずにいる。

 ざわめきが消え、誰もが息を止めた。


 レーナが顔を強張らせ、後ずさる。

 その目には、恐怖があった。

 竜族が本気で怒る――それがどういう意味を持つのか、竜騎士なら誰よりも分かっているはずだ。


 「……俺の番に、指一本でも触れたら。二度と、空は見れないと思え」


 ディーノの声は静かだった。けれど、その静けさが、何よりも恐ろしかった。


 紅い瞳が、獣の本能を宿している。

 “番を守る本能”――母が言っていた。

 番を傷つけようとする存在が現れたとき、竜は理性より先に動くと。


 でも、これは……!


 「ディーノ、違うの! 私は……転けかけただけだから!」


 私は彼の腕を掴み、必死に声を上げた。

 「誰にも押されてなんかいないの。私の不注意で。だから、どうか――!」


 ディーノが一瞬、こちらを見た。

 紅い光が、揺らいだ。

 呼吸を整えるように目を閉じ、ゆっくりとその瞳の色が戻っていく。


 やがて、彼は小さく息を吐いた。


 「……そう、か。転けかけただけ、か」


 「ええ。本当に、ただそれだけ」


 「なら、よかった」


 そう言って、彼は笑った。

 ――けれど、その笑顔の奥には、明らかな震えがあった。

 自分を抑え込んだ苦痛。私にはそれが、痛いほど伝わった。


 式が終わったあと、私たちは人の少ない裏路地を歩いていた。

 屋台の香りがまだ残っている。焼いた肉と甘い蜜の匂いが混ざって、少し懐かしい匂いがした。


 「さっきは……ごめん。皆の前で、取り乱してしまって」


 ディーノが俯いたまま言った。

 「俺は、あの瞬間、自分を止められなかった。もしミエラに何かあったら――と思ったら、頭が真っ白になって」


 「……そんなの、誰でも、そうなると思う」


 「いや。竜にとって、“番”は特別なんだ。守るというより、守らずにはいられない存在。理性が介入する余地もない」


 その声は、いつになく低かった。

 私は小さく首を振る。


 「それでも、止まってくれたでしょう。私の言葉を聞いてくれた。それが、嬉しかったの」


 ディーノが驚いたように目を瞬く。

 そして、少しだけ笑った。


 「……お前は、強いな」


 「違います。ただ、怖かっただけ。ディーノが、誰かを傷つけてしまうのが」


 沈黙が落ちた。

 夏の風が、二人の間をすり抜けていく。


 「ミエラ」


 名前を呼ばれて、顔を上げる。

 ディーノは真っ直ぐこちらを見ていた。

 その瞳には、まだ微かに紅の名残がある。


 「俺は、誓う。お前を、どんなことがあっても守る。そして、暴走しかけたら、今みたいに止めてくれ」


 言葉の一つひとつが、心に染みた。

 胸が痛い。

 でも、それは怖さではなく、熱のような痛みだった。


 「……ありがとう。でも、私にも、守らせてね」


 「ミエラが? 俺を?」


 「はい。ディーノが傷つくのを見る方が、私、ずっと辛いから」


 その瞬間、ディーノが少しだけ目を細めた。

 笑うでも、泣くでもない、複雑な表情。

 それでも、その顔は確かに――嬉しそうだった。




読んでくださりありがとうございました。

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