金の翼は君に誓う
ある秋の日。
空は、まるで祝福するように澄み渡っていた。
王都から少し離れたノルディア領。その丘の上に建つ礼拝堂では、竜舎の屋根が見渡せるほどの高台で、風が金糸のように柔らかく流れている。
今日は、ミエラとディーノの結婚式だ。
白いドレスに包まれたミエラは、鏡の前で深呼吸をひとつ。
頬に紅を差してもらいながら、そっと呟いた。
「……私、本当に、お嫁さんになるんだね」
隣で微笑む母カリーナが、娘の手を握る。
「そうよ。あの小さかったミエラが、もう竜と誓いを結ぶなんて。
……でも、母として、研究者として言っておくわ。竜の番夫婦ってね──」
「──えっ!?」
弾かれたようにミエラは顔を上げる。
その拍子に髪飾りの花びらがふわりと舞い落ちた。
「そ、そんな……溶かされるって……っ」
母はくすりと笑い、肩をすくめる。
「まあ、いい意味でね。幸せって、そういうものよ」
ちょうどそのとき、扉の外から父の声がした。
「ミエラ、時間だ」
扉を開くと、父――竜騎士団長ガルディスが立っていた。
厳格な表情をしているが、その目の端はわずかに潤んでいる。
普段は敵の大軍を前にしても眉ひとつ動かさない男が、
今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「……父上」
「……なんだ。そんな顔で見るな。泣かせるつもりか」
小さく咳払いをして、父は右手を差し出した。
「行こう。お前の番のところへ」
その手は温かくて、大きかった。
ミエラはその手に自分の手を重ねる。
扉の向こう、白い花が咲き誇るバージンロード。
陽光がステンドグラスを透かして七色に揺れている。
遠くには竜舎が見え、金色の鱗を持つ竜たちが静かに首を垂れていた。
礼拝堂の中には、竜騎士団の団員たち、王国の貴族、竜族の代表――そして、ディーノが立っている。
白を基調にした礼服姿。
普段の無骨な鎧姿とはまるで違う。整えられた金の髪が光を受け、琥珀の瞳がミエラを捉えた瞬間、微笑んだ。
胸が熱くなる。
一歩、また一歩。父と歩むバージンロード。
あのとき抱えていた“空への恐怖”が、まるで嘘みたいに遠い。
今はただ、この道の先にいるディーノへと、迷いなく進んでいけた。
父がディーノの前で立ち止まり、わずかに眉を寄せる。
「娘を、頼んだぞ。……泣かせたら、貴様を焼く」
「はい。命に代えても」
その真摯な答えに、父は深く頷き、ミエラの手をディーノに託した。
その指先が離れる瞬間、ほんのわずか震えた。
娘を送り出す父の気持ちは、竜でも測れないほど重い。
祭壇の前。
神官が静かに誓いの言葉を述べる。
「竜と人とを結ぶこの契りは、空をも越える永遠の絆。
互いに支え、互いを守り、互いに愛を誓いますか」
「誓います」
二人の声が重なり、礼拝堂に響く。
ミエラが涙をこぼしそうになった瞬間、兄たちの席からぼそりと声がした。
「妹に結婚を先越されるとはな……」
「俺たち、まだ独り身なのに……」
「こらっ!」と母がたしなめるが、どこか楽しそうだ。
その母が、またさらりと爆弾を落とす。
「まあ、でもミエラ。これから本当に大変よ。
だって、ディーノってば、これでも抑えているらしいですもの。結婚してからの竜の溺愛はすごいらしいわ。身も心もどろどろに溶かされちゃうんだから」
会場がざわつく。
ミエラは弾かれたようにディーノを見る。
「……え、すごいって、どんな……?」
「……今言うことじゃないでしょう、義母上」
顔を真っ赤にしてうつむくディーノ。
それを見て、ミエラもつられて真っ赤になる。
(ほんとに……溶かされちゃうんだ……!)
そんな二人を見て、会場中が和やかな笑いに包まれた。
指輪の交換。
ディーノが取り出したのは、あの金の鱗で作られた指輪だった。
彼の心臓のすぐ近くから削り出された、たった一枚の鱗。
「これが、俺の誓いの証だ」
ミエラの指に指輪をはめると、指輪が淡く金に光った。
その光が、ステンドグラスの光を反射して、礼拝堂を金色に染め上げる。
ミエラもまた、ディーノの指に指輪をはめ返す。
彼女が選んだのは小ぶりなダイヤモンドの指輪。デザインは、金の鱗の指輪と対になっている
「これが、私の愛の証です」
二人の手が重なった瞬間、金色の風がふわりと吹き抜けた。
花弁が舞い、竜舎の方から小さく竜の咆哮が響く。
そのとき、参列していた竜族の中から、ひときわ大きな影が動いた。
青みを帯びた巨大な竜――蒼帝ザバルだ。
今は人の姿をしており、背丈ほどの杖と青いマントローブを羽織っている。
「……ザバル陛下!」
礼拝堂の空気が一瞬張り詰めたが、ザバルは静かに頭を下げた。
「竜の里での一件、我らも不本意であった。あのような暴走を防げなかったこと、心より詫びよう」
その言葉に、他の竜族たちも次々と頭を垂れる。
かつての憎しみも、誤解も、今この場所ではすべてが癒やされていくようだった。
ミエラは微笑み、ディーノの手を握り直す。
「ほらね。私たちが一緒に歩けば、きっと世界だって変えられる」
ディーノは穏やかに頷いた。
「そうだな。俺たちは飛ばずとも、心は空を抱ける」
やがて神官の声が再び響く。
「ここに、“竜の番”と“人の妻”の契りが結ばれました。
金の風が二人を包み、永遠の空へ導かんことを――」
参列者が立ち上がり、花びらが一斉に舞い上がる。
竜舎の方からも、竜たちが一斉に翼を広げた。
金、青、緑――様々な色の鱗が光を反射し、空全体が虹のように輝く。
ディーノがミエラの手を取って小さく囁く。
「──ミエラ。俺の翼は、もう空を飛ばない。
けれど、心の翼はお前と共にある。
どんな風の日も、嵐の夜も、俺はお前を抱きしめ続ける」
ミエラの目から、涙がこぼれた。
「……ディーノ。あなたと出会って、私の世界は変わったの。
空が怖くなくなって、未来が、こんなにも楽しみになった」
二人は見つめ合い、そっと唇を重ねる。
金の花びらが風に乗って舞い、まるで翼のように広がった。
光の中で、竜舎の屋根がきらりと輝き、
どこかで竜の子どもが小さく鳴いた。
それは、まるで新しい時代のはじまりを告げる産声のようだった。
*
式が終わり、丘の風が穏やかに吹く。
ミエラはディーノの腕に寄り添いながら、遠くの竜舎を見つめた。
「ねえ、ディーノ。これから、いろんなことがあると思うけど……」
「どんなことがあっても、俺は隣にいる」
「……うん。じゃあ、幸せになろうね。
番として、夫婦として、私たちの“金の翼”を、未来へ広げよう」
ディーノが頷き、そっと額に口づけた。
金色の風が吹く。
光の鱗のような花びらが、二人のまわりを舞い上がった。
空には翼がなくても、心には確かにあった。
二人を結ぶ、永遠の絆が。
「改めて誓おう。
どんな未来でも、俺は君と共にいる」
──そして、金の風が空へと溶けていった。
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