第4話 嫉妬の竜、独占欲の告白
「えへへっ、ここが反応するんだね。面白い……!」
ミエラは白衣の袖をまくり上げながら、研究机の上で魔力計を調整していた。
机の向こうで、母の弟子である青年研究員・ジャーノが「お見事です」と笑う。
「僕も最初はここでつまずきました。理論より、感覚に近いんです。あなたは筋がいい」
「ありがとうございます! あの、じゃあここに魔力を流してみても……?」
「ええ。焦らず、少しずつですよ」
二人のやり取りは、学びの喜びに満ちていた。
新しい知識が形になっていくこと、それを誰かと共有できることが、純粋に嬉しかった。
──けれど、部屋の隅で見守るディーノの瞳は、穏やかではなかった。
ミエラが笑えば、ジャーノも笑う。
カイルが何かを説明すれば、ミエラは素直に頷き、また楽しそうに質問を重ねる。
それだけのことなのに、胸の奥が焼けるように痛い。
ディーノは拳をぎゅっと握りしめた。
(……落ち着け。ジャーノは師匠の弟子で、ただの協力者だ。ミエラも分かっている)
そう頭では理解している。
だが、感情の奥で、竜の“番”としての本能がざわめいた。
“番を他の雄に触れさせるな”
かつて、竜同士の群れの中で教わった掟が、無意識に疼く。
理性がどれほどそれを否定しても、胸の奥で何かがうなりを上げる。
その日の夜。
研究棟を出たミエラは、満足げに伸びをした。
「今日もいっぱい学べたなぁ。お母さまの研究って、本当に深くて、面白い」
「そうか」
短い返事が返ってきた。
隣を歩くディーノの声は、いつもより低い。
ミエラは顔を向けたが、ディーノは無言で前を見ていた。
(あれ? なんだか、機嫌が……?)
「ねぇ、ディーノ。どうしたの?」
「……別に」
そっけない。
ふだんなら、彼の方から手をつないでくるのに。
今日は、手が届く距離にいながら、まるで壁があるみたいだ。
ミエラは小走りで前に出て、ディーノの前に立ちふさがる。
「“別に”じゃわからないよ。私、なにかした?」
「……してない」
ほんの少し、沈黙が流れる。
その沈黙が、やけに重い。
やがて、ディーノは視線を逸らし、吐き出すように言った。
「……あの研究員といると、そんなに楽しいか?」
「え?」
「お前、ずっと笑ってた。あいつと話してるとき。俺の知らない顔で」
「え、そ、そんな……!」
ミエラの頬が真っ赤になる。
そんなつもりじゃなかったのに。
ただ、知りたかっただけ。ディーノのことを、竜のことをもっと理解したかっただけ。
「ジャーノさんは、お母さまの弟子だよ? それに領に奥さんだっているし、そんな……!」
「わかってる。……わかってても、嫌なんだ」
ディーノの声が震える。
その金の瞳が、炎のように揺れた。
「俺以外を見ないでくれ。俺のことだけを見ていてほしい」
「……!」
ミエラの心臓が、大きく跳ねた。
その言葉は、まるで呪文みたいに響いて、身体の奥までしみこんでいく。
「ディーノ……」
「番だからとか、そういう理屈じゃない。お前が笑ってると、俺も嬉しい。でも……俺以外の誰かに、その笑顔を見せるのが、苦しいんだ」
ディーノが一歩、近づく。
ミエラの肩を、両手でそっと包む。
その指先が熱い。まるで、竜の鱗の下に燃える炎が触れたみたいに。
「お前の声も、笑いも、全部俺の中で鳴ってる。だから……他の誰かに、それを分けてほしくない」
「ディーノ……それ、は」
「そうだ。独占したい。俺の番だから」
真剣な瞳に射抜かれ、ミエラは言葉を失う。
その眼差しは、竜としての誇りでも、騎士としての理性でもなかった。
一匹の雄としての、まっすぐな想い。
「でもね、ジャーノさんは本当にただの研究仲間なの。そんな風に思ったこと、一度もないよ」
ミエラは微笑み、ディーノの頬に手を添える。
「私は、ディーノの番だよ。どんなときも、心の真ん中にはディーノがいる」
「……嘘つき」
ディーノは苦笑するように呟いた。
そのまま、ミエラの手を取って、額に唇を押し当てる。
触れた瞬間、火がともるようにミエラの頬が染まった。
「俺、嫉妬してる。竜の癖に、ちっぽけな人間みたいに」
「嫉妬するのは、好きだからだよ」
ミエラの声は、震えていた。
言葉を口にした瞬間、自分の胸の奥が熱くなる。
“好き”。
それは初めて、恋の意味でディーノを想った瞬間だった。
ディーノの目が見開かれる。
「……今、なんて?」
さっきまで弱々しかったくせに。
今はエミラをまるまる食べるかのように、瞳を滾らせている。
「わ、私ね……ディーノのことが、好き、なの」
ディーノは息を飲んだ。
そして、堰を切ったようにミエラを抱きしめた。
「ミエラ……俺も、お前を愛してる。番としてじゃなく、ひとりの女の子として」
竜の腕の中は、温かくて、包み込むようだった。
ミエラの鼓動と、ディーノの鼓動が重なる。
まるで二つの心臓が、ひとつのリズムを奏でているみたいだった。
*
夜。
二人は離れたあと、少しだけ気まずい沈黙の時間を過ごした。
でも、どちらもどこか嬉しそうだった。
「ねえ、ディーノ。今日の、ちょっとだけ嬉しかったよ」
「……そうか?」
「うん。だって、それだけ私のこと、想ってくれてるってことだから」
ディーノは顔をそむけた。
けれど、その耳の先は真っ赤に染まっていた。
「次からは、もう少し穏やかに言ってね。“俺以外を見るな”なんて、びっくりしちゃった」
「……努力する」
ミエラはくすっと笑った。
そんな彼の不器用な愛情が、たまらなく愛おしいと思う。
ディーノと別れ、ミエラはベッドに横たわり、胸に手を当てた。
(嫉妬するディーノも、ちゃんと“恋”をしてるんだ)
番としての絆の上に、恋という人間の感情が芽吹いている。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
そして同時に、ほんの少し怖かった。
──この想いが、どこまで深くなっていくのか。
竜と人間の境界を、どこまで越えてしまうのか。
けれど今は、ただひとつだけ確かだった。
ディーノの腕の温もりが、心の奥にまだ残っている。
その温もりがある限り、ミエラはどんな困難にも負けない。
*
翌朝、ディーノが食堂で小さく呟いた。
「ミエラ、昨日のこと……その、改めて悪かった」
「ううん、嬉しかったよ」
ミエラが笑うと、ディーノは真っ赤になって顔を逸らす。
彼の耳の先が、また赤く染まっている。
(可愛いなぁ……)
ミエラは頬を押さえ、胸の奥がくすぐったくなるのを感じた。
これが恋。
ただの番じゃない、“恋人”への想い。
──そうして、二人の関係は静かに、けれど確かに、次の段階へと進んでいった。
読んでくださりありがとうございました。
もしよろしければ、★評価★をいただけると嬉しいです!




