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第1話 召喚


 ———雪が降っていた。



 腫れた片目を開け、空を眺める。

 ただでさえ寒いのに、雪まで降り始めた。


 ああ痛いな。

 顔を殴られたせいだろうか、瞼の上や、頬が腫れている。

 鼻血も出ている。


「……アイツら、加減くらいしろよ」


 自分をこんな目に遭わせたクラスメイトを考えながら、ボロボロになった体を固い地面から起こす。


 俺は成瀬なるせひいらぎ

 何処にでもいる普通の高校三年生だ。


 知り合いのほとんどが俺のことを普通じゃないと言ってくるが、自分では普通だと思っている。


 周りを見回すと、教科書やノートが散乱していた。

 空っぽになった財布も。


 カツアゲされたのだ。

 同じ教室の不良に。

 金だけ奪われるのならまだしもサンドバックにされるという、酷い扱いを受けたのだ。


 あいつらは《《人間》》じゃない。

 いや、《《人間》》だからこそ、こういうことを平気でやれるのかもしれない。


 自分の荷物を蹴られた跡のついた鞄に詰め込んで、教室に向かった。


 自分のクラスに入ると、いつも通りの日常が広がっていた。

 誰も、ボロボロになった俺に気にかけることなく、それぞれのグループで固まって会話をしている。


 俺をカツアゲした張本人の不良『武井たけい』は、俺から奪った金で放課後カラオケに行こうと友達と話していた。

 二万円くらいあったぞ、クソっ。


 苛々しながら自分の席に向かう。

 朝のホームルームまで、本を読んで時間を潰そう。


 女子の一人が俺の前に立ち塞がった。

 気まずそうな表情でこちらを見て、何かを言いたそうにしている。


「……っ」


 だけど結局、彼女は何も言わず自分の席に戻っていってしまった。

 彼女の名前は『西条さいじょう』、知り合いだった人だ。


 家が近所で、中学まで仲良くしていた”幼馴染”だったのだが。

 クラスの陽キャたちとつるむようになってから会話はなくなり、高校では他人同士になったのだ。


 勉強ができて、スポーツ万能。

 学校一の美少女と言われるぐらい人気者で、人格者。

 そんな完璧美少女と幼馴染だからって、何かが起きるはずがない。


 自分の席に座って、ボロボロになった本を鞄から取り出す。

 神話、魔法、幻想樹について書かれた本だ。

 昔から俺は此処ではないファンタジー世界に憧れをもっていた。

 手から炎を出してみたい、ドラゴンをペットにしたい。

 映画の主人公のような、英雄になりたい―――


 それが、俺の夢だ。


 血の繋がりのない親。

 見下して、いじめてくる不良。

 見て見ぬふりをする同級生や幼馴染。


 誰もいない、そんな異世界に行ってみたい。







 そう願った瞬間、教室の床に魔法陣が出現した。


「うわっ、なんだコレ!?」

「きゃっ! 怖い!」

「うわぁああああ!!」


 クラスメイトたちが突然、現れた魔法陣に騒然とする。

 不良リーダーの武井ですら尻もちついていた。

 そんな彼に、友達の金井という奴が手をかそうとしていた。


 魔法陣は輝き始め、皆が光に包まれていく。

 現実ではあり得ない非現実を前に、俺は恐れ慄く―――のではなく。


(きたぁああああああああ異世界召喚!!!!)


 と内心騒いで、両手を広げていた。

 俺をこの世界から連れ出してくれ、魔法陣の術者よ。


 異世界召喚、異世界転生、そのどちらでもないかもしれない。

 だけど、この世界から居なくなれるのなら、全然オーケーだ。


 さらばだ、諸君!



 いや、魔法陣の範囲からして、もしや。

 ”クラス転移”というやつではないだろうか……。


「ちょっと待てよ! コイツらも来るのかよぉ―――」


 希望から絶望へと突き落とされた俺は、嘆こうとした。

 しかし、体が完全に光に包まれ、視界が暗転する。





 ――――





 目を覚ますと、知らない天井が広がっていた。

 寝かされていたのだろうか、フカフカのベッドで横になっていた。


 体が重く、頭がクラクラする。

 そして、なんか臭う。

 起きあがろうとするが、体が重くて無理だった。


 仕方ないので頭だけを動かして部屋の周りを見てみる。豪華な内装をしていた、中世ヨーロッパの貴族が住んでそうな場所だ。


「あっ、目を覚ましたのですね……!」


 部屋の扉が開き、見知らぬ女性が入ってきた。

 しかもメイド服だ。

 ベッドで寝ている俺を見て、口元に手を当てて驚いていた。


「あの……」

「早く、陛下に知らせないと! 待っていてくださいね! すぐ戻りますから!」


 俺が質問をする前に、メイドさんは部屋から飛び出して、何処かへと行ってしまった。


「えっ、ここ何処なの……?」


 窓の外は、明らかに日本ではなかった。

 見たことのない生物が空を飛んでいるし。

 高い建物にいるのだろうか、外に広がっている街並みがやはり中世ヨーロッパ風だ。


「あ、そうだ……そういえば」


 段々と記憶が蘇ってきて、遂に思い出す。

 思い出してしまった。

 ここは俺の住んでいた世界ではない。

 俺が小さかった頃から夢見ていた、異世界なのだ。


 やはり、あの魔法陣でこの世界に召喚されたのか。

 誰がやったのか知らないけど、感謝を言わなくては。


 だけど、何故だろうか。

 まるでずっと眠っていたかのように、体が痩せ細っている。

 気持ち悪いし、全体的に弱っていた。


 それに、召喚されたということはクラスメイト達もいるはずだ。

 俺と同じように別の部屋で寝かされているのだろうか?


 ガチャリ、と扉の開く音。

 さっきのメイドさんが戻ってきたのか。


 そう思ったらヒゲを生やした身なりのいい男性が入ってきた。

 しかも、金色の冠をつけている。


「ようやく目覚めたか、若者よ」


 優しい声だった、威厳も感じる。

 多分、王様だ。


「ふむ、まずは自己紹介からだな。私はこのエルデン王国の国王アルフレッドだ。ええと、君は……」


「成瀬……柊です」


 国王はベッドの横に置かれた椅子に腰掛ける。

 メイドさんはお盆に載せた水差しとコップをテーブルに置いて、静かに部屋の隅に下がった。


「落ち着いて聞いてほしい。君は、私たちの世界に召喚されたのだ。君の仲間たち―――同期生たちと一緒に」


 召喚。

 やはり異世界転移されたらしい。


 ようやく、あの地獄のような世界から抜け出せた。

 しかし、予想通りクラスメイト達も一緒に来たのか……嫌だなぁ。


 不良の武井。

 幼馴染の西条。

 カーストトップに君臨する金井。


 三人の顔が浮かび、身震いしてしまう。


「あの、俺達が召喚されたのは、どうしてなんですか? 僕たち普通の高校生ですよ……?」


 国王に聞いてみる。

 国王は目を伏せ、言いにくそうな雰囲気を出す。


「実はな……君たちは、”ダンジョン”と呼ばれる脅威に対抗するために召喚されたのだ。世界には、二百年に一度、どこからともなく現れる魔の領域がある。それがダンジョンだ。放っておけば、土地を侵食し、危険な魔物を解き放ち、滅ぼしてしまうのだ」


 国王は召喚した理由を説明する。


 うん、いいねそれ。

 ダンジョンもあるのか、この世界には。


 RPGやTRPG大好き人間の俺に、そそりまくりな世界観だ。


「待ってください、なんで俺達にそんな大事な役目を……? さっきも言いましたが、俺たちは普通の学生ですよ?」


 一応、どうして俺たちが選ばれたのかを質問してみる。


「それがな、過去にダンジョンを完全攻略したのは、君たちと同じく異世界から来た者なのだ。千年前、最初に出現したダンジョンを、その異世界人……初代の英雄が竜と共に封じた。それ以来、ダンジョンが出現するたびに、私らは異世界の者を召喚してきた。だが……成功したのは、最初の一度きりだ」


「い、一度きり……?」


 そんなに難易度が高いのか、そのダンジョンとやらは。


「ダンジョンが出現したのは、今までで五回。最初の一度は成功したが、二度目に召喚した英雄は失敗。三度目は召喚する数を増やしたが失敗、四度目も数を増やし失敗、五度目も増やして失敗。そして、我々のエルデン王国にダンジョンが出現したことで、召喚術を編み出した教団にできるだけ多く、召喚するように言ったのだ。結果、君含めて二十人が召喚された」


 ああ、なるほど。

 つまり整理すると……。


 危険なダンジョンが出現。

 ↓

 ダンジョンを攻略したのが異世界人だった。

 ↓

 二度目に別の場所に出現したダンジョンを攻略するために異世界人を召喚するが、失敗。

 ↓

 三度目、四度目、五度目も失敗。


「そして、今回が六度目のダンジョン出現ですか。あの、ダンジョン攻略を失敗してしまった土地は、今どうなってますか?」


「ああ、ダンジョンから溢れる瘴気と、放たれた凶暴な魔物によって住めない場所になってしまった。元々、そこに住んでいた住人は他国へ移住。今までで四度も失敗したことで現在、この世界の半分は住めない環境になってしまったのだ」


 かなりハードな世界に召喚されてしまったな。

 世界が半分も滅亡とは。


 国王のアルフレッドさんも、自国に出現したダンジョンをどうにかするために、仕方なく俺たちを召喚してしまったのだ。

 さきほどクラス転移、嫌だなぁと言っていた自分を殴りたい。


「ダンジョンが土地を完全に侵食するまでのタイムリミットは三年。あとニ年しか残っていない……」


「え?」


 国王の発言に引っかかり、疑問を口にしてしまう。


「あの、あとニ年って……その、俺たちってダンジョンが出現ですぐに召喚されたんじゃないんですか?」


「ああ、それも実はな……」


 国王が、さらに言いにくそうな顔をしている。

 隅に控えているメイドさんも、こちらを同情した目で見ていた。


「君の同期生たちは……一年ほど前に、この世界にやってきた。そして、今は城下町で暮らしている者、ダンジョンに挑んでいる者、さまざまだ。だが、君は……少し特殊で」


 嫌な予感がして、血の気が引く。


「君は召喚された直後、意識を失い、植物状態に陥っていたのだ。この一年間、ずっとこの部屋で眠っていた。我々は君を保護し、回復を待っていた。そして今日、ようやく目覚めたのだ」




 は? 一年?




 俺って、一年も寝ていたのーーーーーー!?


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