第7話:誰も気づかなかった隠しダンジョン
夕暮れの王都エルテミアに帰還したルークとフィオナは、人目を避けるように裏路地を進んでいた。フィオナは風切りの剣を布で包み、目立たないようにしている。真実を知った今、エルテミアの高官たちに見つかることは危険だった。
「このままアルマディア家に戻るわけにはいかないな」
ルークが静かに言った。彼の家は王国の名門。父は王室に近い立場にある。もしフィオナとともにいるところを見られれば、さまざまな憶測を呼ぶだろう。
「そうだな。安全な場所が必要だ」
フィオナの表情は険しかった。彼女は常に周囲を警戒している。エルテミアの中央広場を通り過ぎると、出会った時と同じ茶屋が見えてきた。
「あそこなら人目につかず話ができます」
二人は茶屋に入り、奥の隅のテーブルに座った。注文を済ませた後、小声で話し合いを始めた。
「まず状況を整理しましょう」
ルークは落ち着いた声で言った。彼の「ゲームマスター」能力は、戦略的思考にも役立っていた。
「風切りの剣は手に入れました。そして、エルテミアの高官たちがアストラリア王国の滅亡に関わっていたことが判明しました。問題は、この真実をどのように広めるかです」
フィオナは頷いた。彼女の目には決意が宿っていた。
「王に直接会うのは危険すぎる。おそらく高官たちが情報を遮断しているだろう」
「では、民衆に真実を伝えるべきでしょうか?」
「それも難しい。証拠は風切りの剣が見せた映像だけ。それを他の人に見せる方法がわからない」
二人は沈黙した。確かに難題だった。
「フィオナ、もう一つ質問があります」
「なんだ?」
「他のエレメンタルウェポンも探すつもりですか?」
フィオナは少し考え、そして頷いた。
「可能であれば、すべて集めたい。エレメンタルウェポンには未知の力があるようだ。六つすべてが揃えば、より強力な真実の証明になるかもしれない」
ルークはその言葉に興奮を覚えた。彼もすべてのエレメンタルウェポンを集めたいと思っていた。彼の「最弱」という烙印を返上するための手段として、そして全属性の魔法を操るための鍵として。
「実は、私はもう一つのダンジョンの場所を知っています」
「何?」
フィオナの目が輝いた。
「『古の試練場』のほかに、もう一つ特別なダンジョンを見つけました。『炎の祭壇』という名前です」
これは半分は嘘だった。ルークは前世のゲーム知識から「炎の祭壇」の存在を知っていたが、実際にはまだ見つけていない。
「どこにある?」
「王都の南西、『紅葉の森』の奥深くです。伝説では、火のエレメンタルウェポンが眠っているといわれています」
フィオナは興味をそそられた様子で、熱心に聞いていた。
「今夜は休息して、明日その『炎の祭壇』に向かいましょう」
「賛成だ。だが、今夜はどこで過ごす?」
それは確かに問題だった。ルークはアルマディア家に戻れないし、フィオナは王都内に安全な場所がない。
ちょうどその時、茶屋の入り口から見慣れた姿が入ってきた。白髪に長い髭を蓄えたルーミス教授だった。
「教授!」
ルークは思わず声をあげた。教授は二人を見つけると、驚いた表情を浮かべ、彼らのテーブルに近づいてきた。
「アルマディア君とシルヴァーブレイド嬢、こんな所で会うとは奇遇だね」
「教授、少しお話があります」
ルークは周囲を見回してから、小声で続けた。
「私たちは風鳴の洞窟から戻ったところです。そして...いくつか重大なことを発見しました」
教授はルークの真剣な表情を見て、状況の重大さを理解したようだった。
「私の研究室なら安全に話せる。ついてきたまえ」
三人は茶屋を出て、学園の方へと向かった。夜の学園は静まり返っていたが、東塔の一室だけは明かりが灯っていた。教授の研究室だ。
研究室に入ると、教授は慎重にドアを閉め、魔法で封印した。
「さて、何があったのかね?」
フィオナとルークは交互に、風鳴の洞窟での出来事と、風切りの剣が明らかにした真実について話した。教授は黙って聞き、時折深く頷いていた。
「なるほど、それは確かに重大な発見だ」
教授は考え込むように髭をなでた。
「エルテミアの高官たちによる陰謀とは...私も何かおかしいと感じていたよ。あの『魔竜討伐』は、その経緯が不自然だった」
「信じてくれるのですか?」
ルークが驚いて尋ねた。
「私は真実を求める学者だ。証拠があるならば、それを信じる。そして君たちの話には説得力がある」
フィオナは安堵の表情を見せた。味方が増えたことに、彼女の緊張が少し和らいだようだった。
「教授、明日私たちは『炎の祭壇』というダンジョンに向かうつもりです」
ルークが言うと、教授は驚いた顔をした。
「炎の祭壇?古文書に記された伝説の場所だよ。本当に見つけたのかい?」
「はい、場所を特定しました」
これも半分の嘘だったが、ルークは自信を持って答えた。彼の「ゲームマスター」能力が役立つはずだ。
「素晴らしい!私も同行したいが...」
教授は残念そうに首を振った。
「学園の仕事がある。だが助力はできる。まず、今夜は二人とも研究室の隣の部屋で休むといい。誰にも見つからないよう、配慮しよう」
「ありがとうございます」
ルークとフィオナは感謝の意を表した。
「そして、炎の祭壇に関する古文書をいくつか持っている。それを調べてみたまえ」
教授は書棚から埃をかぶった古い巻物を取り出した。
三人は夜遅くまで古文書を調べ、炎の祭壇について可能な限りの情報を集めた。そして、別々の部屋に分かれて休息をとることになった。
***
翌朝、ルークとフィオナは早々に学園を出た。教授から借りた地図と、ルークの前世の記憶を頼りに、彼らは王都の南西にある紅葉の森へと向かった。
森の入り口は、赤と黄色の葉で彩られていた。季節は秋に向かいつつあり、森全体が燃えるような色彩に包まれている。
「美しい森だ」
フィオナが感嘆の声をあげた。彼女の厳しい表情が、一瞬柔らかくなる。
「はい、でも注意が必要です。この森には火属性のモンスターが出るという噂があります」
ルークは警戒しながら森の中へと足を進めた。彼の「ゲームマスター」能力は既に活性化しており、危険を察知する準備ができていた。
森の中は予想以上に静かだった。時折、小動物の気配がするだけで、モンスターの姿は見えない。
「変だな...」
フィオナが眉をひそめた。
「このような森には、通常もっと多くの生き物がいるはずだ」
ルークも違和感を覚えていた。彼は「ゲームマスター」能力を集中させ、周囲を詳しく調べた。
すると、彼の視界に青い線が現れた。それは森の奥へと続いている。隠された道だ。
「フィオナ、こちらです」
二人は青い線に導かれるように進んだ。木々が密集した場所を通り抜けると、突然景色が変わった。一面の赤い花が咲き誇る小さな空き地だ。
「これは...」
フィオナが驚いた声をあげた。
「火炎花。伝説の花だ。炎の力を持つといわれている」
ルークも知っていた。ゲーム内では非常に希少なアイテムだった。
空き地の中央には、一本の巨大な樹があった。その幹は赤黒く、まるで炭化したかのようだ。しかし、枯れてはおらず、赤い葉を茂らせている。
「あれが入り口かもしれません」
ルークが樹に近づくと、彼の「ゲームマスター」能力が反応した。
【隠されたダンジョン入口検知】
【炎の祭壇 Lv.???】
【難易度:高】
【特性:「常燃の炎」この場所では火属性の魔力が増幅される】
「当たりです。ここが炎の祭壇の入り口」
フィオナも樹に近づき、その幹を調べた。
「どうやって中に入るんだ?」
ルークは樹を一周し、特徴的な模様のある部分を見つけた。古代文字が刻まれている。
「『炎の心を持つ者、内なる熱情を示せ』...」
「炎の心?熱情?」
フィオナが首をかしげた。
「何らかの儀式か謎解きが必要なようです」
ルークは考え込んだ。ゲーム内では、このような場所には必ず解法があったはずだ。
彼は周囲を見回し、火炎花に目を留めた。
「これらの花を使うのかもしれません」
ルークは一輪の火炎花を摘み、樹の前に持っていった。しかし、何も起こらない。
「違うようですね...」
フィオナは思案顔で樹を見つめていた。
「炎の心...」
彼女は突然、風切りの剣を抜いた。
「フィオナ?」
「風は火を強める。試してみる」
彼女は剣を構え、静かに詠唱した。
「風よ、内なる炎を呼び起こせ」
風切りの剣が緑色に光り、小さな竜巻を生み出した。それは樹の周りを回り始め、次第に赤い光を帯びていく。
「上手くいっている!」
樹の幹が震え、中央部分が開き始めた。そこには、階段が下へと続いていた。
「やはり風切りの剣が鍵だったか」
フィオナは満足そうに剣を鞘に収めた。
「内部は火の力で満ちているでしょう。準備はいいですか?」
ルークはエルメンタルブレードを握りしめた。水属性の武器は、火のダンジョンでは有利なはずだ。
「行こう」
二人は階段を下り始めた。階段は長く、地下深くへと続いていた。壁には赤い結晶が埋め込まれ、淡い光を放っている。
下り切ると、そこは広大な空間だった。天井は高く、柱が立ち並び、中央には大きな炎が燃え盛っていた。
「これが炎の祭壇...」
ルークが感嘆の声をあげた。
【炎の祭壇 初層】
【推奨レベル:8】
【特殊条件:火属性モンスターが多数生息】
彼の視界に情報が表示された。ルークのレベルは5、フィオナは恐らく10前後。二人合わせれば何とかなりそうだ。
「気をつけて進みましょう」
祭壇内部は予想外に複雑だった。通路が入り組み、所々で炎の障壁が道を塞いでいる。ルークの「ゲームマスター」能力が最適なルートを示してくれるものの、進むにつれて障害は増えていった。
「この炎の壁、どうやって突破する?」
フィオナが立ち止まった。彼らの前には赤い炎の壁があり、それ以上先に進めない。
ルークは「ステータス解析」のスキルを使って、炎の壁を調べた。
【炎の障壁】
【耐性:物理攻撃無効、火属性無効】
【弱点:水、氷属性】
「水の魔法で消せるはずです」
ルークはエルメンタルブレードを構え、詠唱した。
「流れよ水よ、炎を鎮めよ。ウォーターシャワー!」
青い短剣から水の滝が生まれ、炎の壁にかかった。シューッという音と共に、炎が弱まり、やがて消えた。
「よし、行くぞ」
二人が先に進むと、突然床から複数の火柱が噴き出した。
「危ない!」
フィオナが反射的にルークを引っ張り、二人で避けた。
「罠が仕掛けられています。慎重に進みましょう」
ルークの「ゲームマスター」能力が、床に埋め込まれた罠の位置を青く表示した。二人はそれを避けながら慎重に進んだ。
さらに奥へ進むと、通路が広い部屋へと開けた。部屋の中央には小さな祭壇があり、その上に何かが置かれている。
「あれは...」
フィオナが目を凝らした。祭壇の上には赤い刀が置かれていた。その刃は炎のように揺らめいている。
「火のエレメンタルウェポン!」
ルークは興奮した。目的の武器が見つかったのだ。
しかし、彼の「ゲームマスター」能力が警告を発した。
【危険検知:ボスモンスター出現確率99%】
「フィオナ、注意して。ボスモンスターがいます」
二人が祭壇に近づくと、床が震え始めた。祭壇の周りの炎が高く上がり、その中から巨大な姿が現れた。
それは上半身が人間、下半身が馬の姿をしたモンスター。全身が炎に包まれ、手には大きな斧を持っていた。
【フレイムケンタウロス Lv.15】
【HP:800/800】
【攻撃力:65】
【特性:「炎の化身」火属性ダメージ回復、物理攻撃ダメージ半減】
【弱点:水、氷属性】
「これは...強敵だ」
フィオナが風切りの剣を構えた。ルークもエルメンタルブレードを握りしめる。
「水属性の攻撃が効きます。私が前線で攻撃するので、フィオナは横から攻めてください」
「了解した」
フレイムケンタウロスは怒りの咆哮を上げ、二人に向かって突進してきた。燃え盛る斧が振り下ろされる。
「流れよ水よ、敵を貫け!ウォータースピア!」
ルークは水の槍を放った。それはケンタウロスの胸に命中し、大きなダメージを与えた。
【ダメージ:85】
【フレイムケンタウロスHP:715/800】
フィオナは風切りの剣で風の刃を作り出し、ケンタウロスの脚を攻撃した。風属性は火に対してそれほど効果的ではないが、それでも確かなダメージを与えている。
【ダメージ:45】
【フレイムケンタウロスHP:670/800】
ケンタウロスは怒りの声を上げ、床を蹴って火の輪を作り出した。それは急速に広がり、二人を包み込もうとする。
「危ない!」
ルークは両手を広げ、エルメンタルブレードの力を最大限に引き出した。
「水よ、我らを守れ!ウォーターウォール!」
青い水の壁が二人を包み込み、火の輪から守った。しかし、その攻防で体力を消耗する。
「このままでは長引くぞ」
フィオナが息を切らせながら言った。
「もっと効率的に攻撃する方法はないか?」
ルークは部屋を見回し、天井に注目した。そこには大きな水晶のようなものがぶら下がっていた。
「あれは...」
彼の「ゲームマスター」能力が情報を提供した。
【浄水晶】
【効果:叩くと大量の水を放出する】
【用途:火の祭壇の冷却装置】
「フィオナ、あの水晶を攻撃してください!」
フィオナは天井を見上げ、すぐに理解した。
「よし!」
彼女は風切りの剣を掲げ、風の力で高く跳躍した。そして、剣で水晶を強く叩いた。
水晶が砕け、大量の水が部屋全体に降り注いだ。フレイムケンタウロスは苦悶の声を上げ、その炎が弱まる。
【クリティカル状態:ボスの能力低下】
【攻撃力:65→35】
【特性:無効化】
「今だ!」
ルークとフィオナは一斉に攻撃を仕掛けた。ルークの水の魔法とフィオナの風の刃が、弱ったケンタウロスを襲う。
激しい戦いの末、ついにフレイムケンタウロスは倒れた。その体は炎と共に消え、灰になって床に散った。
【ボスモンスター撃破!】
【経験値獲得:200】
【レベルアップ!現在レベル:6】
【新しいスキル解放:「マップ作成」】
ルークの視界に新たな通知が表示された。また一つ、新しいスキルを手に入れた。
「やった...」
二人は疲れを見せながらも、勝利の喜びを分かち合った。
ボスの消滅と共に、祭壇の炎も静まり、刀への道が開かれた。
「これで二つ目のエレメンタルウェポンだ」
フィオナが言った。
「誰が使うのでしょう?」
「あなたが取るべきだと思う」
フィオナの言葉にルークは驚いた。
「私はすでに風切りの剣を持っている。エレメンタルウェポンは一人一つが相応しい。それに...」
彼女は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「あなたが『全属性適性』を持つなら、すべてのエレメンタルウェポンを使いこなせるかもしれない。それは大きな可能性だ」
ルークは感謝の気持ちで頷き、祭壇へと近づいた。そこに置かれた赤い刀に手を伸ばす。
刀を掴んだ瞬間、赤い光が彼の体を包み込んだ。炎の力が体内を流れる感覚がある。しかし、痛みはなく、むしろ心地よい温かさだった。
【フレイムブレード】
【品質:伝説級】
【攻撃力:50】
【効果:火属性の魔力を操る、内なる炎を顕現させる】
【説明:古代より伝わる六大エレメンタルウェポンの一つ。持ち主の資質を見極め、相応しい者のみに力を与える】
刀を手に取ると、ルークは不思議な感覚に包まれた。彼の体内では水と火の力が共鳴していた。本来なら相反する二つの属性が、彼の中では調和しているのだ。
「全属性共鳴...」
彼は教授の言葉を思い出した。これが、彼の進むべき道なのかもしれない。
「感じるか?」
フィオナが尋ねた。
「はい。不思議な力です...」
ルークはフレイムブレードを試すように振った。刀の軌跡に沿って、小さな炎が生まれる。
「火の魔法も使えるようになるでしょう」
彼は集中し、詠唱してみた。
「燃え上がれ炎よ、我が意のままに。フレイム」
かつては火花しか出なかった魔法だが、今や彼の手のひらには立派な炎の玉が生まれた。
「すごい...」
フィオナも驚いた様子で見つめていた。
「これで二つのエレメンタルウェポンを手に入れましたね」
ルークはフレイムブレードを鞘に収め、腰に下げた。水と火。対照的な二つの力を手に入れたことで、彼の可能性は大きく広がった。
「次はどうする?」
フィオナが尋ねた。
「まだ四つのエレメンタルウェポンが残っています。それらも探すべきでしょう」
「そして、エルテミアの真実も明らかにしなければならない」
二人は頷き合った。彼らの前には、まだ長い道のりが待っている。しかし、今の彼らには新たな力と絆がある。
「帰りましょう。教授に報告があります」
炎の祭壇を後にする二人の表情には、確かな自信が浮かんでいた。「最弱魔導師」と呼ばれたルークの成長と、彼が見つけた「誰も気づかなかった隠しダンジョン」の攻略。これはまだ始まりに過ぎなかった。