第6話:見えるステータス、見える未来
風鳴の洞窟の奥深く、ルークとフィオナは慎重に進んでいた。洞窟の壁面は風の通り道となった長い年月で滑らかに削られ、所々で奇妙な唸り声を上げている。二人は互いの秘密を打ち明けたことで、以前よりも連携が取れるようになっていた。
「ルーク、その『ゲームマスター』の能力で、先の状況はわかるか?」
フィオナが低い声で尋ねた。彼女の表情はまだ警戒心を隠していないが、ルークの能力を信頼し始めているようだった。
「少し集中してみます」
ルークは目を細め、前方に意識を向けた。すると彼の視界に青い線が浮かび上がり、安全なルートを示した。また、いくつかの赤い点が表示され、それらはトラップの位置を示しているようだった。
「右側の壁に沿って進むのが安全です。床の中央部分にトラップがあります」
「わかった」
フィオナは彼の言葉に従い、壁に沿って進んだ。彼女の動きは無駄がなく、まるで風のように軽やかだった。ルークはその姿を見ながら、彼女が本当に元王女であることを実感していた。その気品と凛とした佇まいは、並の貴族とは違っていた。
「あの…フィオナ」
「何だ?」
「あなたの国、アストラリア王国について少し詳しく聞いてもいいですか?」
フィオナは一瞬足を止め、ルークを振り返った。その目には複雑な感情が浮かんでいた。
「今はダンジョンの中だ。余計な話はするな」
冷たく言い放ったフィオナだったが、少し歩いた後、意外にも彼女から話し始めた。
「アストラリアは小さな王国だった。北方の山々に囲まれ、風の魔力が豊かな土地だ。風を操る術に長けた国民たちは平和に暮らしていた」
彼女の声には懐かしさと誇りが混じっていた。
「七年前、『黒竜カースドラゴン』が現れ、国を襲った。父は勇敢に戦ったが、敗れた。そして、叛逆の汚名を着せられた」
「叛逆?」
「父がカースドラゴンと手を組み、エルテミア王国を裏切ったという濡れ衣だ。真実は逆だった。エルテミアの一部の権力者が竜を利用して、我が国を滅ぼそうとしたのだ」
フィオナの拳が強く握られた。彼女の中に燃える復讐の炎が感じられた。
「風切りの剣があれば、真実を証明できる。父の日記にはそう書かれていた」
「どのようにして?」
「風切りの剣には『真実の風』を起こす力があるという。過去の出来事を映し出す力だ」
ルークは驚いた。そんな能力は前世のゲームでは聞いたことがなかった。この世界はゲームとは微妙に異なるようだ。
「助けになれるなら、力になります」
ルークは真摯に言った。彼女の悲しみと怒りは理解できた。不当な扱いを受けた者の苦しみは、「最弱」と呼ばれ続けた彼にも共感できるものがあった。
フィオナはルークを一瞬見つめ、そして小さく頷いた。
「……ありがとう」
その言葉は小さかったが、確かに聞こえた。
二人が更に奥へ進むと、洞窟は急に広がり、大きな円形の空間に出た。中央には石の台座があり、その周りを風が渦巻いていた。
「あれは…」
台座の上には、細長い剣が立てられていた。その刃は風のように透き通り、柄には翼のような装飾が施されている。まさに風切りの剣だった。
「見つけた…」
フィオナの声が震えた。彼女の目標がついに目の前に現れたのだ。
しかし、台座に近づこうとした瞬間、ルークの「ゲームマスター」能力が警告を発した。
【危険検知:ボスモンスター出現確率99%】
【推奨対応:準備を整えてから台座に接近】
「待って、フィオナ!」
ルークは彼女の腕を掴んだ。
「何?」
「台座に近づくと、ボスモンスターが現れます。準備をしてからにしましょう」
フィオナは彼の警告に従い、足を止めた。彼女は短剣を抜き、戦闘態勢を取った。
「どんなモンスターだ?」
「わかりません。でも相当強力なものでしょう」
ルークもエルメンタルブレードを握りしめた。彼のレベルはまだ3だ。フィオナのレベル8と合わせても、未知のボスには厳しいかもしれない。
「作戦を立てましょう。私が水属性の魔法で援護します。フィオナは前に出て攻撃を」
「了解した」
二人は息を合わせ、慎重に台座に近づいた。
突然、台座の周りの風が激しく旋回し始め、巨大な竜巻が形成された。その中から、巨大な鳥のような姿が現れた。青緑色の羽を持ち、鋭い目と嘴を持つモンスターだ。
【テンペストバード Lv.12】
【HP:500/500】
【攻撃力:40】
【特性:「風の守護者」風属性ダメージ無効、物理ダメージ半減】
【弱点:水、氷、土】
ルークの視界に情報が表示された。レベル12。彼らの総合力ではかなり厳しい相手だ。
「テンペストバード!風の守護獣だ!」
フィオナが叫んだ。彼女もこのモンスターを知っているようだった。
「風属性の攻撃は効かない。物理攻撃も半減される」
ルークは情報を共有した。
「でも水属性の魔法は効くはずです。私が攻撃します!」
テンペストバードは大きく羽ばたき、鋭い風の刃を二人に向かって放った。フィオナは素早く身をひるがえして回避し、ルークも何とか避けることができた。
「フレイム・アイス!」
フィオナの短剣が青白い光を放ち、氷の刃がテンペストバードに向かって飛んでいった。彼女の短剣は氷属性だったのだ。刃がモンスターの翼を捉え、凍りついた。
【ダメージ:45】
【テンペストバードHP:455/500】
「流れよ水よ、我が意のままに。ウォータースピア!」
ルークも詠唱し、エルメンタルブレードから水の槍を放った。それは鳥の胴体に命中した。
【ダメージ:40】
【テンペストバードHP:415/500】
「効いている!続けるぞ!」
フィオナは勇気づけられ、次々と攻撃を仕掛けた。彼女の動きは目にも止まらぬほど素早く、テンペストバードを翻弄していた。
しかし、モンスターも強力だった。大きな竜巻を作り出し、それを二人に向かって飛ばしてきた。ルークは避けきれず、竜巻に巻き込まれて吹き飛ばされた。
【ダメージ:35】
【ルークHP:65/100】
「ルーク!」
フィオナの声が聞こえた。ルークは何とか立ち上がり、再び戦闘態勢を取った。
「大丈夫です!」
彼は次の魔法を準備した。エルメンタルブレードを掲げ、より強力な水の魔法を詠唱する。
「水よ、我に力を与えよ。水の鎖よ、敵を縛れ!アクア・チェーン!」
これは彼がグリモワールで読んだ中級水魔法だった。実際に使うのは初めてだが、エルメンタルブレードの力を借りれば可能なはずだ。
ブレードが強く光り、ルークの手から水の鎖が伸びた。それはテンペストバードの足に絡みつき、動きを制限した。
【状態異常:「拘束」付与】
【テンペストバードの移動速度低下】
「今だ、フィオナ!」
ルークの声に応え、フィオナは大きく跳躍した。彼女の短剣が氷の力を帯び、テンペストバードの胸に深く突き刺さった。
【クリティカルヒット!】
【ダメージ:95】
【テンペストバードHP:320/500】
モンスターは苦悶の叫びを上げ、必死に拘束から逃れようとした。そして、大きな力で水の鎖を断ち切った。
自由になったテンペストバードは、怒りに満ちた目で二人を見据え、大きく羽ばたいた。洞窟全体が揺れるほどの強風が巻き起こる。
「やばい、これは…」
ルークは風の渦が巨大化していくのを見て、警戒した。これはボスの大技の前触れだろう。
「フィオナ!私の後ろに!」
彼は直感的に叫び、エルメンタルブレードを両手で構えた。
「水よ、我らを守れ!ウォーターウォール!」
青い短剣が強く発光し、ルークの前方に水の壁が形成された。ちょうどその時、テンペストバードが最大の攻撃を放った。
「テンペストブラスト!」
鳥の口から放たれた風の射線が水の壁に衝突した。水の壁は風圧でたわみ、すぐに崩れそうになったが、何とか二人を守り通した。
「よく持ちこたえた…」
フィオナが息を切らしながら言った。彼女の服は所々破れ、顔には小さな傷があった。
【フィオナHP:65/100】
ルーク自身も消耗していた。水の壁を維持するのにほとんどの魔力を使い果たしてしまった。
【ルークMP:15/80】
「このままでは勝てないかもしれない…」
ルークは状況を冷静に分析した。テンペストバードのHPはまだ残り320。二人の攻撃力では、倒し切る前に力尽きてしまうだろう。
「何か他の方法はないのか?」
フィオナが息を整えながら言った。
ルークは周囲を見回した。そして、一つの可能性に気づいた。洞窟の天井には大きな岩の塊が不安定に吊り下がっていた。
「フィオナ、天井の岩を見て。あれを落とせれば…」
フィオナは頷いた。
「でも、どうやって?」
「私がもう一度テンペストバードの注意を引きます。その間に、あなたが岩を支えている部分を攻撃してください」
「わかった。気をつけろよ」
ルークは深く息を吸い、残りの魔力を集中させた。
「おい、風の守護者!私が相手だ!」
彼は前に出て、小さな水の弾をテンペストバードに向かって放った。モンスターは怒りの叫びを上げ、ルークに向かって突進してきた。
一方、フィオナは素早く洞窟の壁を駆け上がり、天井近くまで移動した。彼女の短剣が岩を支える細い部分を狙う。
ルークは必死にテンペストバードの攻撃を避けながら、時間を稼いだ。彼の「ゲームマスター」能力が、モンスターの攻撃パターンを予測し、かわす手助けをしてくれた。
「今だ!」
フィオナの短剣が岩を支える部分に突き刺さり、氷の力で凍らせた。そして強く引き抜くと、凍った部分が砕け、巨大な岩が落下し始めた。
「ルーク、避けろ!」
彼女の叫びに応じ、ルークは一気に後方へ跳んだ。大岩がテンペストバードを直撃し、モンスターは地面に押しつぶされた。
【クリティカルダメージ:250】
【テンペストバードHP:70/500】
「終わらせるぞ!」
フィオナが宙から落下し、短剣を両手に持って岩の上から突き刺した。刃が岩を貫通し、下のモンスターに命中した。
【ダメージ:70】
【テンペストバードHP:0/500】
【ボスモンスター撃破!】
テンペストバードは光の粒子となって消え、二人は勝利した。
【経験値獲得:150】
【レベルアップ!現在レベル:5】
【新しいスキル解放:「ステータス解析」】
ルークの視界に新たな通知が表示された。彼はレベル5になり、新しいスキルを手に入れた。
「やった…」
フィオナは息を切らしながらも、満足そうに微笑んだ。彼女の姿には高貴さと戦士の勇猛さが同居していた。
「素晴らしい連携でした」
ルークも笑顔で答えた。二人の息はぴったり合っていた。まるで長年一緒に戦ってきたかのように。
モンスターの消滅と共に、台座を囲んでいた風の渦も静まった。剣への道が開かれたのだ。
「行こう」
フィオナは台座に向かった。ルークも彼女に続く。台座に近づくと、風切りの剣が淡い緑色の光を放っていた。まるで彼らの到来を歓迎するかのように。
フィオナは恐る恐る手を伸ばし、剣の柄に触れた。その瞬間、剣全体が強く光り、彼女の体を包み込んだ。
「フィオナ!」
ルークが心配して叫んだが、すぐに光は収まった。フィオナは風切りの剣を握り、その姿はより一層凛々しく見えた。
【風切りの剣】
【品質:伝説級】
【攻撃力:50】
【効果:風属性の魔力を操る、真実の風を呼び起こす】
【説明:古代より伝わる六大エレメンタルウェポンの一つ。持ち主の資質を見極め、相応しい者のみに力を与える】
ルークの視界に剣の情報が表示された。伝説級の武器。そして、持ち主の資質を見極めるという特性。フィオナは相応しいと認められたのだろう。
「どうですか?」
「…力が流れ込んでくる」
フィオナは剣を見つめながら言った。彼女の周りに小さな風が渦巻いている。
「この剣は確かに特別だ。そして、私を受け入れてくれた」
彼女の表情には、長い旅の末にようやく目的を果たした安堵があった。
「風の力が使えそうです」
彼女は風切りの剣を振り、すると空気が切り裂かれ、小さな風の刃が飛んだ。
「凄い…」
ルークは感嘆の声を上げた。これで彼女の戦闘力は更に上がるだろう。
「あとは…真実の風だ」
フィオナは剣を掲げ、何かを思い描くように目を閉じた。
「過去を映せ、真実の風よ」
彼女の言葉と共に、剣が強く発光し、周囲の空気が揺らめいた。洞窟の壁に、まるで映像のように過去の光景が映し出される。
そこに映っていたのは、荒れ狂う黒い竜と、それに立ち向かう一人の騎士の姿だった。騎士の顔はフィオナに似ていた。
「父…」
彼女の声が震えた。
映像はさらに続き、戦いの裏側で密談する人々の姿が映った。豪華な衣装を身にまとった男たちだ。
「あれは…エルテミアの枢機卿たち!」
フィオナが驚きの声を上げた。映像では、彼らが黒竜を操る術について話し合い、小国アストラリアを滅ぼす計画を語っていた。
「やはり…父は無実だった」
フィオナの目から一筋の涙が伝った。それは悲しみと、同時に真実を知った安堵の涙だった。
「これが真実…」
ルークも映像に見入っていた。エルテミア王国の上層部による陰謀。それは彼の前世のゲーム知識には含まれていなかった情報だった。
映像が消え、風切りの剣の光も穏やかになった。フィオナは深く息を吸い、顔の涙を拭った。
「これで父の名誉を回復できる。証拠を持って王都に戻るとしよう」
彼女の声には新たな決意と活力が満ちていた。
「行き先は王都ですか?」
「ああ。エルテミアの王に真実を突きつけるつもりだ」
その言葉に、ルークは少し心配になった。エルテミアの王族に直接訴えるのは危険だ。特に、今見た映像が事実なら、王国の上層部は彼女の敵になる。
「少し慎重に計画を立てませんか?直接王に会うのは危険かもしれません」
フィオナは彼の言葉を考え、そして頷いた。
「確かにそうだな。まずは安全な場所で作戦を練るべきだ」
「私の協力が必要なら…」
ルークは言いかけて止まった。彼はアルマディア家の人間だ。フィオナが敵視するエルテミア王国の貴族の一員である。彼女は彼を信頼するだろうか。
しかしフィオナは微笑んだ。その表情は、これまでにないほど柔らかかった。
「ありがとう、ルーク。あなたの力は必要だ。この先も、共に行動してほしい」
その言葉にルークは安堵した。彼女は彼を信頼しているのだ。
「喜んで」
二人は風鳴の洞窟を後にした。フィオナは風切りの剣を腰に下げ、ルークはエルメンタルブレードを懐に忍ばせた。
この冒険で二人の絆は深まり、互いの力を認め合うことができた。そして、新たな目標も見えてきた。エルテミア王国の真実を暴き、フィオナの国の名誉を回復すること。
ルークの「ゲームマスター」能力は確実に成長していた。新たに得た「ステータス解析」スキルについてはまだ詳細がわからないが、これからの冒険で役立つことだろう。
夕暮れの中、二人は王都への帰路についた。彼らの前には、まだ見ぬ困難と、そして希望が待ち受けていた。