弾の風
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ん、いま音だけの花火があがらなかった?
なにかイベントをやる、あるいはそのイベントの中止のおしらせかな。
いまどき、珍しいとは思わない? 最近は、LINEをはじめとした連絡網があるから、たいていのコミュニティには花火いらずで、たちまち情報が共有されるはず。
となると、この花火の出どころは、不特定多数を対象とするお店とかの催し物に関してだったのかな? それも公式サイトの情報発信とかみれば、こと足りそうな気がするけど。
音による合図。
のろしと並んで、歴史ある情報の伝達方法だ。
五感への刺激は大きく、意味や正体を知ってさえいれば、迅速で確実。
こっそり伝えるのには適さないが、伝えられる人数に関しては、視覚よりも多いかもしれないな。
それだけに、もし危ういものがやってきたならば、大勢にとって注意しなければいけない事項。
もし、人生経験上、あまり耳にしたことがない音を耳にしたときには、気を付けなくてはいけないかもしれないな。
私の昔の話なんだが、聞いてみないか?
あれは、私が小学校の低学年のときだったかな。
体育で、みんながグラウンドへ出て授業していたとき、どこかからピストルを鳴らす音が聞こえてきたんだ。
運動会で使う、スターターピストルの音に似ていたが、いまはそれらのイベントが開催される時期とは程遠い。
しかも、聞いたのはパパンと二連続での銃声。陸上競技を見たとき、フライングをとがめるために、鳴らされたような記憶があった。
いぶかしがる私たち生徒に対し、体育の先生は一気に神妙な面持ちになったよ。
音がしたであろう方向をしばらくにらんだ後、体育は中止。残り時間は教室での保健の時間となった。
明らかに不自然な動きだったよ。
それより後のコマである理科の授業も、本来ならクラスでフィールドワークをする予定だったのが、座学タイムに。
他のクラス、学年に関しても同じだ。
本来なら、外に出ているべきクラスがいくつかあったのに、それらが一切ない。
その変わりように、私たち生徒も首をかしげたよ。
あのピストルの音を聞いてから、いっぺんに先生方の様子が変わってしまった。
やはりあれはイベント関連ではなく、もっとやっかいなものだったのだろう。
その予想は、ほどなく現実の指示となって、私たちにもたらされる。
帰りの会で、先生からみんなに伝えられたこと。
それは防災頭巾をかぶったまま、下校するように、とのことだったんだ。
避難訓練のとき以外は、座布団として僕たちの尻に暖められている、かの頭巾。
その出番が、こうも公にやってくるだけでも信じがたかったけれど、続く先生の言葉にも驚いた。
今日は「弾の風」に当てられる恐れが大きい、と。
「みんなも聞いただろうが、あの号砲はピストルのものだ。誰が、どこから撃っているかは先生たちにも分からない。が、使われているのは、紙火薬よりもっとやべーやつだぞ。
しっかり頭巾で防御して帰るように。遊びも寄り道も禁止。まっすぐにな」
「せんせー、そんなやべーものなら、頭じゃなくても身体に当たってもやべーと思いま~す。防災頭巾ヨロイとか用意しなくていいんですか?」
ガチなのか、ネタなのか。
微妙なラインの質問が飛び出し、クラス数人がかろうじて笑うという、これまた妙な空気に包まれる教室。
先生は「大丈夫だ……というのも変だが、頭だけが大事だからな」と、これまた妙な答えを返してくれたよ。
帰り際、窓から見下ろす校庭では、一足早く外へ出たらしい面々が、もれなく頭巾をかぶっていたし、おふざけではないらしい。
私たちも、防災頭巾をかぶって校門をくぐる。
ここからの帰り道は、ほぼ全員バラバラだ。ごくごく少数の、帰り道が途中まで同じ子たちが固まるのみ。
私は一人旅だった。
頭巾をかぶった視界は、そこまで悪くないとはいっても、顔の左右を絶えずカバーされるというのは、妙な感触だ。
いまのところ、通学路に不審な点は見受けられない。
帰ってからは、家からも出ないようにいわれている。習い事などがあっても、できれば欠席するように、と。
――ならば、いっそ学校に子供たちをとどまらせる。あるいは、泊まらせるとかしたほうがいいんじゃ……?
などと考えていた、私の頭巾。
その頭のてっぺんから、顔の全面までがあらわになる。
いきなり吹き付けた風が、かぶっていた頭巾を下から押し上げるような格好になったんだ。
その瞬間。
私の耳は号砲を、鼻は頭のあたりに鋭い痛みを感じた。
ぴぴっと、足元のアスファルトに散るのは、赤い飛沫。それが思わず鼻にやった指を染める、真っ赤な血と同類であろうことは、疑いない。
――撃たれた!
その想像はあまりに簡単で、追いうつ更なる号砲が、より確信を強めてくれる。
私は跳ね上げられた頭巾を、すぐさま元へ戻す。
ほどなく、頭巾の右側から、いくつも石を叩きつけられるような衝撃が伝わってきた。
あの音、この痛み。
想像上とはいえ、私にはピストルで撃たれたようにしか思えない。
そのピストルが出す弾であるなら、このような頭巾を余裕しゃくしゃくで貫けそうなものなのに、頭巾を構成する生地たちは、家へ帰り着くまで弾を防ぎ続けてくれたんだ。
鼻の傷は手当てして、穴そのものはふさがったけれど、ちょっと肉が寄れてしまったようでね。
ほら、今も鼻の頭をよく見たらわかるだろ? 不自然な肉のふさがり方がさ。
そして、翌日の学校の様子を見て、生徒たちをあの「弾の風」の中を帰した理由も分かった。
先生たちが総出で校舎の塗り作業をしていたが、それがまだ及ばない高層の壁。
そこには離れて見ると、ごま粒かと見まごう、細かい穴たちが開いていたんだ。
それはちょうど、私の頭巾を撃つ感触が飛んできた方向だったんだよ。