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その日の昼休み、坂井誠、谷主小太郎、そして桜井玲奈の3人はオフィスの休憩室で昼食を取ることになった。休憩室は広々としており、白いテーブルと椅子が整然と並んでいる。窓からは心地よい日差しが差し込み、リラックスした雰囲気が漂っていた。


「それで、坂井さん。先ほど言っていたミステリー小説の件ですが、本当に読むんですか?」


玲奈は持参したサンドイッチを口に運びながら、坂井に尋ねた。彼女の黒髪は艶やかに揺れ、その大きな瞳が真剣に坂井を見つめている。坂井はチキンカツサンドを頬張りながら、やや自信なさげに笑った。


「もちろんさ!桜井ちゃんが選んでくれるなら、俺も真剣に読んでみるよ。で、どんな本がおすすめなんだ?」


「そうですね…まずは、初心者でも楽しめる作品から始めるのがいいでしょうね。例えば、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』なんてどうですか?」


玲奈は提案しながら、さりげなく彼女の愛読書であるクリスティの名前を出した。坂井は一瞬考え込んだが、すぐに頷いた。


「おお、それなら俺も知ってるぞ!確か、登場人物が一人ずついなくなっていく話だったよな?でも、読んだことはないから楽しみだ!」


坂井は無理に知識を披露しようとしたが、その自信にはやや曖昧さが漂っていた。コタローはそんな彼を横目で見ながら、微笑を浮かべた。


「坂井、お前、本当に読めるのか?あれ、結構推理が難しいって聞いたことあるぞ」


「大丈夫さ!俺だって意外と頭いいんだぜ?きっと最後まで読めるさ!」


坂井は胸を張って答えたが、その言葉に玲奈は微妙な表情を浮かべた。


「まあ、途中で投げ出さないようにお願いしますね。最後まで読むことが重要ですから」


玲奈は冷静に忠告したが、坂井はそれを気にする様子もなく、勢いよくサンドイッチをかじった。


「俺に任せとけ!ところで、谷主はどうだ?お前も一緒に読んでみないか?」


突然振られたコタローは、驚いた表情を浮かべた。


「えっ、俺も?いや、別にいいけど…最近、本なんて読んでないからな。仕事終わったらすぐに寝ちゃうし」


「お前、それじゃあダメだって!もっと趣味を持てよ。仕事ばっかりじゃ疲れるぞ」


坂井は力説したが、コタローは肩をすくめた。


「趣味ねぇ…特に何もないんだよな。でも、桜井がすすめてくれるなら、ちょっと読んでみるのも悪くないかも」


コタローは少し考え込みながら言ったが、玲奈は驚いた表情を浮かべた。


「谷主さんも読んでみるんですか?それはちょっと意外ですね。普段、あまり本を読んでいるイメージがなかったので…」


「まあ、たまには何か新しいことを始めるのも悪くないと思ってさ。俺も少しは成長しないとね」


コタローが笑いながら言うと、玲奈は少し微笑み返した。


「では、私が選んだ本をお二人で読んでみてください。きっと楽しめると思いますよ」


その時、坂井がふと思い出したように口を開いた。


「そうだ、桜井ちゃん!実はさ、俺たち、今日の仕事終わりに軽く飲みに行こうと思ってたんだけど、桜井ちゃんも来ないか?」


突然の誘いに、玲奈は一瞬戸惑ったが、すぐに表情を整えた。


「飲み会ですか…ありがとうございます。でも、今日は少し忙しいので、またの機会にお願いできますか?」


「そうか…残念だな。でも、また別の日に誘わせてもらうよ!俺たち、飲み会でも結構真面目な話をしてるんだぜ?」


坂井はニヤリと笑って言ったが、玲奈は軽く肩をすくめた。


「そうですね。もし真面目な話があるなら、またその時にでも」


玲奈はそのままサンドイッチを食べ続け、話題が終わったかのように黙り込んだ。コタローはその静けさに気まずさを感じ、話題を変えようとした。


「ところで、桜井は何かスポーツとかしてるのか?」


玲奈は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに答えた。


「スポーツですか?あまり積極的に運動はしませんが、たまにジョギングくらいはしますね」


「ジョギングか!それはいい趣味だな。俺もたまに走ってるんだけど、続かないんだよな…」


コタローは肩をすくめて言ったが、坂井はその言葉にすかさず乗ってきた。


「おいおい、谷主!続かないって言うけど、お前、そもそも運動苦手じゃないか?昔、一緒にジムに行った時も、すぐにバテてたじゃないか」


「それは…そうだけどさ、でも一応やってみたんだよ」


「一応じゃダメだって!もっと本気で取り組まないと!」


坂井が笑いながら言うと、玲奈も少し笑顔を見せた。


「お二人とも、意外と仲が良いんですね。そういう掛け合いを見てると、微笑ましいです」


玲奈の言葉に、コタローは少し照れくさそうに笑った。


「いや、こいつとは高校からの付き合いだからな。なんだかんだでずっと一緒にいるんだよ」


「へえ、それは長い付き合いですね。そういう友達がいるのは、羨ましいです」


玲奈は少し遠い目をしながら言った。その表情を見て、坂井は思わず尋ねた。


「桜井ちゃんには、昔からの友達とかいないのか?」


「…ええ、そんなに長く続いている友達はいませんね。引っ越しが多かったので、なかなか友達と長く付き合うことが難しかったんです」


玲奈は少し寂しげに言ったが、すぐに表情を取り戻して続けた。


「でも、今はこうして新しい職場で良い仲間に出会えたので、幸せです」


その言葉に、坂井もコタローも少し感動を覚えた。坂井は照れ隠しのように笑いながら言った。


「そうか!じゃあ、これからは俺たちが桜井ちゃんの友達だな!何かあったら、いつでも頼ってくれよ」


「そうですね。ありがとうございます」


玲奈は微笑んで頷いたが、その目には少しだけ涙が浮かんでいた。それに気づいたコタローは、心の中で「彼女も寂しかったんだな」と思った。


その後も、三人は和やかな雰囲気の中で話を続けた。玲奈の過去の話や、坂井の学生時代のエピソード、そしてコタローの運動音痴な話など、次々と話題が尽きることはなかった。時折、玲奈が鋭いツッコミを入れる場面もあり、坂井がそれに対して軽妙に返すやり取りは、まるでコントのように楽しかった。


こうして、彼らの絆は少しずつ深まっていった。コタローは、こんな日常が続くのも悪くないと思い始めていた。



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