転10 ボーイズトーク
クマ撃退事件から数日が経ち、いつもの昼休みが訪れた。坂井とコタローは、定食屋で唐揚げ定食を前に座り、軽い雑談をしていたが、コタローの何気ない一言が坂井を驚愕させた。
「そういえばさ、坂井。あのクマの時、実はもう一匹来てたんだよ。」
坂井は箸を止め、唐揚げを口に運びかけた手を止めて、コタローを驚きの目で見つめた。
「……え?……二匹目がいたのか?」
その瞬間、坂井の顔色が一気に変わり、驚きが広がった。
「お、おいおいおい!それ本気で言ってんのか!?二匹目がいたなんて、何で今まで言わなかったんだよ!」
坂井は驚きのあまり立ち上がり、テーブルに手をついて身を乗り出す。箸から唐揚げがポトリと皿に落ちた。
「いや、まあ、お前が必死だったから、余計なこと言わない方がいいかなって思ってさ。あの時、後ろから二匹目が近づいてたんだよ。」
「マジかよ!?一匹目だけで限界だったのに、二匹目がいたなんて知ってたら…いや、絶対俺、パニックになってたぞ!」
坂井は目を大きく見開き、頭を抱えてその場でクルクルと回り始めた。
「それで、どうやって二匹目を追い払ったんだよ!?そんなの普通に考えて無理だろ!」
コタローは少し照れくさそうに肩をすくめ、答えた。
「まあ、俺もその時は必死だったけどさ、小石を投げて遠くで音を立てたんだ。それでクマがそっちに気を取られてる間に、もう少し大きい石を投げて遠ざけた。最後には、大きな枝をクマの進行方向に投げて、それでビビったクマが逃げて行ったんだよ。」
坂井はその話を聞くと、目を見開いて大きな声で叫んだ。
「すげえな、お前!お前、本当にそんなことやったのか!?俺、ただ前でビビってただけなのに、お前がそんなことしてたなんて…」
坂井は大げさに手を振り回し、コタローを褒め称えた。
「いやいや、俺も必死だったからさ。あのクマ、かなり若かったんだと思う。まだ経験が浅い感じの動きだったからな。それに、お前が一匹目に集中してるのが効果的だったんだろう。こっちに向かって来たらまずいって思って、なんとか誘導してたんだ。お前が前で踏ん張ってくれてたから、冷静に行動できたんだよ。」
坂井は少し驚いた表情を浮かべつつも、真剣な目でコタローを見つめた。
「お前が冷静に動けたのは、俺が前で頑張ってたからってわけか。そういうこと言うと、俺も悪くない気がしてくるな。でもさ、やっぱりお前は……すごいよ。」
コタローは軽く笑いながら首を振った。
「いや、お前があの時あそこで踏ん張ってくれてたからだよ。正直、俺はあんまり前に出るタイプじゃないからさ。お前が前に出てくれるって信じてたから、後ろからサポートできたんだ。」
坂井は笑いをこらえきれず、少し照れながらコタローに向き直った。
「お前な、そう言ってもらえるとちょっと嬉しいけどさ、俺だって内心ビビってたんだよ。でも、なんかお前が後ろにいるって思ったら、変に落ち着いたんだよな。コタローが何とかしてくれるって、信じてたんだ。」
コタローはその言葉に照れくさそうに肩をすくめた。
坂井はコタローに向かって大きく頷き、感謝の気持ちを込めて彼の肩を叩いた。
「いやー、マジでありがとうな、コタロー!お前がいてくれて、本当に助かったよ。これからも頼むぜ!お互い、やっぱり助け合ってるな。」
「そりゃそうだろ。俺たち、昔からそうじゃん。お前が前に立ってるなら、俺も後ろでフォローするさ。次も頼む。」
「任せとけ。お前がいるなら、俺も何とかなるさ。」
二人は再び笑い合いながら、唐揚げ定食に手を伸ばした。坂井とコタローの友情は、クマ撃退事件を通じてさらに深まり、何があっても一緒に乗り越えていけるという強い信頼感が漂っていた。




