転8 また危険なキャンプ 彩花編
クマが目の前に現れた瞬間、彩花の心臓は一気に跳ね上がった。これまでの穏やかな空気が一瞬で引き裂かれ、目の前に広がる現実の恐怖が彼女を覆った。しかし、彩花はその恐怖に飲まれることなく、無意識のうちに周囲を観察し始めた。
「どうしよう…でも、ただ立ってるだけじゃダメだ。何かしなきゃ…」
心の中で焦燥感が募りながらも、彩花は冷静さを保とうと必死だった。彼女の目には、坂井がすぐに前へ出て、クマと向き合う姿が映った。その姿は頼もしくもあり、同時に彼の大きな責任を感じさせた。
「坂井さんが…あんなに大きなクマに向かっていくなんて。でも、彼もきっと怖いはず…怖いけど、それを隠してみんなを守ろうとしているんだ。」
坂井がクマの前に立つ姿を見て、彩花は彼の内心の葛藤を想像した。体格こそ大きいものの、その背後に隠された恐怖や不安が、彼女にも感じ取れた。
「坂井さん、大丈夫かな…すごく怖いはずなのに、それでも前に出るなんて。私にできることは…何かある?」
その時、視界の隅にコタローの姿が映り込んだ。彼は坂井の背後で、何かを考え込んでいる様子だった。彩花はすぐに彼の行動に注目し、何か異変が起きているのを察した。
「コタローさん…あれ?もう一頭のクマ…!?」
一瞬で全身に緊張が走った。コタローが二頭目のクマに気づき、焦りながらも冷静に対処しようとしているのを見て、彩花の心臓はさらに強く鼓動を打った。
「コタローさんも、きっと怖いはず。でも、彼は考えてる…どうやってみんなを守るか、必死に考えてる。私も何か…何かできることがあるはず。」
彩花は、自分にできることを必死に探し始めた。しかし、状況は刻一刻と悪化しているように思えた。コタローが冷静に動き始めたのを見て、彼女もその行動を目で追った。
「煙…それから、音でクマを追い払おうとしてるのね。でも、二頭目がいるなんて…」
彩花は、コタローが焚き火の残り火を使って煙を発生させ、小石を使って音を立てているのを見ながら、彼の冷静さと迅速な対応に驚きを隠せなかった。同時に、自分に何ができるのか、ますます自信を失っていった。
「私には何もできないの?坂井さんもコタローさんも、こんなに頑張ってるのに…」
心の中で無力感が募りながらも、彩花は懸命に状況を見守り続けた。彼女は、コタローが繰り出す次の手を見逃すまいと集中していた。音を使ってクマの注意を引き、さらに煙で進行方向を変えようとしている姿を見て、彼の計算された行動に感嘆した。
「コタローさん、すごい…あんなに冷静に動けるなんて。私も、何かしなきゃ…」
しかし、彩花は自分が何もできないという現実に直面した。コタローや坂井が全力で動いている中で、自分だけが何もできずに立ち尽くしているような気がして、心が締め付けられるような思いだった。
「坂井さんが前で戦って、コタローさんが後ろでクマを追い払って…私だけ何もできないなんて。情けないよ…」
彼女は必死に自分を奮い立たせようとしたが、体が動かない。恐怖に縛られたまま、ただ二人の奮闘を見守ることしかできなかった。しかし、コタローが冷静に、そして確実に二頭目のクマを追い払っていく姿を見て、彼への尊敬の念が静かに湧き上がってきた。
「コタローさん…あなた、こんな時でも冷静で、本当にすごい。私、もっと頑張らなきゃいけないのに…」
やがて、クマが完全に後退し、状況が落ち着いた瞬間、彩花はようやく大きく息を吐き出した。坂井とコタローが無事に事を収めたことに、心から安堵した。
「二人とも、本当にすごい…あんなにも冷静に、そして勇敢に戦ってくれた。」
坂井がクマを追い払った後、皆が彼に称賛を送る中で、彩花は静かにコタローの方に目を向けた。彼がどれほどのプレッシャーの中で動いていたのか、その努力と冷静さを見逃さなかった。
「コタローさん、私見てたよ。あなたがどうやってクマを追い払ってくれたか、ちゃんとわかってる。すごいよ…やっぱり頼りになる。」
彩花はコタローに言葉をかけることはなかったが、その心の中で彼への尊敬と好意が静かに増していくのを感じた。彼の冷静な行動と、誰にも気づかれずに陰で支える姿に、彩花の胸は高鳴っていた。
「コタローさん、ありがとう…あなたがいてくれて、本当に助かった。これからも、もっと頼りにしてもいいよね?」
彩花はその思いを胸に秘めながら、静かにその場を離れた。坂井やコタローの奮闘を心に刻みつつ、自分ももっと強くならなければと、静かに決意を新たにしていた。




