転8 また危険なキャンプ 玲奈編
クマが現れた瞬間、玲奈の心臓はまるでドラムのようにバクバクと鳴り響き、その音が耳まで響いてきた。普段の彼女なら「おっ、これ面白いネタになるかも!」と軽く考えるところだが、今回は全く違った。目の前にいるのは、本物のクマ。しかも、かなりデカい。
「え、え、え!?本当にクマ!?なんでこんなところに!?しかも、まさかこんなに近くで出くわすなんて…!これ、ヤバいよね、絶対ヤバいやつだよね!」
玲奈は必死に笑顔を保とうとしたが、顔が引きつっているのが自分でも分かった。心の中では「どうしよう、どうしよう!」と混乱がぐるぐると渦巻いていた。
「坂井さんが前に出た…!うん、さすが坂井さん!でも、ちょっと待って、大丈夫?坂井さん、まさかクマにガチで挑む気?いやいや、無理しないでよ!でも、私も何かしなきゃ…!そうだ、ここで私も頑張らないと、坂井さん一人に全部任せちゃダメだよね!」
玲奈は心の中で自分を奮い立たせながらも、実際には体が全く動かない。足はまるで地面に貼り付いたように動かず、「助けなきゃ!」という思いだけが空回りしていた。
「えっと、武器になるもの…武器になるものは…ない!木の枝とか投げる?いやいや、そんなのクマに通用するわけないし、むしろ怒らせちゃうかも…ああ、もう!どうしよう!」
玲奈は焦りながら周りを見渡し、「何か役に立つもの、何か、何か…」と必死で探していたが、見つかるのは小さな石ころや落ち葉ばかり。
「いやいや、これじゃクマを追い払うどころか、足の爪を傷つける程度じゃん!なんでこういう時に限って、何も役に立つものがないの!?私、いつもならすぐに何か思いつくのに…」
頭の中がパニック状態になりながらも、玲奈は「ここで私が頑張らないと!」という使命感だけは持ち続けていた。しかし、何もできない自分が情けなく、思わず涙が出そうになるのを必死にこらえていた。
「坂井さん、お願いだから無理しないで!私が何かできればいいんだけど、何もできなくて…もうどうしよう、どうしよう!」
坂井がクマに向かって立ちふさがる姿を見た玲奈は、「坂井さん、すごい!でも、私も何かしなきゃ!」と思いながら、どうしていいか分からず、頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
「待て待て、私も助けるんだ…でも、何をどうすればいいの!?このままじゃ坂井さん一人に頼りっきりになっちゃうし…いや、でも無理だ、やっぱり怖い!」
玲奈はその場でジタバタしながら、必死に自分を落ち着かせようとしたが、クマの巨大さと迫力に完全に圧倒されていた。
「坂井さん、どうか無事でいて…お願い、私も頑張るから…でも、何も思いつかないよ!どうしよう…!」
彼女は目をぎゅっと閉じ、「お願いだから坂井さんが無事で、みんなが助かりますように!」と心の中で何度も繰り返した。応援しかできない自分が情けなくて仕方なかった。
そして、クマが去った瞬間、玲奈はほっとした反面、自分の無力さに打ちのめされた。
「坂井さん、やっぱりすごいよ…でも、私、本当に何もできなかった…こんな時に役に立たないなんて、ほんとに悔しい!」
彼女は安堵しながらも、「次は私ももっと頑張るから!」と自分に言い聞かせていたが、その心の奥底では「でも、もうこんなことは勘弁してほしい…」と切に願っていた。
「坂井さん、本当にありがとう!私も次は…できれば、次はもっと平和な冒険がいいな…」
玲奈は坂井に感謝しつつも、再び自分が役に立つシーンが来ないことを願わずにはいられなかった。
クマが去った瞬間、玲奈は全身の力が抜け、まるで長い夢から覚めたような感覚に包まれた。恐怖と緊張が一気に解け、彼女の膝は小刻みに震え始めた。
「よかった…本当に、よかった…」
玲奈は心の中で何度もそう繰り返しながら、大きく息を吐いた。何とかみんな無事で済んだという安堵感が、体中に広がっていった。
しかし、その安堵と共に、玲奈は自分が坂井に対して感じている感情が急激に変わりつつあることに気づき始めた。
「坂井さん…あんなクマに立ち向かってくれて、本当にすごかった…」
今まで、坂井のことを頼りになる先輩や友人としか思っていなかったが、あの瞬間、彼が自分たちを守ってくれたことに対して、玲奈の胸の奥が温かくなるのを感じた。
「私…坂井さんがいなかったらどうなってたんだろう…」
玲奈の頭の中には、さっきの坂井の姿が鮮明に浮かんでいた。必死に自分たちを守ろうとしてくれた坂井の背中、その一生懸命さ、そして恐怖に立ち向かう姿勢が、彼女の心に深く刻まれていた。
「まさか…これが、好きってやつ…なの?」
玲奈は自分でも驚くほど、坂井に対して急激に高まる感情を抑えきれなくなっていた。さっきまでの恐怖が、今はまるで夢のように感じられるほど、彼への気持ちが一気に膨らんでいた。
「坂井さん…」
玲奈は自然と坂井の方に足を向けた。彼はまだクマが去った方向を見つめ、呼吸を整えている。彼の汗で湿った顔や、少し乱れた髪、そして強張っていた表情が、彼の内心の不安と恐怖を物語っていた。
「でも、そんな坂井さんが、あんなに勇敢に…いや、怖かったんだろうけど、それでも私たちを守ってくれたんだ…」
玲奈の心はすでに高鳴っていた。まるで吊り橋の上で風に揺られているような感覚が、彼女の胸をドキドキさせた。緊張と恐怖が一気に解け、坂井に対する感謝と尊敬、そしてそれ以上の感情が芽生えていた。
「坂井さん…ありがとう、本当にありがとう…」
玲奈は無意識に坂井に近づき、彼の袖を軽く引いた。坂井が驚いて振り返ると、玲奈は少し照れくさそうに微笑んだ。
「玲奈、どうした?大丈夫か?」
坂井の声が少し震えているのを感じ取った玲奈は、彼の優しさにさらに心が揺れた。彼が自分を心配してくれていることが、まるで吊り橋を揺らす風のように、玲奈の心を大きく揺さぶった。
「坂井さん…私、坂井さんがいてくれて、本当に良かった…」
玲奈は坂井を見つめながら、自分の中で湧き上がる気持ちを抑えきれずに言葉にした。顔が熱くなり、心臓の鼓動がさらに早くなっていくのを感じた。
「お、おう…俺も、無事で良かったよ。でも、ほんと、何とかなって良かったな…」
坂井は少し照れながら答えたが、玲奈の真剣な表情に気づき、彼も少し緊張していた。
「坂井さん…」
玲奈はさらに近づき、坂井の腕に手を添えた。その瞬間、坂井の顔が少し赤くなるのを見て、玲奈は心の中で「やっぱり、私…坂井さんのこと…」と強く思った。
「これって…やっぱり好きってことなのかな…?」
玲奈の心はまるで揺れているように、不安定ながらも確かに坂井に引き寄せられていた。そして、今まで感じたことのない、この不思議な感覚に彼女自身が戸惑いながらも、坂井への想いがどんどん膨らんでいくのを止められなかった。




