9 退魔師は対抗策を練り上げていく
やる、と決めてからの退魔師の行動は早かった。
持ってきた道具でとりあえずの結界を張る。
これで霊気の侵入をある程度は防げる。
とはいえ、本格的なものではない。
手持ちの道具で出来る事は限られている。
あくまで一時しのぎだ。
本格的な対策は時間をかけてやらねばならない。
専用の道具も必要になる。
それを用意するために、一度家に戻っていく。
道具を用意するために。
無いものは注文するために。
なにより、同業者に声をかけるために。
連絡が通じる範囲にいる霊能者に事情を伝えていく。
巨大で強力な霊気がひろがってる事を。
一人ではどうにもならない事を。
出来るなら、対応に協力して欲しいと。
神官、僧侶、祈祷師、呪術師などなど。
知りうる限りの霊能者に事情を伝えていく。
協力は出来なくても良かった。
何が起こってるかだけでも知っておいてもらいたかった。
そうしておけば、その人も対処が出来るだろうから。
それが今後に活かされるかもしれない。
可能性を少しでも作っておきたかった。
ありがたい事に、何人かは協力をしてくれる事になった。
共に現地に行くと。
その者達と共に、霊気が押しよせる場所に結界を張る事にする。
共に行かない者達も、それならばと結界に必要な道具の作製に協力する。
これはこれでありがたい事だった。
結界をはる為の道具は作るのに手間と時間がかかる。
それを用意してくれるならそれだけで負担が減る。
思った以上に準備が早く進む。
これなら予定より早く霊気を防げるようになる。
そう思い、退魔師は出来上がった道具と、同行してくれる協力者と共に依頼者達の土地に戻っていった。
少しでも早く結界を強化するために。
しかし、あと少しだけ遅かった。
再び依頼者達の土地は既に霊気に覆われていた。
退魔師達が準備をしてる間に、既に存在していた結界が外されていた。
脅威が霊気だけと無意識に思っていた退魔師のしくじりである。
退魔師が相手にしているのは、基本的に心霊現象である。
生きてる人間が関わる事は少ない。
あるとしても、呪いや怨念を放つ存在がいるくらいだ。
組織的に協力する者達がいるのは想定外だった。
たまに邪神魔仏を崇める邪教もあるにはあるが。
そういった者達は小数で、社会的にも孤立している。
対処のしようもあった。
だが今回は違う。
霊気を放つ存在には多数の協力者がいる。
それらは一般社会の一員だ。
かうてはそうだった、という過去形で語るべきだとしてもだ。
邪教やカルトといわれるような連中とは違う。
普段から警戒されてるわけではない。
この為、そこらを出歩いても特におかしいとは思われない。
そんな者達があちこちで活動している。
結界を取り除いていっている。
霊気が素早くあちこちに拡がっていく。
この事を考える事が出来なかった。
今までの経験から、霊気が結界を超えるまでどのくらい、という事しか思い付かなかった。
致し方ない。
人間は思い込みを超えられないものだ。
そして、思い込みを超えられるのは、得てしてしっぱいした時くらいだ。
今の退魔師のように。
漂う霊気、転がる死体。
それを前に呆然とする。
だが、立ち尽くしてるだけではない。
退魔師も素人ではない。
すぐに立ち直ると、出来る事を始めていく。
「結界をはります。
これ以上の侵入を防ぎます」
同行してくれた同業者に指示を出すと、すぐに動きだす。
もう霊気が覆ってる地域はともかく、まだ侵入されてない場所くらいは守りたい。
その為に、境界になるあたりに結界を展開していく。
霊気を防ぐだけではない。
新たにおいた結界のおかげで、霊気を後退させる事が出来る。
結界の効果範囲の分だけ霊気が押し戻される。
そうして霊気を退けながら前進していく。
手遅れではあるが、依頼者達の町を取り戻していく。
たとえ生存者が既にいなくても。
それが依頼をしてきた者達へのせめてもの手向け。
なにより、退魔師としての意地だった。
ただ、ささやかな誤算が一つあった。
無念さを抱きながらの結界設置。
それによる霊気の撃退。
今更なにを、とやってる退魔師ですら思う作業。
そんな作業を続けてるうちに声がかかった。
「おーい」
そちらの顔を向けた退魔師は驚きに目を見開いた。
「いやあ、作ってくれた結界のおかげですよ」
一度帰宅する前に作った簡易結界。
それによって町の一部が守られていた。
そこに町の人間の何人かが逃げこんでいた。
わずか十数人であるが、生存者がいた。
数十戸200人ほどの住人達からすればほんのわずかではあるが。
だが全滅ではない。
「良かった」
このささやかな成果に退魔師は歓喜をおぼえた。
全員が死んだわけではないと。
そんな生存者を助け、まだ安全な地域へ避難させていく。
結界によって霊気を退けてるので、道は確保出来ている。
そこを通って生き残った者達が逃げだしていく。
この町にはもう戻れないと思いながらも。
それでも、生きるためにはここから離れないといけない。
だからこそと退魔師は思う。
なんとか霊気を退け、普通に暮らせる場所を取り戻さねばと。
漂う霊気は強力だが、少しでも進出を抑えようと。
人々の生活を守るために。
そんな退魔師は大きな問題を忘れていた。
霊気が勝手に拡がってるわけではない事を。
異様なまでに早い霊気の拡大。
それが霊気を放つ存在だけによるものではない事を。
協力者がいるという事を。
いまだにそこに思い足らなかった退魔師は、呆気なく撃ち抜かれる事になる。
それは依頼者だった住民を避難させた後だった。
人を逃がしてから結界を更に拡大しようと活動をしていた。
その体を銃弾で撃ち抜かれた。
「…………え?」
体を貫く衝撃、それから感じる苦痛。
血液が漏れ出していく感覚。
そんなものをおぼえながら路面の上に倒れていく。
冬にさしかかり、冷え込んだアスファルトが肌から体温を奪っていく。
それ以上の早さで血液が命を体の外にもらしていく。
なんでこうなったのか?
その疑問に近づく足音が応えた。
「邪魔すんな」
拳銃を手にした少年。
それが憎しみをたたえた瞳で退魔師を見下ろしている。
(誰?)
そう思うと同時に退魔師は見てしまう。
執念の体に強力な霊気がまとわりついているのを。
それは霊に取り憑かれてるものに見られる現象だった。
(そうか、この子は)
巨大な霊気を放つ存在とつながっている。
瞬時にそう理解した。
同時に、霊気によって侵されてるわけではないとも。
むしろ霊気と協力関係にある事を知る。
どうしてそうなったのかは分からない。
だが、これだけは分かる。
この少年が退魔師の敵であると。
カルトや邪教魔仏の信者も似たような状態だったなと。
そして、霊気の拡大にこの少年が関わってるという事も察した。
各地の結界をこの少年が取り除いてるのだろうと。 こうした生身の協力者がいるから、霊気は一気に拡大出来たのだ。
生身の人間に結界は通じない。
そんな人間の協力が得られるから、霊気は自分を阻む壁を簡単に超える事が出来たのだと。
そこまで思い至ったところで、頭を撃ち抜かれた。
その瞬間に退魔師の霊魂は体を離れていき。
霊気に絡め取られて、巨大な存在に吸収されていった。
己が消えていく事を感じながら、その激痛に退魔師の霊魂は悲鳴をあげた。
誰かに聞いてもらえる事もなく。
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【よぎそーとのネグラ 】
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