3 今が良ければそれでいい、これから良くなるわけでもないし、今までも最悪だったのだから
夜が明けて。
新たに朝を迎えた少年は自転車をこぐ。
隣の町に向けて。
家の連なる都市部なので、町と町の明確な境目はない。
だが、それでも確かな差がある。
解放した霊気が満ちる場所と、それを拒む境界。
その境目の向こう側に少年は進んでいく。
そこにある霊気を拒む障害を取り除くために。
霊気は少年に求めた。
自分を解放するようにと。
「何のため?」
少年の問いかけに、霊気は伝えてきた。
あるべき状態を取り戻すため。
いるべきでない者達を退けるため。
その意思が映像や感情として少年に流れこんできた。
そうして示された退けるべき者達。
その中に少年の見知った者達がいた。
少年を省みない親。
少年を虐げる同級生。
それららを放置してる周囲の者達。
それを見て、
「なら、やるよ」
少年は協力を約束した。
そして少年は自分に接触してきた存在、霊気というべきものを解放するために動いた。
それが何であるのかはよく分かってなかったが。
だが、自分の敵を排除してくれる、それだけで十分だった。
邪魔する者が消えるのだ、こんなにありがたいものはない。
おかげで町の住人の大半が死んだが。
それらもロクデナシばかりだ。
少年に何かをしてなくても、他の誰かに酷い事をしていた。
全てが悪人だった。
業を生み出してる者ともいう。
それらを霊気が吸収していった。
おかげで少年の周囲は快適になった。
もう誰かが少年を虐げる事はない。
そう思うだけで気持ちが軽くなった。
そんな少年は次の目標に向かっていく。
霊気の範囲を広げるために。
片づけたい問題はまだ存在する。
学校の中だけでもまだ終わらない。
学校に通ってるのは少年の町からだけではない。
学区に割り当てられてる他の町の者達もいる。
それらも片づけねば問題は終わらない。
なので、夏休みの残りを使って、あちこちの封印を片づけていく。
霊気が侵入できるように。
少年だけではない。
霊気に襲われても生き残った者達がいる。
これらのほとんどは少年と似た境遇だった。
誰かに虐げられ、苦難に日々を送ってる。
その原因は、たいてい業を生み出してる者達による。
そんな者達だ。
敵が消えるならと喜んで協力していく。
大人から子供まで。
生き残った数十人は手分けして、協力して結界の破壊をすすめていく。
その果てにどうなるのか?
もしかしたら、良からぬ存在を解き放ってるのかもしれない。
いわゆる邪神、悪魔と呼ばれるものを。
人に害を為す存在を解放してるのかもしれない。
だが、それでかまわなかった。
少年達からすれば、悪しき存在であろうとどうでも良かった。
少なくとも解放された存在は、少年達を救ってくれている。
それを助けて何が問題なのか?
害を受ける者達がいるとしてもだ。
霊気によって死んでいくのは、少年達に危害を加えていた者達だ。
そんな連中が死んで何の問題があるのか?
生かしておけば、少年達が今後も酷い目にあう。
それを誰が救ってくれるのか?
「死んでくれよ」
少年は心からそう求める。
自分を苦しめる存在など死んだ方が良い。
なんで自分が我慢しなければならないのか?
全く理解が出来なかった。
そんな事を強いる者こそ悪人悪党である。
自分を虐げる邪悪な存在である。
人殺しに手を貸してるのは確かだろう。
だが、少年を虐げた者達はどうだ?
それらを止めた者はいるのか?
罰を下した者はいるのか?
いない。
加害者どもはのうのうと生きている。
危害を加え続けている。
それを放置してるのは、加害者の擁護でしかない。
それは悪い事ではないのか?
加害者は守られる。
そんな状態こそおかしい。
だが、それがおかしいとは思わず、被害者に我慢を強いる。
そんな悪人悪党どもなど死に絶えれば良い。
……こう考えられるほどに少年は悟りを開いてしまっていた。
「みんな、悪い奴が好きなんだよな」
誰にともなく呟く。
危害を加える悪人悪党、これを守る。
これに耐えろと人はいう。
悪さをする者が好きで、それに協力している。
そんなクズばかり。
ならば、そんな世の中など死滅してしまえば良い。
少しは生きやすくなる。
少なくとも危害を加えられる事はなくなる。
それだけでも十分だった。
今までよりは格段に過ごしやすい日々になる。
そんな日々を手に入れるために、少年は自転車を走らせる。
向かう先は小さな村。
近年過疎化が進み、ほとんど誰も住まなくなった場所だ。
そこにある霊気を防ぐものを取り除かねばならない。
ここを取り除けば、霊気のおよぶ範囲がひろがっていく。
そして、そこから先へと霊気がひろがっていく。
他の町にも同じような事が起こる。
多くの人間が死んでいく。
他人に危害を加えるような存在が。
少なくとも、少年達に危害を加えるような者達がだ。
それは少年が望む事だ。
なぜ霊気がそんな結果をもたらすのか。
理由は分からない。
霊気を放つ何かがそうしてるのだろうとは思うのだが。
一番最初に接した少年にも正体は分からない。
だが、そんな個とはどうでもよかった。
明日を思い浮かべて憂鬱にならずに済む、その原因を霊気が取り除いてくれるのだから。
たとえ、最悪の事態に向かってるとしても。
取りかえしのつかない事になってるとしても。
それでも構わなかった。
今までの日々が続くよりは良い。
なぜ苦痛と苦難の日々を続けねばならないのか?
家族を含めた周りの人間全てに虐げられる日々。
そんな日常をどうして続けなければならないのか?
どんな形であれ、それが終わるのだ。
ありがたい事だった。
無駄に強いられている艱難辛苦を終わらせる。
その為にやれる事をやっていく。
今は、霊気を放ってる存在の願いを聞き、封印を解除してまわる。
そうして霊気をひろげていく。
それが問題を解決する方法だ。
霊気を放ってる存在が何のためにそれを求めてるのか。
結界を排除して霊気を拡散した果てにどうなるのか。
それは分からない。
だが、結果がどうなろうとかまわなかった。
少年が願う事はただ一つ。
今までの苦難や苦痛が終わる事。
それがかなえばその後はどうでも良い。
最終的に自分が死ぬ事になってもだ。
「今よりマシだよなあ」
苦痛を抱えた人生が続くよりもだ。
全てが綺麗に消えてしまう方がよい。
少なくとも、自分だけが消えて苦痛を与えた者達が生き残るよりは良い。
少年の損失は少ない。
少なくともマイナスは大幅に減る。
だからこそ、霊気を放つ存在に協力していく。
そいつの思惑は分からないが、少年の望みをかなえてくれている。
この先はどうなるか分からないが、今はまだ同じ道を歩んでいける。
それだけで十分だった。
今だけでも良い結果が出てるなら。
そして夏が終わるまえに。
少年は安全を確保した。
学区の範囲は霊気に覆われた。
少年を虐げてくる者は全て消えた。
もちろん、これで終わりではない。
霊気を放つ存在の願いはまだかなってないのだ。
それに協力する義理がある。
だが、それはかまわなかった。
霊気を放つ存在に助けてもらったのだ。
ならば、少年も相手を助けるべきだろう。
世の中、もちつもたれつなのだから。
「さてと」
暦の上では夏が終わろうという頃。
熱さがまだ消えない中、少年は自転車を走らせる。
次の作業をこなすために。
より大きく霊気を広げるために。
安全な場所をひろげるために。
「頑張りますか」
快晴の空の下、人の気配の消えた静けさの中を駆け抜けていく。
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【よぎそーとのネグラ 】
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