18 これが最後なら
その時出会った者達は、他に比べて異色だった。
数台の車でやってきた一団。
それらは銃をもった男に近づき、
「すいません」
他に比べれば驚くほど丁寧に声をかけてきた。
「お尋ねしたいんですが、ここで生き残ってる方ですよね?」
そう言って尋ねてきた者は、運転席から出て銃を持つ男に頭を下げてきた。
「もしよろしければ、生き残る方法を教えてもらえませんか?」
内容は予想通りである。
だが、尋ね方は実に丁寧だ。
それだけで銃を持つ男は好感を抱いた。
特別かしこまってるわけではない。
初対面への相手への尋ね方としては極めて普通だろう。
多少はざっくばらんな所はあるかもしれないが。
しかし、相手である銃を持つ男への気遣いは感じられる。
相手を尊重しよう、そうでなくても無礼にはならないように。
労りや思い遣りを感じる。
それだけでその他大勢と大違いである。
とはいえ、これには答えようがない。
見てきた経験から、こうではないか、というのはあるのだが。
「申し訳ない。
俺にもそれは分からないんです」
はっきりと条件を告げられたわけではない。
なので答えようが無い。
それはやってきた者も覚悟していたようで、
「そうですか」
と笑みを浮かべて応じる。
落胆は隠せないが。
だが、だからといって逆上する事もなく。
分かりました、と車に戻る。
「足を止めてすいませんでした。
それでは」
そう言って車は去って行く。
他の車と共に。
その車列を銃を持つ男は、
「ああいう人達もいるんだなあ」
と呟いて見送った。
「駄目だったね」
先頭を走る車の運転席。
銃を持つ男に話しかけた者は、朗らかな声でそう言う。
助手席の者も「そうね」と穏やかに返す。
死なずに済む方法。
それを求めてやってきたのだが。
この場に居る者が「知らない」というのだ。
もうどうしようもない。
「まあ、分かってたけど」
もちろん、簡単に生き残る方法が分かるとは思ってなかった。
期待はしていたが簡単ではないだろうと。
それでももしかしたら、と思っていたが。
結果はすぐに出てしまった。
「まあ、ここまで来たんだし。
せっかくだし、色々まわろうよ」
助手席から明るい声がわく。
力みの無い声だ。
だが、にじみ出る諦観はぬぐえない。
それでも、決して後ろ向きでないのも覗える。
「そうだな」
運転席の男も頷く。
数台の車でやってきた者達。
彼等はもうどうにもならない状況に陥っていた。
海外に逃げ出すだけの資力がない。
かといって国内だけでも移動する力もない。
そもそも仕事がもう動いておらず、給料が入ってこない。
無限に値上がりする食料などを買う余裕もない。
死なずに済んでも八方塞がりだった。
ならばと開き直り。
残った金でまだ人が死なない領域で出来る限りの楽しみを満喫し。
それが終わって資金も底をついたところで、霊気が満ちる領域へとやってきた。
あとは死ぬだけなのだ。
ならば、一縷の望みにすがってみようと。
あえなくそれも潰れたが。
予想の内である。
最も高い可能性の中に入っただけだ。
だからこそ、こうなった時の事も考えてる。
「ここからなら、あそこに行けるはずだな」
「開いてるかな?」
「大丈夫だろ、公園だし」
そう言って彼等は目的地へと向かっていく。
向かったのは自然公園。
遊具があるわけではないが、小高い丘の上に展望台がある広場だ。
そこからそれなりに良い景色を眺める事が出来る。
観光名所というほどではないが、訪れる者はそれなりにいた。
今はわざわざやってきた者達だけの貸し切り状態になっている。
霊気の満ちる領域に入って半日で行ける距離。
死なずにたどり着ける場所はここくらいだった。
だから、最後にここに来ようと皆で決めていた。
遊ぶ場所なら他にもある。
遊園地、動物園、水族館、植物園などなど。
本来ならこういったところに出向いていただろう。
だが、人が大量に死んでるのだ。
こういった場所がまともに稼働してるとは思えなかった。
なので、人がいなくても問題のない場所を選んだ。
ただ風景を眺めるだけのこの公園はうってつけだった。
そんな場所の頂上にある駐車場に到着し。
やってきた者達は車から降りて景色を眺めた。
「へえ」
「結構楽しいもんだな」
「ただ眺めるだけだと思ってたけど」
「これはこれで、なかなか」
口々に思いを言葉にしていく。
車から出て来た者達は様々だ。
男だけの集団、女だけの集まり。
子供を伴った家族連れ。
皆、人生最後に少しは楽しもうとあちこちを巡り。
その途中で出会って行動を共にする事になった。
その最後がこの公園になる。
「天気も晴れて良かったよ」
「まったくだ」
「これで雨でも降ってたら最悪だ」
「明後日から曇りってなってるし」
「運が良かったな、これだけは」
あと少しで人生が終わる。
その最後が少しでも良い形になりそうな事を彼等は喜んでいた。
もちろん死ぬのは怖い。
しかし、もうどうにもならない。
生き残る方法が分かれば良かったのだが。
結局、それは分からなかった。
「あとは運任せか」
生きるか死ぬか。
それはもう彼等にどうにか出来る事ではない。
ただ、良い結果になるよう願うだけだ。
それまでの間は少しでも楽しく過ごせるようにする。
彼らにできるのはこれだけだった。
そんな彼らはこの場で一日を過ごし。
宿代わりに車の中に入っていく。
既に何日も車の中で寝泊まりしていたので、さほど苦痛ではない。
なんなら、外にテントをはって寝泊まりをした事もある。
だが、これが最後になるという事で。
せめて気の合う者同士で一緒にと、それぞれの車の中に入っていく。
最後の瞬間もできれば一緒でいるために。
「明日か」
死なずに済む限界と言われる24時間。
夜が明ければその時がやってくる。
それまではまだ生きていられるはずだった。
なにせ、確かめられたわけではないのだ。
これまでの経験からそれくらいは大丈夫だろうという俗説にすぎない。
目安になるかもしれない程度の話だ。
だが、今はその時を穏やかに待つつもりだった。
その時が来るまで、各車両の中では賑やかな会話が続いた。
子供はさすがに眠ってしまったが。
大人達は眠気をねじ伏せて夜を明かした。
そして日が昇る。
刻限が近付き、さすがに全員の顔が強ばる。
覚悟はしていても、怖いものは怖い。
あと少しで死ぬと分かっていて落ち着いていられるわけがない。
「…………い、いやだああああ!」
誰かが叫んだ。
「やだ、やだ、やだ、やだ!」
「死にたくない!」
「なんで死ぬんだよ!」
「ふざけんな!」
あちこちで怒声が響き渡る。
どうせ死ぬ。
ならばと遊んで楽しんで。
それでもやっぱり死にたくなくて。
死が目の前に迫って感情が爆発する。
当たり前だ。
およそ生きてる者で死を望む者はいない。
それが理不尽に襲ってくるならなおさらだ。
そんな彼らの、生き物としては至極真っ当な反応は空に虚しく消えていき。
訪れたその時に同時に死んでいった。
霊魂をすりつぶされてながら。
生き残る者は誰一人いなかった。
一団の先頭を走っていた車。
それを運転していた、女房子供を捨てて不倫をしていた男も。
そんな男を含めて何人もの男を股にかけ、腹に宿った子供を幾度も堕胎していた女も。
暴力・暴行で近隣を荒らし回っていた男達の集団も。
痴漢冤罪、美人局、その他詐欺などで荒稼ぎしていた女達も。
学校の同級生や会社の同僚を自殺・精神崩壊に追い込んだ親と、その血を引いて学校で悪さをしていた子供達も。
皆、誰も救われる事無く、当然のようにつつがなく死んでいった。
上っ面を取り繕い、人には良い顔を見せていた連中である。
だが、それが霊気に通じるわけもなく。
皆、例外なく死んでいった。
残ったのは死体と。
彼らが乗ってきた車だけ。
駐車場に残ったのはこういったゴミだけだ。
今更訪れる者もほとんどいないが。
それでも片づける者の迷惑を考えない。
生きてる間も人に迷惑をかけていたが。
死んでもやはり害をもたらす。
最低のクズばかりである。
ただ、彼らがこれ以上世界に害をもたらす事は無くなった。
ほんの少しだけ世の中は良くなった。
というより。
これ以上悪くなる事はなくなった。
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【よぎそーとのネグラ 】
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